ミネアとの再会
傍らにあるベッドに身を投げて、ただ身悶える。
傍からみたら、どん引きすること間違いなしの挙動不審ぷりだ。
しかも飛び込んだベッドから、最早かぎ慣れたローグの香りがして、ますますモアモアモヤモヤモンモンが激しくなった。
ベッドの上で一人暴れながら、自身の唇を指でなぞってみる。先ほどのローグの唇の温もりを思い出したら、何だか泣きそうになった。
馬鹿みたいだ。
これじゃあ、まるで本当にローグからプロポーズされたみたいな喜びようじゃないか。
「ーーそんなこと、あるはずないのにな」
頭から冷水を浴びたように、体内の熱が一気にひいていくのがわかった。
大きく息を吐いてベッドから抜け出すと、部屋に無造作に置かれた鏡を手にとる。
ただ日に焼けたて浅黒いだけの自身の頬に、ため息が漏れた。
「………ローグの奥さんは、ここに紋が彫られているんだろうな」
村のあちこちに挨拶に回っていた時のことを思い出す。あの時はすぐにはピンと来なかったが、最近になってから時間差で気づいたことがあった。
ーーこの村では、夫婦と思われる相手は、揃いの紋章を体のどこかしらに入れ墨で入れているのだ。
改めて注視してみれば、ヤグさんやイツナさんにも、額には同じ形状の紋があった。きっと夫婦になる時に、同じ紋を体に刻むのが、この村の風習なのだろう。
つまり………頬に紋があるローグは、既婚者だということだ。
彼が私と同年代であることを考えれば、当然の事実と言えば当然の事実だ。
「奥さんは、何で一緒に暮らしていないのだろうか……亡くなったのか?」
いや、亡くなったのなら、写真を飾るなりして、もっと思い出の跡が見えていてもおかしくない。
何かしらの事情で、離れて暮らしている可能性の方が高い気がする。
そう考えたら、つきりと胸が痛んだ。
「……種族が違えば、価値観も違って当然だからな。人間にとっては深い間柄でしかやらないようなことも、狼獣人にとってはただのスキンシップなのかもしれないな」
抱き締めるのも。
一緒のベッドで眠るのも。
口づけをするのも。
指輪を贈るのも。
ローグにとってはきっと、「お友だちさん」にする行為に過ぎないのだろう。
私達人間が、小さい子供やペットにするような感覚なのかもしれない。
「……私が奥さんなら、そんな行為をよその女にされたら、怒るけどな」
胸の痛みが、さらに増すのを感じた。
……ローグの奥さんは、いったいどんな人なのだろう。
ローグは格好良いから、きっと私なんか足元にも及ばないほど美しい女性に違いない。アルビノ美女な、ユーフェリアさんのような。
「そうか……もしかしたら、ローグの奥さんは、ユーフェリアさんと親しい友人なのかもしれないな。だから、あの時睨まれたのか」
そう考えれば、あの時の謎が解ける。
ローグが私のことを「お友だちさん」としか思っていなかったとしても、それでもやはり自分の夫が異性と二人きりで生活するのは、妻として面白くはないだろう。
そんな友人の気持ちになって、ユーフェリアさんが私に敵意を抱いたのだとしたら、色々腑に落ちる。
種族の一般常識としては大丈夫なことでも、妻という立場からすれば不愉快なことな可能性はあるからな。
「………本当、馬鹿みたいだな。私は」
一人浮かれて。一人落ち込んで。
意味のわからない、不合理な感情に振り回されている。
そもそも私がこの村に来たのは、研究の為だろう? 一喜一憂するのは研究に関することだけで、十分だろうに。
「………庭の畑に、水をやってくるか」
次から次へと湧き上がる感情を振り払いながら、鏡を元に戻して部屋を後にした。
……大丈夫だ。
まだ、大丈夫。
何が大丈夫かもわからないまま、ただひたすら自分にそう言い聞かせた。
「ーーやあ。ミステ。久しぶりだな」
まだそれほど村に来てから月日が経っていないはずなのに、最早懐かしい人間語に、頭の中が真っ白になった。
水やりの手を止め、振り返った先にいた女性の姿に、息を飲んだ。
「なんだ。ミステ。そんな間が抜けた顔をして。君がズーティットの名を出したんだって、ヤグ村長から聞いたぜ? 私が来ることくらい想定しとけよ」
一瞬、ローグの奥さんかと思ってしまったが、すぐに脳は二年前の記憶と目の前の獣人女性を一致させた。
「……久しぶりだな。ミネア。前より、男言葉悪化していないか? 私の言葉は女性らしくはないから、修正した方が良いと言っただろう」
ズーティット村の村長メルヴィルの孫娘、ミネアは、私の言葉に苦笑いをした。
「おいおい、修正しろって言ったって、うちみたいな辺鄙な犬獣人の村に、そうそう人間の女が来るかよ。君くらいのもんだぜ。先日、旅商人の男がしばらく滞在していたもんだから、すっかりその口調が移っちまった」
……犬獣人の言葉は、普通に女性らしいものを使っているミネアだが、こればかりは仕方ないか。
それを差し引いても、相変わらず見事な人間語だ。
一人関心している私に、ミネアはにんまりと笑いかけた。
犬というよりも、猫や狐に近い笑い方だった。
「それより、ミステ。……狼獣人の長の息子と結婚することが決まったんだって? 水臭いじゃないか。そういうことなら、もっと早く私に教えろよ」




