指輪を作ろう
狼獣人は、基本的に甘味とは縁がない食生活を送っている。
甘い菓子を食べるのは、年に数度の祭りの時だけで、それ以外の機会で摂取する甘味は、基本的に森や畑になっている果実だけである。
秋に熟すタフィの実は、果実の中でも特別甘く、それを潰して液を絞り、保存魔法をかけたものが、料理の味を調整するのに使われている。
しかし、今口にした砂糖煮の果物は、タフィの実よりも何倍も甘い。しかも、甘さの種類が違う。
今までの甘味に関する観念を覆すような、暴力的なまでの甘さだった。
……砂糖というものは、こんなにも衝撃的な食べ物だっただろうか。
以前も、どこかの獣人から褐色の砂糖をもらったことがあったが、その時はそれほど感銘を受けた記憶もなかった。祭りの菓子に用いる蜂蜜と、さほど変わらなかった気がする。
人間が用いている砂糖は、一体どれだけ特別なものなのだ。
……おかしい。今まで特別甘味を好んだ記憶もないのに、缶詰めを口に運ぶ手が止まらない……!
「……っなくなって、しまった……」
いつの間にか、果物が浸る汁さえも綺麗に飲み干してしまった自分に、愕然とする。
一体どれだけ夢中に食べていたのだ。
……ああ、しかも、それだけ食べたにも関わらず、俺は……っ。
「もう一つ……もう一つ、食べても良いか? ミステ」
まだ、あの甘味に飢えている………!
脳の片隅では、これ以上の摂取は体に悪いからやめておいた方が良いと、警告する自分がいた。
だがしかし、体はそんな警告を無視して、再び別の缶詰めへと手を伸ばしていた。
……今、ミステは俯いた。これは、恐らく頷いたのだろう。うん。きっとそうだ。そうに決まっている。
そんな風に自分自身に言い訳をしながら、爪で缶を開けていく。
切った蓋の下から現れた中身は、先ほどの砂糖煮とはずいぶん様子が違っていた。きっと、別の種類の果物を使っている、砂糖煮なのだろう。
ただただ一刻も早く、先ほどの甘味を味わいたかった俺は、さっさとそう結論づけて、缶詰めの中身を口に入れた。
「ーーーーー………っ!」
そして、次の瞬間、口に広がったそれのあまりのまずさに、悶絶した。
思わず吐き出しそうになるのを、咄嗟に口元に手を当てて耐える。
どれほどまずかったとしても、ミステが持参金として持って来てくれたものだ。無駄にするわけにはいかない。
涙目になりながら必死に呑み込もうとするものの、あまりの不味さに喉を通っていかない。一刻も早く飲み込めるように、ただただ必死で口を動かした。噛むとなおさら、味が口内に広がり、ますます泣きたくなる。
「……不味かった………っ」
生まれて初めて味わう、衝撃のまずさだった。
先ほどまでの衝撃的な甘味の記憶が、瞬く間に塗り替えられるのがわかった。
あまりのまずさに目の前が、ちかちかする。
必死に咀嚼する俺にミステは驚いたように目を見開くと、俺の手から缶を奪った。
そして缶詰めのパッケージを眺めて、安心したようにため息を吐いた。
「……大丈夫。まずい。でも。良い。体に」
……そして、ひょいと缶詰めの中身をスプーンで掬いあげると、あっさりとそれを口に入れたのだった。
へ、平気なのか!? この味が……!?
ミステの眉間には皺が寄っているし、どう見ても美味しそうに食べているようには見えない。
だが、あっさりとそれを飲み込んで、次の一口を運ぶその姿に驚愕を禁じ得ない。
ミステは、狼獣人とは比べものにならないほど「食」にこだわる「人間」という種族であり。
少し口にしただけで、たちまち俺を魅了してしまうほどの甘味を、日常的に摂取していて。
……それなのに、こんなまずい料理ですら、平気で口にするのか。
そう言えば、昨夜の俺の杜撰な料理も、美味い美味いと喜んでくれていた。
………ミステの味覚が、よくわからない。
俺の人間の番は、どうやら俺が思っている以上に奥深いようだ。
なお、砂糖煮の衝撃は、すっかり後の缶詰めの不味さに上書きされてしまい、それ以上俺があの甘味が恋しくなるということはなかった。
……というか、もはやミステの持参金代わりの食べ物が、どれも口にするのが怖くなっているのだが、どうすれば良いだろうか。
「……これとこれ、どちらの木の方が好みだ?」
衝撃的な食事を終えると、俺は、ミステを森に連れ出した。
種類の異なる木を二本ずつ持っていき、ミステから気に入った方を選んでもらう。
それを繰り返して、ミステが一番気に入る木を選んでもらった。
「そうか……ミステはリコセハの木が、一番好みか」
リコセハは、良い木だ。
滑らかで丈夫で香りも良く、性質が素直で加工がしやすい。
……指輪の土台にするには、最適だ。
ーー賭けを、しようと思った。
その為には、指輪が必要だ。
土台は金属にして、知り合いのドワーフに加工してもらうか迷ったが、木にした方が色々都合が良いことに気がついた。
他人の手を介すことなく、全て一から自分で作り上げることができるし……何より、この色合いは金属では出せない。
「……リコセハなら、そっくりだ」
不思議そうにこちらを見つめる、つぶらな焦げ茶色の瞳は、冷たい硬質な金属の色じゃない。
温かみがある、木の色だ。