明かされる真実
「………はあ!?」
狼獣人の長の息子……つまりローグのことだ。
私とローグが、け、結婚!? な、何を言っているんだ! そんなことあるはずないだろう!!
次の瞬間、ミネアの視線が私の左手薬指の指輪に注がれていることに気がつき、かあっと顔が赤くなるのがわかった。
ミネアは、人間が左手薬指に指輪をはめる意味を、知っている。
「ち、違うんだっ! これはそう言うのではなくてだな! ご、郷に入れば郷に従えと言うあれだ!」
「……………」
「人間にとって、左手の薬指の指輪は婚姻の意味があるが、狼獣人にとっては違うのだろう!? ……だ、だから………」
無言で私を見つめるミネアの様子に、段々と言葉尻が弱くなっていくのがわかった。視線も勝手に俯いていく。
……わかっているさ。それが狼獣人にとっては何でもないことでも、他の人間がみれば誤解を招くような行動は、事情を説明したうえできちんと拒否すべきだと、そう言いたいのだろう? 実際私は、ズーティットでは、そうしていたからな。
だ、だけど! だけど、ズーティットと違ってこの村の人々が人間と交流する機会は皆無なんだ! ……誤解を与える可能性がある人間が、接触する機会がほとんどないのなら、このくらい良いだろう……別に。
「……なるほど、な」
俯き、黙り込む私に、ミネアは大きくため息を吐いた。
「まあ、想像通りと言えば、想像通りだな。………ミステ。君も、そんな飾りっ気のないなりして、大概罪な女だぜ」
………これは、ミネアの翻訳ミスだろうか。
人間の言葉で言われているはずなのに、言われた言葉の意味がわからない。
「ついて来いよ。ミステ」
混乱して目を白黒させる私の手を、ミネアは苦笑いしながら、そっとひいた。
「狼獣人の長の家で、私が真実を教えてやるよ……君の番にも、な」
「ーーーーと、まあ。そういうわけだ」
ヤグさんとイツナさんの家の中。ミネアから語られる真実の数々は、私にはとても信じがたいものばかりだった。
……私は、25年前に、ローグの番になっていた……?
だからこそ、今回の訪問は、ローグと結婚するためだと思われていて。
ローグは、人間の習慣に則って、星祭りの夜、プロポーズの意味で私に指輪を渡していた?
冷たい汗が、だらだらと背中をつたっていくのがわかった。
向かいに腰をかけて、沈黙を貫いているローグの顔が、まともに見られない。
「……まあ、お互い突然判明した事実に戸惑っているようだから、暫く時間を置いてから、改めて話し合った方が良さそうだな。……だろう? ミステ」
ミネアの言葉に、私は壊れた操り人形のように、ただ首を縦に振ることしかできなかった。
「暫くは私ともども、村長の家に世話になる……悪いがローグ。後でミステの私物をここに持って来てくれ」
ーー結局ローグは、その時、ただの一言も発することがないまた、村長の家を後にしたのだった。
「………………」
「………………」
「村長の家は居づらいだろうから、暫く私と一緒に、散歩でもしよう」ーーそんなミネアの提案に乗り、私は外に出た。
暫く黙ったまま、並んで森へと繋がる道を歩く。先に口コミわ開いたのは、私の方だった。
「ーーミネア。君は狼獣人と、知己だったのだな」
私の言葉に、ミネアは笑みを深める。
「亜人と獣人の長の血統なら、誰だって多少なりとも狼獣人との交流はあるさ。彼らは特別な存在だからな」
「……メルヴィルに聞いた時は、すっとぼけられたがな」
「そりゃあ、爺さんは長だから。他の長に対する面子もあるから、いくら君を気に入っていても、教えるはずがない。……その辺、私や猫獣人の長の孫娘は、気が楽なもんさ。信用に足ると思っている人間に『うっかり』情報を漏らすことくらいは許されている。……だから、君は、最初から爺さんではなく、私に話を聞くべきだったんだよ。少なくとも猫獣人の長の孫娘は、それを期待していたんだと思うぜ。確かズーティットで調査することを薦めたのも、彼女だろ?」
猫獣人編集者、アミーラが、ミネアとよく似た表情でにんまり笑う姿が脳裏に浮かび、私は目を伏せた。
……つまり、この状況は、ある程度仕組まれていたものだと言うことか。
「……私の考察が間違っていなければ、君とアミーラは、亜人や獣人にとって最大の極秘事項を、人間である私にばらしたということになるわけだが、本当に大丈夫なのか?」
「極秘事項? さてさて、何のことやら。私は『うっかり』何かを漏らしたかもしれないが、自覚がないから分からないな」
どこまでもすっとぼけるミネアを、私はきつく睨みつけた。
「………ーー獣人や亜人が『対人間用』に準備した、最終兵器。それこそが狼獣人であり、この村……この『魔力溜まり』の土地なのだろう?」
ーー全ては、200年前の惨劇を繰り返さない為に。
狼獣人の異常なまでに高い魔力と、攻撃能力。
外ではあり得ない純度の魔力を含んだ、多量の魔宝石。
情報が遮断された、前近代的な閉鎖的な村。
全てがいずれ来たる、対人間との戦争に備えた結果だというならば、納得できる。
人間が200年前のように再び他種族への直線的な迫害を始めた時、彼らは初めて戦士として蜂起するのだろう。
驕り高ぶる人間を始末する為に。
乾いた口の中で湧き上がる唾を飲み込んだ。
狼獣人の数は少ないが、それでも他の亜人や獣人を巻き込まば、簡単に人類を廃する戦力は有しているように思える。
もし彼らが本気になれば、人類の終焉はそう遠くないだろう。
「………狼獣人にとって、それは不名誉な誤解だから、訂正しておくよ。多少禁忌には触れるがね」
ミネアは私の言葉に苦笑いしながら、首を横に振った。
「この魔力溜まりの土地は、元々狼獣人のものだ。だからこそ、彼らは他種族と比べものに生らない魔力を有している。……200年前。彼らは自身の能力も、この土地も、戦争に利用させないようにする為に、自ら結界を張って引き篭もる道を選択したんだ」




