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人間視点で捉えた、狼獣人の生態記録ーある日、俺の村に人間の押しかけ女房がやって来た件ー  作者: 空飛ぶひよこ


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ローグの想い

 先ほどの涙が再びぶり返して来るのを、必死に耐えた。

 ローグが好きになったのは、彼の幻想の中の「私」だ。健気で一途で可愛らしい私なんて、本当はどこにもいない。

 その事実が、ただ悲しかった。

 自分自身の性格に、今まで私は不満を抱いたことはなかった。かなり癖がある自覚はあるし、理事長のように嫌う人はとことん嫌う性格だろうと思う。

 それでも私は私にしかなれない。自分を曲げてでも、私以外の誰かになろうとも思わない。だから、私が私であることで誰にどう思われようと、どうでもよかった。

 それなのに今、私は生まれて初めて、自分以外の何かになりたいと思っている。

 ローグの幻想の中の「私」が……彼に好いてもらえていた「私」が、ただひたすら羨ましくて仕方ない。


「すまない……本当に申し訳ないが……勝手なことを言わせてもらえば私のことを、嫌わないで欲しい……」


 そして、ずるい私は、ここに来てなお、身勝手な懇願を口にする。


「君に……初めて好きになった相手に、嫌われるのは耐えられないんだ……頼む」


 涙で滲む目で見据えて頼めば、きっと優しいローグならば断らないだろうとわかっているから。

 彼にぶつけられて然るべき憎悪さえ、土壇場で封じる私はとても卑怯だ。

 ……自分が、こんなに情けなくて卑怯だなんて、知りたくなかった。


「………………」


 私の懇願に、ローグは暫く何も答えなかった。

 この沈黙こそが、ローグの答えなどだと思ったら、ぶわりと目から涙が溢れてきて、喉がひくりと痙攣した。

 ……罵倒や拒絶の言葉を口にされなかっただけ、きっとましなのだろう。そう自分に言い聞かせて、ただ嗚咽に耐える。

 

 --ローグが怒りに耐えられなくなる前に、今すぐ、ここから消えてしまいたい。

 

 そう思った時だった。


「--何か、勘違いを、しているようだが」


 ユーフェリアさんの時と同じ眩い光と共に、灰色の狼の体が見慣れたローグの姿に変わった。


「俺はお前を別に怒ってはいないし、嫌うなんてあり得ない。ただ、ミステ。……お前が混乱しているようだから、少し距離を置いただけだ」


 それに、と何かを言いかけて、ローグは口を閉じた。

 そして暫く逡巡するように視線を彷徨わせた後、


「っ」


 私の手をつかみ、引き倒すようにして私を抱き締めたのだった。


「ミステ……その……お前は……可愛いぞ。ずっとそう思っていたが、こうして言葉が通じるようになったら……ますますそう思った」




◆◆◆◆◆◆◆


 真実を知って、絶望をしなかったと言えば、嘘になる。

 勝手に勘違いをして、舞い上がっていた自分を恥じた。


「だが、ミステ……お前は真実を知ってなお、指輪を外そうとしなかったから……完全に、脈がないわけでもないかと、思い直したんだ」


 元々、指輪を渡した時点で、俺は賭けていた。

 ミステが指輪を左手の薬指にはめてくれたのならば、もう二度とミステを離さないと。

 ミステを番にすることを諦めないと、そう決めていたのだ。

 賭けに勝った以上、ミステが俺との結婚を承諾したわけではないと判明しても、もう俺の気持ちは揺るがない。

 それに……狼獣人の慣習だと勘違いしたとは言え、人間にとって左手の薬指が特別な意味を持つ部位であることには変わりないのだ。にも関わらず、その指に指輪をはめることを承諾したということは、俺はある程度自惚れて良いのではないだろうか。


 判明した真実に、きっと今はミステは混乱しているだろう。

 俺と同じように、羞恥や自己嫌悪にも駆られているかもしれない。……暫くは下手に近づかずにそっとして、気持ちを整理する時間をやった方が良いだろう。


 そして、ミステが心の整理がついた時……再度、俺の気持ちをミステに伝えよう。番になって欲しいと、はっきりと告げよう。

 大丈夫だ。今度は、通訳ができるズーティットの娘もいる。

 今度こそ、間違えずに、正しい方法でミステに求婚してみせる。


 そう一人決意していた矢先に、子ども共々訪問して来たユーフェリアが暴走して今に至るわけだが……正直、嬉しい誤算だった。


◆◆◆◆◆◆◆


「な、なんで、今の私を見て可愛いなんて言えるんだ……! 本当の私は、こんなんだぞ? ローグが想像したような健気で一途な私なんて、どこにもいないんだぞ!」


「実際、ミステが健気で一途でないかまでは知らんが……俺は最初から自分が勘違いしている可能性も念に置いた上で、お前と接していたぞ。多分、ミステが思うほど、俺はミステには幻想を抱いてはいない」


 その上で好きになったんだと言われて、かあっと顔が熱を持った。……そ、そんなこと、そんなこと、あり得るのか?


「ど、どこに! どこに私を好きになる要素なんて、あったんだ! 私なんかを! ……番、だからか? 25年前、うっかり番になってしまったから、仕方なくか?」


「好きになった部分か。そうだな……改めて考えると、色々あるが……」


 ローグは片手で私を抱き締めたまま、もう片方の手の指を折る。


「俺との生活を、いつだって楽しそうに過ごしてくれている所が好きだ。好奇心が旺盛で、興味があることには、子どもみたいに瞳を輝かせる所も。無鉄砲で、大胆で、自分の知的好奇心を満たす為には危険を犯すことを厭わない所は、心配な部分でもあるが、面白いとも思う。表情を作るのが苦手な俺と違って、感情がすぐに顔に出て、表情がころころ変わる所が、可愛い。滞在させてもらっているのだからと、一生懸命自分のできることを探して働いてくれていることも、助かっている」


「…………」


「………どうだ? これも全て、俺の幻想か?」


  

 





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