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気づかぬ矛盾

 ミネアが介入して、続々と互いの勘違いが判明している間、居たたまれなさ過ぎて消えてしまいたかった。

 特に、ローグが私に抱いていたらしいイメージは、私を打ちのめした。


 曰く。25年前の番いの約束を信じてローグとの再会を待ち続け、ついには単身で嫁入りの為に未開の村までやって来た、健気で勇気ある女性だと。

 

 --誰だ。それはっっっ!!!

 私から、ほど遠過ぎるだろっ!!!


 しかも、私がここでは一般的だと思っていた男女の距離感は、ローグが私を自身の番だと思っていたが故だったわけで。

 逆を言えば、番だという意識もないのに、そんな行為を平気で受け入れた私は、狼獣人にとっても「ふしだらな女」に思われるわけで。


 ……違う! 違う! 違う!

 私だって……私だって、こんな風に異性と同衾したのは初めてなんだっ! どの村でも同じようなことをしていたわけじゃない!

 あああああ! 恥ずかしい恥ずかしい恥ずかしいっ!

 何で私はあんなにあっさりと、同衾も、抱擁も、キ、キスさえ受け入れてしまったんだ! ローグ以外との異性との経験なんて皆無なのに、今頃尻軽だと思われてしまっているじゃないかあああ!!!


「……私なら……絶対ごめんだな。こんな女、嫁にするのは」


 ……ローグだって、絶対そう思ってる。

 溢れてくる涙を、腕でぬぐって天を仰いだ。

 羞恥と後悔。そしてそれを上回る恐怖で、体が震える。


 ローグに今まで好かれていた自信は、ある。彼が向けてくれる好意がとても心地良かった分、今はただ、それが失われることが怖くて仕方ない。

 ローグを傷つけるようなことを間接的にしでかしておいて、こんなことを感じる権利はないかもしれないが、あの優しい金色の瞳が、嫌悪や憎しみで染まっていると思うと、胸が苦しくて仕方ないのだ。


 ああ……いっそ互いに真実を知らないまま結婚してしまっていたら、よかったのかもしれないな。

 規制事実ができていれば、ローグも、私を受け入れるしかなかっただろうし。諦めも、ついただろう。

 ……いや、だが、それではローグがあまりに可哀想過ぎるか。理想の相手を嫁にしたと思ったら中身が、私みたいなただの研究馬鹿だったんだからな。なら、早く見つかった今の方が傷は浅くてよかったのか……だけど。だけど、私は。



「………何だか、思っていた反応と斜め45度くらいずれがあるんだが」


 ぐずぐずと鼻を啜る私を横目で見ながら、ミネアは困惑気に頬をかいた。


「敵に当たらず、思い切り空振ったと思った棍棒が、手からすっぽ抜けて、たまたま急所にヒットした感じというか……何というか……」


「……何が言いたいんだ。ミネア」


「いや……ミステ。君。うちの村にいたギルフのことを覚えているかい? 君に、夜這い未遂した」


「ああ……そんなこともあったな」


 二年前、ズーティットに滞在した際知り合った、金色の毛並みのプレイボーイの犬獣人の姿を脳裏に思い浮かべる。

 ギルフは犬獣人の基準から言えばとっくに結婚適齢期を迎えているにも関わらず(それでも当時の私より二歳年下だったのだが……)、独身を貫いてあちこちの娘と浮き名を流している、軽薄な男だった。人間である私がもの珍しかったのか、ことあるごとに何かと声をかけてきた。

 研究の為の取材にも積極的に応じてくれたし、プレイボーイなだけあって話も面白く、個人的には特別嫌いな相手ではなかったのだが、ある日何気なく渡されたプレゼントが問題だった。


「……朝採りのナタメヤの花を受け取れば、その日の夜の夜這いを許可したことになるんだったか? 犬獣人全般ならともかく、ズーティットのみに適用される慣習を、人間である私に求めてくれるなという話だよな」


「……言っておくけど、うちの村だって普通は恋人同士か夫婦でしかやらない慣習だからな。見境なくナタメヤを贈っていた、ギルフがおかしいんだぜ。あの遊び人が」


 まあ、そんなわけで、何も知らずにナタメヤを受けとってしまった私を、トチ狂ったギルフが夜這いをして来たので、当然自衛魔法を行使して、早々にお引き取り願ったわけだったのだが。


「いやあ、チョロいと思っていた君から、コテンパンにやられて追い出されたのが、ギルフには相当こたえたらしくてね。反撃も出来ずに情けなく朝まで伸びていた姿に幻滅されて、村娘達からも以後相手にされなくなったし。昨年縁談で、逃げるように東の村に婿に行って、今や奴も一児の父だよ」


「良いことじゃないか。彼もいい加減年貢の納め時だろう」


「……多分ギルフも、28で未だ独身ミステには言われたくないと思うぜ……まあ、だから、これはもしもの話として聞いて欲しいんだけど……もし、うちの村にも狼獣人と同じような番制度があって、ギルフの行為が番の求愛行為だったら、君はどうしていた?」


「え?」


 言われたことの意味が、すぐに理解できなかった。


「君も知っても通り、狼獣人以外の我々獣人達には番制度なんてものはない。君達人間同様、自由恋愛の世界だ。その理由は、狼獣人が高い魔力を持っているが故に過剰に繁殖しないよう、特別な夫婦制度で縛る必要があったという人もいれば、高い魔力が勝手に暴走した結果だという人も、他の獣人は外の世界と積極的に交わっていた為本能を克服したという人もいる。だが本当のところ理由までは分からない。あくまで狼獣人の間だけで通用する、謎の多い制度だ」


「…………」


「だが、もしそうじゃなかったら? あの時、君がギルフのナタメヤを受け取ったことで、彼との番が成立していたとしたら、ミステ。君はそれを受け入れたかい?」


 考えるまでもない問いかけだった。


「--断るに決まっているだろう。何故、人間である私が、騙し討ちのように仕向けられた他種族の慣習に準じる必要がある。たとえズーティット中の人達を敵に回すことになっても全力で逃げるさ」



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