勘違い益々
普段人間が鑑賞する音楽を教えてもらえば、「音」から伝わる何かもあるかもしれない。
先ほどの笛の演奏の後、俺が感じたものを、ミステも感じてくれれば嬉しいと、そう思った。
しかし、ミステは俺の言葉に焦ったように、首を横に振った。
「しない! できる。演奏? 無理。難しい、楽器」
……どうやら、笛をふいて欲しいと言われたと勘違いしているようだ。
いや……さすがに俺も自分の笛をミステに吹かせようとは思わないぞ。……それだけで、水風呂にまた頭から浸かる羽目になりそうだからな。
「違う。……何でも良いから、人間の音楽を教えて欲しいだけだ」
しばらく噛み合わない会話を続けてから、ようやくミステに意味が伝わったようだ。……言語の壁というものは、やはり厚い。
ミステはしばらく困ったような表情で何かを考えてから(そんな顔ですら愛らしいと思ってしまう俺は重症な気がする)、徐に口を開いた。
『ーーお友達さん。お友達さん。大切な人。
お友達さん。お友達さん。貴方が好きよ。
お友達さん。お友達さん。離れていても。
お友達さん。お友達さん。心は共に。
……心は永遠に』
鈴がなるような、愛らしい声だった。
普段のミステの声はさほど高くはないが、歌に合わせて敢えて高くしているのだろう。
ところどころ震えて、少し拙いその歌い方が、何だか微笑ましい。
単純で、どこか懐かしい雰囲気の曲だった。
だが、俺には曲そのもの以上に気になることがあった。
「……オトモ、ダチ、サン?」
聞き慣れない、その異国の単語を、俺は確かに知っている気がした。ーーああ、そうだ。思い出した。
25年前。ミステは俺のことを、確かそう呼んでいた。
舌足らずに俺の名前を呼びかけながら、俺のことを繰り返し、そう呼んでいた。
……あれは一体どういう意味だったのか。
「『オトモダチサン』……近い。人。胸、どきどき。一緒」
ミステの説明に、俺は言葉に詰まった。
……一緒にいると、胸がときめく近しい相手……
………それって、「番」以外、他にいるか?
心臓が、早鐘を打つ。
「……他の歌詞の、意味は……?」
まさか。
そんなはずはない。
変な期待なぞせずに冷静になれ、俺。
湧き上がる期待を必死に押し殺したが、続くミステの説明が、俺の疑惑を確信に変えた。
「『オトモダチサン』大事。
『オトモダチサン』愛、してる?
『オトモダチサン』ばいばい。だけど。
『オトモダチサン』心、永遠。……一緒」
ーーいや、やっぱりこれは「番」だ! 「番」以外に当てはまる関係がないだろ……っ!
しかも、離れていてもずっと心は一緒って……歌にかこつけて、俺に言っているのか!?俺に、言っているのか!?
……その時になって俺は、自分がとんでもない思い違いをしている可能性に気がついた。
「番」の観念は、狼獣人だけのもので、人間には当てはまらないと、勝手にそう思い込んでいた。
縛られるのは、俺だけだと。人間であるミステは違うと、信じて疑っていなかった。
……だがしかし、そうじゃなかったら?
言葉や細かい概念こそ違っても、人間にも「番」と同様の存在がいて、狼獣人と同じように、一度番ってしまえば他の異性と生殖が適わないのだったら。
ーー俺は、何という長い時間、ミステを一人にしてしまったのだろう。
ああ、だが、そう考えれば、ミステが俺と同じだけ、独り身でいた理由もはっきりする。
ミステは、今まで誰とも番なかったのではなく、俺に縛られて、番えなかったのだ。
それでもミステは、離れていても俺と心は一緒だと信じて俺との再会待ち続けて……ついには耐えられなくなって村に来てくれたのだとしたら……何ということだ。ミステが健気で可愛そう過ぎるぞ。
何で俺はもっとさっさとミステを探しに村に出なかったんだ……勝手に一人悲劇のヒーローぶって村に引き込もっていた過去の俺を、今すぐ抹殺したい……! 雄の恥だろう……!
……いやいやいや。ちょっと待て。ちょっと待て。俺、落ち着け。自分自身に憤るのはまだ早い。
そもそも25年前の俺の記憶自体あやしいからな。
ミステは本当に、あの時俺を「オトモダチサン」と呼んでいたのだろうか。
まずはとりあえず、その辺りを確認してみよう。
「………ミステ」
「うん?」
「ミステ………オ、トモ、ダチサン」
意味が伝わらず瞬きを繰り返すミステに、やっぱり俺の記憶違いかと心が折れそうになりながらも、指で自身とミステを交互に指し示した。
「ミステ………ローグ……」
「あ、ああ」
「ミステ……ローグ……オ、オトモ、ダチサン……」
……やっぱりか……やっぱり俺が勝手にそう思い込んだだけだったか……
消え入りそうな声で告げた途端、ミステの顔がぱあっと輝いた。
『そうだ! お友達さんだ! 私とローグは、お友達さんだぞ!』
告げられた言葉は、人間の言葉でちゃんとした意味は分からない。
だが、ミステが俺の言葉を確かに肯定してくれたことだけは、はっきりと伝わってきた。
それじゃあ……やっぱり待っていて、くれたのか。
俺との再会を、ずっと待ち望んでいてくれたのか。




