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25年ぶりの邂逅

 研究の為の休暇の申請は、つつがなく受理された。

 ……「何ならそのまま休暇明けも大学に戻らなくても結構ですよ」等とほざいた下等理事長の無駄に整った顔を、殴らずに耐えた私を褒めて欲しい。

 なあにが、「貴女も良い年齢なのだから、いい加減無意味な学問などやめて、家庭に入られたらいかがですか?」だ。余計なお世話にも程があるわ!

 だいたい自分だって30を超えて独身なんだから、人のこと気にしてられる場合かと心底物申したい。

 三男とは言え、なぜ商人の名家であるシュテフィアス家が、そんな状況許しているのか果てしなく疑問だ。性根は完全にねじ曲がった愚か者だが、本業の方は順調らしいから金はあるだろうし、顔は良いんだから、いくらでも縁談はあるだろうに。

 さっさと結婚して、創立者の慧眼を引き継いだ優秀な子どもを作って、可能な限り迅速に引退して欲しい。……どんなに早くても後20年はかかりそうだが、それでも大学の未来の為に是非とも。


「……ここなら、すぐ傍に小川が流れてるし、雨除けにちょうど良い大樹もあるし、テントを張るには良さそうだな」


 そして私は、最後の講義が終わるなり、編集部からもらった取材費と、今までの貯金で必要な道具を集め、迷いの森にやってきたわけである。

 ……いや、それにしても広い森だな。元にいた場所に戻る分には、コンパスはちゃんと正常に機能してくれるようだから、遭難はしないで済みそうだが。

 こんな広い森で、本当に私は狼獣人に出会うことができるのだろうか。

 私が立てた潜入計画は実にシンプルだ。この森にテントを張って、持参した食料で一ヶ月程過ごし、狩りに出た狼獣人と遭遇するのを待って、調査交渉を行う。ただそれだけの、運任せの計画である。

 狼獣人と過去に交流があった人物は、守秘義務でも負っているのか、いくら調査しても見つけることができなかった。

 かと言って、どれほど頑張っても私程度の実力で、200年以上も強固なまま持続している固有結界を破れるとも、とても思えない。

 ならばやはり、単純に村に案内してくれる村人が現れるのを、ここで待つしか術はないだろう。


「幸い、テント暮らしは過去の調査で慣れているしな」


 なんせ、万年研究資金不足だ。調査の為に長期間宿を借りる金などない。

 無償で滞在を歓迎してくれる優しい調査相手もいないことはないが、大抵の場合は土地だけ貸してもらってテントを張る許可をもらうのがせいぜいだ。一ヶ月くらい野宿したところで、今さらなんてことはない。

 慣れた手つきでテントを組み立てると、呪学教授に頼みこんで格安で融通してもらった獣除けの護符を、入り口の所に内側から貼る。

 あの教授は、顔は怖くて根暗だが、呪術の腕は確かだ。以前飢えた熊型モンスターが現れた時も、この護符のおかげで無傷で生還を果たすことができた。テントの周りを、獲物を求めてぐるぐると旋回するモンスターが諦めて去るまで、テントの中で膝を抱えて待っていたあの時の恐怖は未だに忘れられない。教授様々だ。


「まあ、あくまで護符の効果は獣限定だから、人型の種族は獣人ですら効果はないんだけどな」


 幸い、今までは盗賊に押しかけられたことはないが(どう見ても金は持ってなさそうだからな)トチ狂った若者が襲撃してきたことはあった。

 その為に、私は自衛魔法具も常備している。

 幸い私は多少魔力はあって、基礎的な攻撃魔法なら使えるから一般人相手なら魔法具なしでも撃退可能ではある。

 ………上級魔法を使えるような戦闘能力が高い相手なら、魔法具ありでもとても敵わないが………うん、まあ、そんな相手は私のようなとうの立った貧乏教授を襲撃することなど、そうないだろう。ないと、思いたい。……まあ、あったら、その時はその時だ。


 テントを組み立て終わったら、持参した魔法具の一つを半径500メートル先に設置する。

 東西南北それぞれに設置し終えたら、簡易結界の完成だ。

 この結界は、侵入者を弾く効果はないが、侵入者の出現とその属性を中央部にいる私に知らせてくれる。

 実はこの魔法具は、魔法工学の教授からモニターを頼まれたもので、精度こそ不確かであるものの、使用費は無料だったりする。同大学の教授だからこその、コネクション。これで市場に出回っていない、最新魔法具が使用できるのだから、ありがたい。

 まあ、その代わりかなり詳細なレポートを求められるわけだが、それくらいの責務は甘んじて受け入れよう。

 ちなみに、他の教授からも、モニターやら、格安販売やら、餞別やらで、色々なアイテムを借りたり譲ってもらっていたりする。休職前に、大学中の研究室を回って挨拶し、強請っ……協力をお願いしたかいがあった。

 この研究が成功したあかつきには、きちんと皆に礼をしないといけないな。呪学教授に至っては、日頃のご愛顧の感謝として「呪術防止を使っていても、タンスの角に小指をしたたかぶつけさせるくらいは可能だと思う」と、強力呪人形をサービスでつけてくれたしな。……ちなみに最後に挨拶行った時、理事長は右足抱えて悶絶していた。ざまあみろ。


 栄養学教授から消費期限が近いからと、無料でもらった缶詰を食べると(味はあれだが、栄養と腹持ちは完璧らしいので無理やり飲み込んだ。……まさか、全部この味付けじゃないだろうな)、寝袋に潜り込み、早々と就寝することにした。

 灯りをつける為の光魔法は魔力消費が激しいし、灯りをともす魔法具は、基本的に使い切りなので、極力使用は控えたい。できる限り、日があるうちに行動をすることにしよう。

 暗闇の中、目をつぶると、外の音がより鮮明になった。

 木々が風で揺れる音に混ざり、遠くから、獣の遠吠えが聞こえてきた。


「……25年前は、この遠吠えに恐怖しか感じなかったが、改めて聞くとどこか物悲しいな」


 物悲しくて……そして、何故か懐かしい。

 聞いていると、なんだか胸が締めつけられるようだ。

 獣の遠吠えは、仲間の獣とのコミュニケーションだと言う。

 ならば、この獣は一体仲間に何を伝えたいのだろうか。

 そんなことを思いながら、私は眠りの淵に落ちて行った。




「ーー来た……っ!」


 頭の中に鳴り響く、鈴の音で目を醒ました。

 結界が作動した。……侵入者だ。

 飛び起きた瞬間、目の前に煙で出来た文字が浮かぶ。


【西 獣人 雄】 


「まさか、早速、狼獣人のお出ましか!?」


 獣人の種族までは書かれていないが、迷いの森に足を踏み入れる他種族はそうそういないので、その可能性は高い。

 だがしかし、早い。あまりにも早過ぎる。

 ……まだ、二日目だぞ!? 長い年月をかけて迷いの森に通った父は、一度も邂逅が果たせなかったのに、こんなにあっさり出会えるものか!?

 半信半疑ながらも、せっかくの幸運を無駄にすることもできないので、すぐにテントを飛び出した。念の為、護身用魔法具も忘れずに持っていく。


「……朝もやがひどい。こんな視界で見つけられるか?」


 朝もやに覆われて視界が悪い森の中を、ただひたすら西に向かって足を進める。

 ある程度足を進めた所で、突然朝もやが消えて、視界が鮮明になった。


「………っ!!」


 ーー鮮明になった視界の先には、一人の美しい獣人の青年が、驚いたように目を見開いて佇んでいた。


「……犬、獣人? いや、狼獣人……だよな」


 青年の姿は、私が以前調査した犬獣人のそれに似ていた。

 獣人の中には、獣性が強く、ほとんど二足歩行の獣のようにしか見えないものもいるが、犬獣人の中でも私が調査した種族は、見かけはかなり人間に近かった。

 青年の顔立ちは、硬質で威圧感があるものの、人間基準で捉えてもかなりの美形の部類に入るのではないだろうか。年齢は私とそう変わらなそうだ。

 頬には不思議な文様が入れ墨か何かで描かれていて、向けられる金色の瞳と同じくらい目を惹いた。

 短い灰色の髪の上には、同色の三角の耳が生えていて、背中には毛の長い尾も見える。 

 服装は腰に毛皮を巻いただけの簡素な格好だ。服装だけ見れば、生活も同様に原始的である可能性が高いように思えるが、獣人の中には服を嫌い、敢えて好んで露出の高い服をまとっている種族もいるので、服装だけでは判断が難しい。

 肩から肘、膝から足にかけて、灰色と白が混ざった毛皮を纏っている。……こちらはおそらく、腰の毛皮とは違い、自前だろう。


「ーーナ・アサ・ヤタロラ……ネソユ?」


 青年の口から出た言葉は、文法や発音には差異があったものの、私が知る犬獣人の言語に似ていた。

 ……えーと。犬獣人の場合は「ヤタレル」が、「何」。「アス」が「ここ」、「ネシュ」が「する」。「ナ」はまんま「お前」だから。

 多分、「お前はここで何をしているんだ」と聞いているのだろう。


 



 

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