神への供物
激しい暴風に伴って発生する、夜空の色彩の変化。
それも毎年必ず一定時期に起こるというのなら、もっと話題になっていておかしくないはずだ。
空間は森で隔絶されているが、空はどこまでも繋がっている。変な言い方をすれば種族を問わぬ共有財産である。そう簡単に誤魔化せるものでもない。
「普通に考えれば結界と同時に認識阻害の魔法も展開しているということだろうが……空に届くほどの魔法を展開するために一体どれだけの魔力が……」
……いや、ここは個人所有の魔力も、魔力供給に必要な魔宝石も、桁違いな村だった。その辺りは、今さらか。
「……なんとなく、この村の在り方が分かった気がするな」
外界との接触を極力遮断し、自然現象ですら認識阻害魔法で隠匿している理由は、この地の特異性から考えれば最早言うまでもない。ーー守る為だ。
果たして彼らが守っているのは、この地なのか、外の人間なのかは激しく疑問ではあるが。
「だからこそ、よけい分からない……何故『私』は、受け入れられたんだ。他の誰でもなく、『私』が」
彼らの在り方を考えれば考えるほど、他種族が一時的とは言え、村に長期滞在することは好ましくないように思う。
以前、村中挨拶して回った際に、他種族の形質を遺伝した村人がいなかったことが、何よりその事実を証明している。(ただ犬獣人に関しては、そもそもの形態がよく似ている為、血が混ざっていないと言い切れなくはあるが)
それなのに……どうしてただの人間である私は、こんなにも村に受け入れてもらえているのか、いくら考えても分からない。
ーーどうしてローグが、あれほど私に優しくしてくれるのかも。
「……私が幼い頃に、一度村を訪れたことがあるからか? わずか3歳の子どもが一時的に村に滞在していたからといって、25年後の人間性を保証する材料にもならないだろうに」
私が、もっと若く、魅力的な女性だったら、また話は別だ。
たとえば、もっと美しかったら。
心が清らかで、守ってあげたいような儚げな女性だったら。
長年のタブーを打破してでも、村に迎え入れたくなるのかもしれない。……いや、そうであっても、もっと表立った反対者は現れそうな気もするが、まあ、歓迎される確率は多少なりともあがるだろう。
だが、実際村に歓迎されているのは、私だ。結婚適齢期もとうに過ぎ、美しさとは縁がなく、心もけして清らかとは言えず、儚げななどとは冗談でも言われたことがない、この私だ。……正直、意味が分からない。
私なら、こんな女が大した土産も持たずに「あなたの生活を研究させてくれ」と突然押しかけて来たら、嫌だぞ。自分で言うのもなんだが。
この村で、ローグと共に過ごす日々は、ひたすら居心地が良い。狭くて古い貸家にはほとんど帰らず、理事長に嫌な顔をされながらも毎日のように大学の研究室に泊まり込んでいた、あの頃よりも、よほど心が安らぐ。こんな穏やかな生活は、一体いつぶりだろうか。……いや、そもそも今までの人生であったか? そんな生活。子ども時分ですら覚えがないぞ。
この生活を心地良いと思うからこそ、よけいに「何故私を」という思いは、喉に引っかかった魚の小骨のように、私の中にあった。
理解できないものは、興味深くもある反面、怖いものでもある。
この小骨が、今の居心地良い状態を一変させてしまうのではないかという恐怖が、常に私の中には存在していた。
「………今まで優しくしたのは、実はこの星祭りの為で、星祭りの夜に、外部の人間を神の生贄に捧げたりとか……なんて…ない………よな?」
………絶対に、ないとは言い切れないな。
想像したら、ぶるりと体が震えた。
ローグの優しさに裏があるとは思えないが……純粋に生贄になることを栄誉だと信じ込んでいる可能性も、0ではない。
私のことを心から祝福しながら、あの鋭い爪で私の心臓を抉り出して、神の供物にする様子は、残念ながら普通に想像できてしまう。
……どうしよう。何だか考えれば考えるほど、この仮説が正しい気がして来たぞ。まずい。もし拘束されて生贄の祭壇まで運ばれることになったら、どう考えても逃げられる気がしない。
何せ狼獣人は、身体能力も所有魔力も桁違いな種族なのだ。鬼ごっこになれば、3秒で捕まる自信がある。
まずいまずいまずい。このままなら、生贄ルート一直線だぞ。杞憂だとしても、何か対策を考えておかねば。
……というか、もし逃げるなら、一人で放置されているこの時間しかチャンスはなさそうだな。ローグが、部屋で一人作業に集中している今だったら、こっそり抜け出しても気づかれなさそうだし。幸か不幸か、ローグの家は他の家と離れているから、他の村人に見つかる可能性も少ない。逃走をはかるなら、今しかないだろう。
……いや、ちょっと待て。そもそも私が生贄にされる可能性は、かなり低いぞ。これだけ世話になっておきながら、変な妄想で家を飛び出すだなんて、人としてどうなんだ……?
しかし、万が一生贄にされたらと考えると……
「ーーミステ」
「うっあ、はい!」




