彼女の初恋
ルフは長男を私の傍まで招き寄せると、泣き止んだ次男のセロごと私の腕で抱き締めさせた。
「ほらね。君の腕の中は、セロとナリスだけで、満員御礼だ。たかが幼馴染みのローグが入り込む余地なんて、少しもありません」
「……それじゃあ、ルフが入る余地だってないじゃない」
「いいんだよ。俺は。……ほら」
次の瞬間、私は腕の中の子ども達ごと、ルフから抱き締められていた。
「俺の腕は、奥さんより長いから。ユーフェリア。君ごと子ども達を抱え込むことができる。だから、君は腕の中の子ども達だけに集中していれば良いのさ。君が俺を大切にする余裕がなくても、その分俺が君を大切に守るから」
「……お父さん。それじゃあ、ぼくやセロが今より大きくなったら、どうするの? お父さんの腕じゃ、間に合わなくなっちゃうよ」
「良い疑問だ。ナリス。……俺が腕の中に抱え込めないくらい大きくなった時。その時こそ、お前の巣立ちの時さ。お父さんやお母さんの元を離れて、自分が腕の中に抱え込む相手を探すんだよ」
「ええー……でもぼくやセロが巣立っても、お母さんはずっとお父さんに守ってもらえるんでしょう? それってなんかずるいなあ」
「番って言うのはそういうもんなんだよ。お前もいずれ分かるさ」
すぐ傍で交わされる夫と息子の会話を聞きながら、与えられる暖かさを享受する。
腕の中の二つの熱が、全身を包みこむ優しい温もりが、ただただ愛おしかった。
あまりに愛おしくて、何だか少し泣けて来た。
「……ローグのことは、君が心配しようが怒り狂おうが、どうしようもないさ。ローグとミステさん、二人の問題だ。下手に首を突っ込んでも、君が不安定になって、俺が嫉妬して、子ども達が心配するだけだから、放っておきなさい。そもそもローグは、君に守られることなんて望んじゃない。28の良い大人で、男なんだから」
--最も、さっきのミステさんの様子を見る限り、ローグの未来も存外明るいように見えるけどね。
そう言って、先程ローグ達が走り去った方に視線をやるルフに、先程垣間見たローグの番の表情を思い出す。
……本当に、余計なことをしたわね。私。
まあ、でもきっと。来るべき結果を、少しでも早めたのだとはしたら、私がしたことも全く無意味と言うわけでもないでしょう。
「……それより、ルフ。貴方、ローグに嫉妬していたの? 今さら?」
「……するさ! するに決まっているだろう! ユーフェリアは、俺の奥さんなんだから。奥さんが、別の男を心配しているの様子が面白いわけないだろう。それが、君の初恋の相手だと知っているなら、なおさらさ」
「……お父さん……! 苦しいよ! ちょっと腕の力、弱めて!」
ナリスに怒られたルフは、慌てて手を離して私達を解放すると、ふて腐れた表情でそっぽを向いた。
だけど、表情と違って耳が倒れ、尻尾も力なくだらりと下がっていて、思わず噴き出してしまった。
……相変わらず、可愛い人ね。私の旦那様は。
「……ねえ。ルフ。貴方は、知らないかもしれないけれど、実は私の初恋って、ローグだけじゃないのよ。私は昔から、お馬鹿さんで欲張りだったのだもの」
「………………」
「--幼馴染み二人が、同じくらい好きで、ずっと一緒にいたかったの。ルフはいつも私を見ていてくれたから、これからも離れていかないと安心できたけど、ローグはそうじゃなかった。……だから、繋ぎ止める意味で、既に番紋があるローグに、番になってって言ったのよ」
それは、恋と言うにはあまりに幼く、身勝手な独占欲だった。
大切な幼馴染みの一人が、たった数日一緒にいただけの人間の女の子に心を奪われて、いつの間にか番になっていたことが面白くなかった。そして彼女が去ったあとも、ひたすら彼女だけを想い続けていることも。
だからこそ、私は断られることを知っていて、ローグに告白したのだった。少しでも、ただローグ関心がこちらに向いて欲しい一心で。
……もし、あの時ルフにも別に好きな子がいたとしたら、私は一体どうしていたのかしら。
そして、ローグがあの娘と番になっていなかったら。私は、一体誰を選んでいたのかしら。
いくら考えても「もしも」の話は答えはでない。
ただ、一つはっきり言えるのは。
「……初恋は、貴方達二人ともだったかもしれないけど、異性として愛したのは、ルフ。誓って貴方たけよ。貴方が最初で、最後なの」
『ユーフェリア--サテ・シュアレ・ナ』
ルフからそう告げられた時の喜びは、今でもはっきりと思い出せる。
ローグに昔告白したことを知られているだけに、なかなかルフと恋愛関係に踏み出せないでいた私に、ルフは迷いなくはっきりと愛を伝えてくれた。
あの瞬間、私は一生ルフだけを夫として愛し続けことを決心した。
この人と、共に生きたいと、心から思った。
「……それも、知っていたよ。俺を誰だと思っているんだ」
ルフは私を軽く睨みつけながら、嘆息した。
「ローグが番を想い続けていた25年間、俺はずっと君だけを見ていたのに。俺が分からないはずないだろ」