選んだ色は
土台が決まったなら、次は石だ。
ミステの手を引いて、魔宝石が取れる洞窟へと向かった。
ミステの瞳の色の魔宝石はない。
だから、あとは好みの問題だ。
これだけたくさん石があるのだから、一つくらいはミステが気に入る色もあるだろう。
しかし、振り返ってミステの反応を待ったが、ただ困惑する気配だけが伝わってきただけだった。
気に入る色が、なかったのか? ……いや、違うな。
「そうか……人間は狼獣人と違って、夜目は利かないのだったな」
慌てて光魔法を唱え、辺りを明るくする。
途端、ミステは息を飲み、壁一面の魔宝石を唖然と見つめだした。
「……すごい……」
俺にとっては、子どもの頃から見慣れた、当たり前の光景。
だが、人間であるミステにとっては、初めてみる特別な景色だったらしい。
頬を紅潮させながら畏怖と感動が混ざった目で魔宝石を見つめているその姿に、何故か胸の奥がきゅーんとなるのを感じた。
……こんなありふれた物で感動してくれるなら、もっと美しい光景を見せたら、一体どんな反応を見せてくれるのだろうか。
一週間後の星祭りの夜に見える空は、一年に一度だけの特別に美しい夜空だ。こんな小さな魔宝石の光なんて、とても比べものにはならない。あの、星と魔力が夜空に煌めく様を見たら、ミステは一体どんな反応を見せてくれるのだろうか。
いや、別にそんな特別なものではなくても、これより綺麗な景色を俺はいくつも知っている。
この洞窟は、魔法で光を灯さない限りずつと暗いままだが、東の洞窟ならば朝日が、西の洞窟ならば夕陽が差し込んだ時間だけ中が明るくなり、魔宝石が光に反射して輝きを増す。
中にある魔宝石の色が限定されてしまう為、今回はこの南の洞窟を選んだわけだが、魔法による人為的な光と、自然の太陽光とでは、輝き方が全然違う。
迷いの森の神域では、茎や花弁が魔宝石で出来た野生の花が、様々な形で生えているのが見られる。朝靄の中、露に濡れながら煌めく、あの鉱物の花の美しさを見たら、ミステはどんな反応をしてくれるだろうか。
見せたい景色が、たくさんある。
見たい顔も、たくさんある。
……だけど今は、そんな未来の話ではなく。
「……どの色が、好きなんだ?」
共に過ごす未来を創る為の今、この瞬間に集中しなければいけない。
ミステは俺の問いかけにしばらく黙りこんでから、傍らにあった魔宝石を見つめた。
思いがけない、その色に心臓がどくんと跳ねた。
「……琥珀色が、好きなのか?」
ーー俺の瞳の色を、選んでくれるのか。
「ーーーーーー」
ミステは、こくんと頷くと、俺の知らない人間の言葉で何かを言った。どうやら、魔宝石に興奮するあまり、普段の言葉が出てしまっているようだ。
俺は、狼獣人以外の種族の言語はさっぱりだ。
だから、ミステが何を言っているのか正確にはわからない。
……だが。
「ーーーーーー」
………愛おしげに下から俺の目を見上げるミステの様子に、その言葉が俺の瞳の色を褒めているものだということは、何となく伝わってきた。
「ーーミステ」
繋いでいた手を持ち上げて、反対の手でミステの指の太さを測った。
……そうか。これくらいか。
こうやって計測してみると思っていた以上に指が細いな。
綺麗な、手だと、改めて思う。
気を抜けば、簡単に握り潰してしまいそうな、この繊細な手で
あれほど大きな鹿を解体したのだと思うと、何だか不思議だ。
不思議で……どうしようもなく、惹きつけられる。
狼獣人の俺とは骨格からして異なる、白い人間の手に。
「……賭けを、しよう。ミステ」
気がつけば、そう口にしていた。
「ー週間後。祭りの夜に、俺は答えを出そう……だから、ミステも一週間よく考えてほしい」
昨日よりも、今日。
そして、きっと今日よりも明日。
強くなっていく、この気持ちに、俺は一週間後、名前をつけることにする。
そして、自分の想いを確かめられたその時は、ミステに手作りの指輪を捧げよう。……人間の、ルールに則って。
指輪を受け取るも、捨てるも、ミステの自由だ。どんな反応が返ってきたとしても、俺は受け入れよう。
だけどもし、ミステが俺の想いを受け入れて、くれたのなら。
その左手の小指に、指輪をはめてくれたのなら。
「……俺は、もう二度と、お前を離さない」
そう、決めた。
例えそれが、ミステにとって今までの生活を捨てることだとしても。
この辺鄙な村の生活が、ミステが生きてきた場所よりも、とても快適だと思えなかったとしても。
俺は、必ず、ミステを俺の番にする。
もう二度と、自分の番を諦めたりなんかしない。
「……だから、よく考えて答えを出してくれ」
ミステは俺の言ったことをちゃんと理解は出来ていないようだったが、俺は静かに首を横に振って、ミステの手を引いた。
……これは、俺自身の賭けだ。
ミステが俺の言葉を理解出来てなかったとしても、問題はない。
洞窟の中には無数の魔宝石があるが、どこにどんな魔宝石があるかはだいたい把握している。
ミステがどの色を選んだ場合でも、指輪に加工するのに相応しい石はだいたい目星をつけていた。
俺は琥珀色の魔宝石の第一候補を爪で削り取ると、ミステに見せた。……よかった。この顔を見る限り、気に入ってくれたようだ。
この琥珀の色は、ミステの白い手に、きっと映える。
俺はその石を自身のポケットにしまうと、ミステの手を引いて南の洞窟を後にした。




