賭けに勝った
「あり、がとう?」
突然の贈り物に、ミステは戸惑っているようだった。
そして戸惑いながらも、受け取った指輪を右手にはめようとする。
……右手、か。
これは、俺の気持ちが、伝わって、ないからか。
それとも、これは遠回しに拒絶されているのか。
絶望的な気持ちで指輪の行方を見守っていると、ミステは軽く目を見開いて俺を見た。
そして、しばらく考えこんだ後、指輪を右手に持ち替えた。
……伝わった、のか?
固唾を呑んで、ミステの次の行動を待つ。
しかし、その指輪は左手の人差し指に向かい、一度上昇した気持ちが再び落ちこんだ。
だが、指輪は人差し指にはめられることがなく、そのまま親指へと向かう。
親指に向かった指輪が、中指に向かい……ついに薬指にっ……向かったと思えば、今度は小指へと向かった。
……これは、弄ばれているのだろうか。
なかなかはめられない指輪に、内心焦れていた時、ミステの視線が俺の左手の薬指を捉えた。
そして何かに迷うように、そっと瞼が伏せられる。
その仕草で、ようやく俺はミステの行動の意味を理解した。
そうか……ミステもミステで、俺が指輪を贈った意図を捉えかねていたのか。
「ミステ」
ミステをまっすぐ見据えながら、俺は懇願した。
「選んで、くれ」
指輪をどの指にはめるか、選んでくれ。
俺の気持ちにどう応えるか、選んでくれ。
……俺はもう、選んだ。
胸の奥に湧き上がって溢れてくるこの気持ちに、名前をつけた。
お前が俺の番になることを承諾してくれるなら、俺は自身の一生を、躊躇うことなくお前に捧げよう。
だから、ミステ。
どうかーー俺を、選んでくれ。
「ーー………ーーーーーーー」
しばらくの沈黙の後。ミステは人間の言葉で、何かを呟いた。
それがどういう意味だったのか、俺にはわからない。
だが、次の瞬間、確かにミステは指輪を自身の薬指にはめて、微笑んだのだった。
「あり……がとう」
頬を赤らめて、俯きながら礼の言葉を口にするミステの体を、湧き上がる衝動のままに、ただ抱き締めた。
「……ローグ?」
……俺の、ものだ。
俺の、番だ。
もう二度と、離さない。
自然と滲んでくる涙で、視界が霞んだ。
「ミステ……ーーサテ・シュアレ・ナ」
二十五年前と同じ言葉を口にしながら、俺はミステの唇に口づけを落とした。
必死に抑え込もうとしていたミステへの愛情が、箍が外れたかのように胸から溢れ出して、止まらない。
俺は、賭けに勝ったのだ。
俺は、ミステを……唯一の俺の番を愛しても、構わないのだ。
ーーピタマタナヤ。
ーーセヤルナハミ。
もし、天上から俺達の様子を見ているのなら。俺の声が届くのなら。
どうかもう二度と、ミステと俺を離さないでくれ。
一年に一度しか、共に過ごせないあんた達なら、番の傍にいられない辛さは分かるだろう。
25年も、会えなかったんだ。もう一時だって離れたくない。
離れていた25年分を埋められるくらい、これからはずっと傍にいさせてくれ。
その存在を確かめるように、固く固くミステを抱き締めながら、極彩色に染まる夜空に、俺はただそれだけを祈った。
◆◆◆◆◆◆◆
「………困ったわねえ」
「………困ったな」
年に一度の一大行事である星祭りの夜を恙なく終え、村長として一安心した矢先に、頭痛の種はやって来た。
私は妻のイツナと共に、ズーティット村から届いた手紙に視線を落としながら、ため息を吐く。
「………これを一体どうやってローグに伝えるべきだと思う?」
「どう伝えても……あの子は落ち込むわよね」
二人で顔を見合わせ、再び深々とため息を吐いた。
………待ち望んでいたローグの番が、自分から嫁に押しかけてくれたという展開はさすがに都合が良すぎたか。……それにしても、こういうことならば、期待が高まり過ぎる前に、手紙が届いてくれていればよかったものの。
ズーティットの通訳ができる娘が、このタイミングで他種族の村に訪れていたことを恨みたくなる。
「……ま、まあ、でもローグは、ずっとミステさんが、お嫁さんに来たことを疑っていたもの。きっと、こういう可能性も考慮していたわよ!」
「そ、そうだな! 我が息子ながら、呆れるほどの悲観主義だものな!」
「ーー邪魔しているぞ。親父殿。お袋殿」
背後から聞こえて来た息子の声に、心臓が跳ねた。
「ロロロローグ! い、いつの間に、来てたんだ?」
「よよよ呼び鈴なさい! じ、実家とは言え、あ、貴方は家を出た身なんだから!」
「? 俺はちゃんと、呼び鈴を鳴らしたぞ。何時まで経っても誰も出て来ないから、手が離せない状況かと思って勝手に入ったのだが……二人で何をしていたんだ」
ローグの言葉に、咄嗟に手紙を背中に隠した。
……恐らくまだ、この手紙はローグには見せない方が良さそうだ。
「……それよりお前は、こんな朝早く、どうしたんだ? 珍しいじゃないか。いつもはもっと顔を出すように言っても、なかなか来ない癖に」
「ああ……」
私の言葉に、ローグはほんのり頬を赤く染めた。
耳や尻尾は雄弁だが、変わりに表情筋が退化しているのではないかと常日頃疑っている息子には珍しく、分かりやすい変化だった。
「……これは、息子としてというよりは、村の一員として、尋ねたいのだが」
「うん?」
「村長として………俺がミステと結婚儀礼を行うのは、いつ頃なら都合が良いんだ?」