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 避けることなぞ出来なかった。そもそも私は、運動神経は良くない。


「ぐっ」


 強か背中を地面に叩きつけられ、その痛みに呻く余裕もないまま、狼に上からのしかかられる。

 しなやかな体の、美しい狼だった。

 あの、遠吠えの主は、この狼だったのだろうか。

 ルビーのように赤い瞳が、滾るような怒りで燃えているのが分かった。毛並みと同じ真っ白な牙を剥き出しにして、狼は唸る。


『--どこまで人の人生を弄べば、気が済むの』


「え………」


 それは、確かに獣の低い唸り声のはずだった。

 だが、私の脳はそれを、明確な言語として変換した。


『なぜ、また現れたの? なぜ、また傷つけるの? 彼が一体何をしたというの? 25年間も縛りつけて、なぜそれだけじゃ満足できないの? ……貴女、何様のつもり? 人間という種族は、そこまで偉いの? ねえ?』


「っ……」


 そして脳に響くその声に、私は聞き覚えがあった。

 向けられる視線の鋭さが、いつかの記憶と重なった瞬間、立てられた狼の爪が、肩の辺りに食い込んだ。


『--貴女さえ、いなければっ……『ママー!!!!!!』


 紡がれた憎悪の言葉は、突然辺りに響いた割れるような子どもの泣き声によってかき消された。

 白い狼と私の視線が、同時に声の方を向く。


『……忘れものを届けに来たぞ、ユーフェリア』


 低い声がしたと同時に、白い小さな毛玉がこちらに向かって飛んで来たのが見えた。

 私の上にいた狼は、慌てて私から体を離すと、その白い塊を受け止めた。


『ママ! ママ! ママあああ……!』


 白い狼にすがりつくように泣くのは……いつか見た、小さな小さな白い子犬。

 だが私はその子犬よりも、その後ろに佇む、もう一頭の狼から目を離せなかった。


『お前が飛び出すなり、火がついたように泣き出すものだから、次男坊を預けられた長男まで途方に暮れて泣きそうになってたぞ。俺の為に獣化する程怒ってくれる気持ちはありがたいが、正直余計なお世話だ。お前はお前の大切なものを、第一に考えるべきだ』


 灰色の毛並みに、黄金色の瞳。

 体格がどれ程立派に成長しようとも、見間違えるはずがない。


「--ロウ」


 私の、最初の「お友達さん」が、そこにいた。


『………私、私は………』


 次の瞬間、眩い光と共に、白い狼の姿が変化した。

 未だ泣き続ける白い子犬を抱きながら、その場に崩れ落ちたアルビノの美女は、ローグの幼馴染みだと紹介された人。


 ……ああ、ならばやっぱり、あの灰色の狼は……。


「ロウ………いや、ローグ」


 かちりと、ジグソーパズルのピースがはまるかのように、全てを理解した。

 25年前、私がなぜ、ローグの「番」になってしまったのか。

 記憶もない相手から向けられた愛情に、知らずに応えてしまったのかが、今ようやく分かった。

 ローグが、ロウだったから。


 初めてのお友達さんに注いだ愛情が、全ての始まりだった。


「待って! 待ってくれ! ローグ!」


 ローグは私の言葉に、その黄金色の瞳をちらりと向けてから、その場を駆けだした。

 私は慌てて、その後を追った。


 --話さなければならないことが、たくさんある




◆◆◆◆◆◆◆◆


「……馬鹿ね。私」


 駆けだした幼馴染みと、その番の背中を横目で眺めながら、一人呟いた。

 腕の中で、まだ泣きじゃくっているセロをあやしながら、唇を噛む。

 ………本当に、馬鹿で余計なことをしたものだわ。

 番同士のいざこざに、他人は口を挟まないのがこの村のルールなのに。 


「……そうだ。君はお馬鹿さんだよ。俺の奥さん」


「ルフ……」


 半べその長男、ナリスの腕を引いてやって着たルフは、呆れたようにため息を吐いて、私の前にかがみ込んだ。


「せっかく俺がローグに、俺の家周辺近づかないよう釘を刺して置いたのに、君が自分でローグの元を訪ねたら意味ないだろう? 全く。こうなるのが見えてたから、止めたのに」


「ち、ちが! お母さんは、悪くないんだ! ……ぼくが、ぼくが人間の番さんを見てみたいなんて言ったから」


「……いいえ。ナリスは悪くないわ」


「そう。お母さんが、全部悪い。子どもを連れていくなら、余計大人として自制心があるところを見せなければならないのに、すっかり怒りで我を忘れてしまったんだからな。……まあ、人化できるようになったナリスには、良い反面教師になったか。お前もお母さんのように、感情のままに獣化しないように気をつけろよ」


 ルフの最も過ぎる言葉が、胸に突き刺さる。

 ……私だって、もっと自制できると思っていたのよ。ローグから、どんな言葉を聞かされても平静でいられると思っていたから、ローグの家を尋ねたの。……こんな風に、子どもの前で格好悪いところ見せるだなんて、思わなかったわ。


「……ねえ、ルフ……私、別に家族を蔑ろにしようとか、裏切ろうとか思ったわけじゃないのよ」


「知っているよ。知っているから、君はお馬鹿さんだって言ってるのさ」


 拗ねたように唇を尖らせながら、ルフは私の額に額を押し当てた。


「君は、お馬鹿さんで欲張りだから、大切なものがたくさんあり過ぎる。子ども達も、番である俺も、幼馴染みも、遠い昔の初恋も、全部全部同時に大切にしようとしてる。だから、手が足りなくなってこぼれ落とすのさ。君の手は、2本しかないのだから。大切なものには、時には優先順位をつけることも必要なんだよ」


「…………獣化したら4本になるわ」


「4本になるのは足で、手じゃないだろ」


  

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