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サテ・シュアレ・ナ

 幻想じゃない……気がする。いや、それも私の都合の良い思い込みか?

 何というか、ローグの評価には番補正がかなりかかっているようにも、思う。……いや、ならローグの番は私しかいないし、補正がかかっていても、問題ない、のか? けれど……それはローグの本当の気持ちだと言えるのか。

 ……分から、ない。ローグの想いの真偽なんて、自分の想いですら先ほどようやく気がついた私が、分かるはずがない。

 そもそも想いというものは、本物だとか偽物とか、定義できるものなのだろうか。ああ駄目だ……だんだん思考が哲学じみてきた。私は哲学は専門外なのに。

 自分の想いに気づいた途端失恋したかと思えば、まさかの大逆転という、信じがたいこの状況。短時間で与えられた情報が多過ぎて、頭が破裂しそうだ。


「え、と……その………ローグ。君は本当の私の姿をよく知らないだろう? ……もっとちゃんと知ればその……幻滅、したりも」


「知らない部分があると言うのなら、教えてくれ。俺はミステのことを、もっと知りたい」


「っ……だ、だから……そう言う話じゃ………私はただ、君の想い自体が幻想の可能性も捨てきれないと……」


「自分の想いの真偽を、悩む時期はもうとうに過ぎた。ミステが疑うのなら、もっと時間をかけて想いの強さを証明しても良いが、どのみち俺の気持ちは揺るがない」


 迷いのない言葉と共にそっと優しく頬に手を添えられ、心臓の辺りがきゅーっと締め付けられた。

 顔が熱くて、心臓が煩い。

 私は口の中に湧き上がった唾を飲み込み、視線を彷徨わせる。


「その、だな……つまりは……私は、ローグの傍にいても……」


「--傍にいてくれ。ミステ。俺はお前と、生きたい」


『傍にいても良いのか』

 そんな問いを全部口にすることさえ出来ずに、即答された。

 ローグの黄金色の瞳が、まっすぐに射抜く。


「ミステ。--【サテ・シュアレ・ナ】……お前が受け入れてくれなくても、俺は何度だって言うぞ。他の誰でもなく、ただ一人お前にだけに、俺はこの言葉を捧げたい」


 『サテ・シュアレ・ナ』ーー『永遠に、あなたを愛す』


 ミネアから言語知識を分け与えてもらった今の私には、その言葉の重みがよく分かる。

 ただ一人、自らが番と定めた相手だけに、捧げる愛の言葉。

 25年前。幼いローグはその言葉を私に告げてしまったが故に、ローグはこの年齢まで結婚することもできずに、私に縛られた。

 

 --愛の言葉というよりも、呪いの言葉だと思う。

 幼い日の、この一言が、ローグの人生を狂わせた。

 精神だけではなく、肉体にまで作用する呪いの強力さに、私は恐怖さえ覚える。

 死が二人を分かつまで。けしてこの呪いが解けることはないのだから。


 大きく深呼吸をして、目を瞑る。

 躊躇したのは、一瞬。

 次に目を開いた時には、覚悟は決まっていた。


「……ローグ。--【サテ・シュアレ・ナ】」


 驚愕に目を見開くローグに、私はぎこちなく微笑みかけ、その首筋に顔をうずめるようにして、軽く歯を立てた。


 ローグがけして解けない呪いを負っているのだというならば--私も、同じ呪いを負おう。


 それが、25年前にローグが呪いを負う原因となった私ができる唯一の贖罪であり……これからもずっとローグと過ごす為に必要なことだと思うから。

 ローグの首筋から歯を離した途端、頬に熱を感じた。羞恥故に内側から来る熱さではない。陽射しで皮膚の表面を外側から焼かれたかのような、そんな熱さだった。

 熱くはあるが、痛みや苦痛はほとんど感じない。ただ少し、ぴりぴりする。

 自分の身に起きたことが分からず、頬をさすろうとする私の手を、ローグが掴んで止めた。


「……番、紋………」


「……え?」


 聞き慣れぬ単語に、眉間に皺を寄せて聞き返すものの、ローグは何も応えずに、ただ唖然とした表情で私の頬を見つめていた。

 暫くぱちぱちと瞬きを繰り返した後、壊れものでも触れるかのような手つきで、ローグの男らしい太い親指が、私の頬をなぞった。

 頬に指が滑る感覚がくすぐったくて思わず身じろぎたくなったが、ローグの表情があまりに真剣だったので、必死に耐える。

 同じ軌跡を、親指が何往復かした後、ローグの顔がくしゃりと歪んだ。


 --吠えるような、泣き声だった。


 天を仰ぎながら、ローグは私をかき抱いて、子どものように大声で泣いた。


 会えた


 会えた


 会えた


 --ようやく、お前に会えた


 そう叫ぶローグの声は、私が森にやって来た初日に、テントで聞いた獣の遠吠えによく似ていた。

 ……今思えば、あれは獣化したローグだったのかもしれないな。

 金色の瞳から、次から次にこぼれ落ちる涙を間近で見ながら、ふとそんなことを思った。

 溢れ出た涙は滴り落ちて、彼の腕の中にいる私の頬までも濡らしていた。

 大の男が人目も憚らず泣く姿は、人によってはみっともないと眉をひそめるかもしれない。情けない、滑稽だと嘲笑う人もいるだろう。

 だけど私は、そんなローグの姿に、ただただ胸が締め付けられた。

 彼が胸にずっと抱えていた25年分の寂寥が切なくて、申し訳なくて、愛おしかった。

 存在を確かめようかのように、痛いくらいに抱き締めてくるローグの体を、そっと抱き返す。


『ロウ。ロウ。わたしの、いちばんのおともだちさん。さいしょのおともだちさん』


『だいすきよ。せかいでいちばん、あなたがすき。……ねえ、ロウは、のらいぬなんだよね。くびわ、ないものね。わたし、ここをでるとき、おとうさんにロウもいっしょにいい? ってきくの。きっといいっていってくれる。そしたら、ずっといっしょだよ』


『わあい! ロウもうんっていってくれた! わたし、ロウのこと、だいだいだーいすき。ずーっとずーっとずーっといっしょよ。やくそく、ね!』




「……待たせて、すまなかった。これからは、ずっと一緒だ」


 --25年前の約束を、今、果たそう。




 そのままローグが落ちつくまで、私達はただひたすら抱き締め合っていた。

 ローグがあんまり大きな声で泣いたものだから、村に戻る頃には、私とローグの間に何が起こったかすっかり村中に知れ渡っていて。戻るなり村の人々にからかわれ、ローグは羞恥で倒れそうになっていた。


 こうして、私とローグは、正式に番になったのだった。

 




「………何ですか。その頬の、珍妙で野蛮な紋様は」


 休暇が明けて一年ぶりに再会した理事長は、私の顔を見るなり不愉快そうに眉をひそめた。



 






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