番の手料理に対する感動<砂糖の衝撃
腑に落ちない気持ちで家路に着くと、道中でミステが申し訳なさそうに尋ねて来た。
「……ユーフェリア、さん? その……好き? ローグ、こと、を」
それは俺にとって、うんざりするような問いかけのはずだった。
ルフだけではなくお前まで、そんな邪推をするのかと。
ユーフェリアの、番への想いを侮辱するな、と。
他の誰かに同じ質問をされていたなら、俺は不快感を露わにそう吠えていたに違いない。
しかし、どこか不安げなミステの表情を見た瞬間、俺の胸から湧き上がってきたのは、全く別の感情だった。
「ち、違うぞ! ミステ! ユーフェリアはもう10年も前から、さっき一緒にいたルフの番なのだからな! 子どもだって、もう二人いる。……狼獣人はけして番を裏切らない。ユーフェリアが俺に対して幼馴染み以上の感情を抱くことなぞ、まずあり得ない」
それは、ミステに不本意な誤解をされたことに対する焦燥と。
「だ、だから………お前が、心配することなんて、何もないから、あ、安心してくれ……」
ーーそれと、あまりにも場違いな、奇妙な喜びだった。
……すまない。ユーフェリア。
大切な幼馴染みであるお前が、不本意な邪推をされていることに俺は憤ってやれないようだ。お前の幼馴染み失格かもしれない。
だがしかし。ルフという番がいるお前だって、きっと俺の気持ちが解るはずだ。
「……ミステが……ミステが、ユーフェリアに嫉妬してくれた………っ……」
番が、自分の為に悋気を起こしてくれたことに対する、この胸の高鳴りを。
思わずにやついてしまった口元を手で押さえた。
反対の手で、勝手に大きく揺れそうになる尻尾も押さえ込む。
……幼馴染みの名誉よりも、番の感情を第一に考えてしまう俺は、ひどい男なのだろう。
だがこうやって番を第一に考えることこそが、何より狼獣人らしい姿でもあるのだから、ある意味では正しい姿とも言える。
焦燥と喜びに重なるように現れる、罪悪感と、開き直り。
俺は複雑な感情に眉間に皺を寄せながら、尻尾に当てた手に一層力を込めたのだった。
「昼。私、する。ローグ。待つ。いい」
そう主張するミステに押し切られた俺は、そわそわと料理が運ばれるのを待っていた。
……一応ちゃんと調理器具の場所や、魔宝石の使い方を説明はしたが、ちゃんと理解できただろうか。
包丁でうっかり手を切ってしまったり、魔宝石の火加減を間違えて火傷したりはしていないだろうか。
心配なので本当は付きっきりで見ていたかったのだが、ミステから料理が出来るまでテーブルで待っていてほしいと言われたからには、ここから動くわけにもいかない。ひどくもどかしい。
だが、俺の心配とは裏腹に、台所からは食欲をそそる良い匂いが漂ってきた。
「………番の、手料理か」
自然と尻尾が揺れるのがわかった。
番の手料理が食べられる日が、まさか俺に来るだなんて。
こう言っては何だが、ミステはあまり料理が得意なようには見えない。正直、料理の腕自体はさほど期待していない。
だが、それでも、ミステが俺の為に料理を作ってくれているという事実が、ただただ嬉しかった。
ミステが作ったものなら、俺はきっと真っ黒に焦げたものだろうと、味付けがおかしかろうと、全て綺麗に平らげる自信がある。
料理が運ばれてくるのが、ひどく待ち遠しかった。
「できる、した。食べる。いい」
しばらく後に運ばれて来たのは、魚のスープと、パン。それに持参金代わりにミステが持って来た缶詰めの数々だった。
具や、パンの材質は異なってはいるが、はっきり言って俺が昨日作った夕飯とそう変わらない内容ではある。
だが、俺はそんな何てことがない料理に、暫しの間見惚れた。
……これが、ミステの手料理。
俺の為に、ミステが作ってくれたもの。
「……ローグ。ない? 食べる」
既に先に食事を口に入れていたミステの言葉に、我に返った。
番の手料理を前にした感動で震える手で、あわてて料理を口に運ぶ。
途端、尻尾がピンと立ち上がった。
ーーっうまい! こんなうまい料理を食べたのは初めてだ……!
正直言えば、料理の味自体は、想像の範疇内だった。
狼獣人は基本的には肉食だが、時々は森の川原で魚を釣って食べることもある。魚出汁のスープも、そう珍しくないのだ。
普段は使わないようなスパイスも、原材料が違うパンも、他種族の獣人と交流した際に、口にした覚えはあった。
ミステの調理技術は、俺が想定した以上に高かったが、かと言って特別優れているわけでもないのは明らかだ。
はっきり言って、狼獣人の基準から見ても、どこにでもある平凡な料理だ。……だが、そんなことはどうだっていいのだ。
ミステの手作りであると言うことが、何より重要なのだから。
ひどく満たされた気分で料理を口にしていた俺は、ミステに促さるがままに、パンに缶詰めの中の果実の砂糖煮を、乗せた。
……この缶詰めは、ミステの手作りではないだろうから、あまり気は進まないが……。
そんなことを内心で思いながら、パンを口に運ぶ。
「…………っっっ!」
次の瞬間、「番の手料理」に対しての感動が一瞬にして吹っ飛んで行ってしまった。
「………甘い………」
脳を直接刺激するような、鮮明な甘み。
それは、俺が28年間で味わったどんな料理よりも、衝撃的な味だった。