表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
人間視点で捉えた、狼獣人の生態記録ーある日、俺の村に人間の押しかけ女房がやって来た件ー  作者: 空飛ぶひよこ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

38/53

ミネアとの再会

 傍らにあるベッドに身を投げて、ただ身悶える。

 傍からみたら、どん引きすること間違いなしの挙動不審ぷりだ。

 しかも飛び込んだベッドから、最早かぎ慣れたローグの香りがして、ますますモアモアモヤモヤモンモンが激しくなった。


 ベッドの上で一人暴れながら、自身の唇を指でなぞってみる。先ほどのローグの唇の温もりを思い出したら、何だか泣きそうになった。



 馬鹿みたいだ。

 これじゃあ、まるで本当にローグからプロポーズされたみたいな喜びようじゃないか。


「ーーそんなこと、あるはずないのにな」


 頭から冷水を浴びたように、体内の熱が一気にひいていくのがわかった。

 大きく息を吐いてベッドから抜け出すと、部屋に無造作に置かれた鏡を手にとる。

 ただ日に焼けたて浅黒いだけの自身の頬に、ため息が漏れた。


「………ローグの奥さんは、ここに紋が彫られているんだろうな」

 

 村のあちこちに挨拶に回っていた時のことを思い出す。あの時はすぐにはピンと来なかったが、最近になってから時間差で気づいたことがあった。

 ーーこの村では、夫婦と思われる相手は、揃いの紋章を体のどこかしらに入れ墨で入れているのだ。

 改めて注視してみれば、ヤグさんやイツナさんにも、額には同じ形状の紋があった。きっと夫婦になる時に、同じ紋を体に刻むのが、この村の風習なのだろう。

 つまり………頬に紋があるローグは、既婚者だということだ。

 彼が私と同年代であることを考えれば、当然の事実と言えば当然の事実だ。


「奥さんは、何で一緒に暮らしていないのだろうか……亡くなったのか?」


 いや、亡くなったのなら、写真を飾るなりして、もっと思い出の跡が見えていてもおかしくない。

 何かしらの事情で、離れて暮らしている可能性の方が高い気がする。

 そう考えたら、つきりと胸が痛んだ。


「……種族が違えば、価値観も違って当然だからな。人間にとっては深い間柄でしかやらないようなことも、狼獣人にとってはただのスキンシップなのかもしれないな」


 抱き締めるのも。

 一緒のベッドで眠るのも。

 口づけをするのも。

 指輪を贈るのも。


 ローグにとってはきっと、「お友だちさん」にする行為に過ぎないのだろう。

 私達人間が、小さい子供やペットにするような感覚なのかもしれない。


「……私が奥さんなら、そんな行為をよその女にされたら、怒るけどな」


 胸の痛みが、さらに増すのを感じた。

 ……ローグの奥さんは、いったいどんな人なのだろう。

 ローグは格好良いから、きっと私なんか足元にも及ばないほど美しい女性に違いない。アルビノ美女な、ユーフェリアさんのような。


「そうか……もしかしたら、ローグの奥さんは、ユーフェリアさんと親しい友人なのかもしれないな。だから、あの時睨まれたのか」


 そう考えれば、あの時の謎が解ける。

 ローグが私のことを「お友だちさん」としか思っていなかったとしても、それでもやはり自分の夫が異性と二人きりで生活するのは、妻として面白くはないだろう。

 そんな友人の気持ちになって、ユーフェリアさんが私に敵意を抱いたのだとしたら、色々腑に落ちる。

 種族の一般常識としては大丈夫なことでも、妻という立場からすれば不愉快なことな可能性はあるからな。


「………本当、馬鹿みたいだな。私は」


 一人浮かれて。一人落ち込んで。

 意味のわからない、不合理な感情に振り回されている。

 そもそも私がこの村に来たのは、研究の為だろう? 一喜一憂するのは研究に関することだけで、十分だろうに。


「………庭の畑に、水をやってくるか」


 次から次へと湧き上がる感情を振り払いながら、鏡を元に戻して部屋を後にした。


 ……大丈夫だ。

 まだ、大丈夫。


 何が大丈夫かもわからないまま、ただひたすら自分にそう言い聞かせた。





「ーーやあ。ミステ。久しぶりだな」


 まだそれほど村に来てから月日が経っていないはずなのに、最早懐かしい人間語に、頭の中が真っ白になった。

 水やりの手を止め、振り返った先にいた女性の姿に、息を飲んだ。


「なんだ。ミステ。そんな間が抜けた顔をして。君がズーティットの名を出したんだって、ヤグ村長から聞いたぜ? 私が来ることくらい想定しとけよ」


 一瞬、ローグの奥さんかと思ってしまったが、すぐに脳は二年前の記憶と目の前の獣人女性を一致させた。


「……久しぶりだな。ミネア。前より、男言葉悪化していないか? 私の言葉は女性らしくはないから、修正した方が良いと言っただろう」


 ズーティット村の村長メルヴィルの孫娘、ミネアは、私の言葉に苦笑いをした。


「おいおい、修正しろって言ったって、うちみたいな辺鄙な犬獣人の村に、そうそう人間の女が来るかよ。君くらいのもんだぜ。先日、旅商人の男がしばらく滞在していたもんだから、すっかりその口調が移っちまった」


 ……犬獣人の言葉は、普通に女性らしいものを使っているミネアだが、こればかりは仕方ないか。

 それを差し引いても、相変わらず見事な人間語だ。


 一人関心している私に、ミネアはにんまりと笑いかけた。

 犬というよりも、猫や狐に近い笑い方だった。


「それより、ミステ。……狼獣人の長の息子と結婚することが決まったんだって? 水臭いじゃないか。そういうことなら、もっと早く私に教えろよ」




 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ