小さな恋敵
簡単な朝ご飯を終えると、村の皆にミステのことを紹介して回ることにした。
誰も彼もが顔見知りな、小さな村だ。半日もあれば挨拶回りも終わる。
事前に親父殿が皆に通達をしていてくれたこともあり、誰もがすんなりとミステのことを受け入れてくれた。
「おめでとう! ローグ。嫁さんが見つかってよかったな!」
「ローグ坊はこのまま一生独身なのかと心配してたのよ。長やイツナさんも、さぞかし喜んでるしょう。早く孫を見せてやんなね」
「ローグ兄ちゃん、結婚するんでしょ? おめでとー。俺が先越しちゃった時は、どうなることかと思ったよ。結婚遅かった分、今から存分にお嫁さんと仲良くしなね」
「人間のお嫁様。とても可愛らしくて素敵ですね。年は離れてますが、お友達になってくださると嬉しいです」
……そして、誰もがミステが俺の嫁になることを前提で、心から祝福してくれた。どうやら親父殿は、余計なことまで通達したらしい。
村で、俺の番の紋を知らない者はいないだけに、彼らは皆、自分のことのように喜んでくれている。
だからこそ、頭が痛い。
「……いや、確かにミステは25年前に会った俺の番のようだが……彼女に結婚の意思があるかどうかは、まだわからないんだ」
誤解を招いたらミステに悪いと思って、いちいち訂正はしたのだが、村の皆は笑い飛ばすだけだった。
「馬鹿だなあ。独身の男女が、一つ屋根の下に暮らしているんだろう? もう結婚したも同然じゃないか」
「わざわざこんな辺鄙な村にまで押しかけてくれてるってのに、雄のあんたがビシッとしないでどうすんだい! 雌に恥かかせるんじゃないよ」
「ローグ兄ちゃん、いくら番を持つこと諦めてたからって、色々臆病になり過ぎじゃない? 万が一相手がその気じゃなかったとしても、その気にさせるくらいじゃないとさあ」
「人間の女性は番紋に縛られる私達狼獣人ほどじゃなくても、貞操観念は高いと聞きましたわ。ローグさんと一緒に住むことを決意した時点で、心は決まっているのでは? きっと、ローグさんの言葉を待っているのですわ」
異口同音に告げられる援護の言葉の数々に、ぐらりと心が揺れそうになる。
それがどんな感情が来るものかはわからないにしろ、彼女に結婚の意思があることだけは信じて良いのではと。
ちらりとミステの方を見やるも、残念ながらミステは、この会話を半分も理解できてなさそうだった。戸惑ったように、笑顔を貼り付けている。
村の皆は興奮して早口になっているし、複数人が同時に話していたりするわけだから仕方ないのかもしれないが、少し残念な気持ちになる。……いや、自分と第三者の会話を聞いて、状況を察した上での、ミステの言葉を望んでしまうのは、あまりに他力本願過ぎるな。
……俺がこれから、もっと会話を重ねれば良いだけの話なのだから。
「……こども」
何軒か回ったところで、不意にミステが口を開いた。
「子ども? いる。ここ?」
ミステの言葉に視線を落とすと、ドゥルーズの四男坊がミステの足元にまとわりついていた。
ドゥルーズに視線をやると、笑顔で頷かれたので、四男坊を抱え上げて、ミステの腕の中に抱かせてやる。
「子ども? 子犬? えと………」
ミステはどうやら子どもに慣れていないらしく最初は戸惑っていたが、すぐに嬉しそうにドゥルーズの四男坊を眺めだした。
その光景に、キュッと胸が締め付けられる。
「早く自分の子どもを抱かせてやれよ。ローグ」
ニヤニヤと告げられた二歳上の友人の言葉に、俺は俯いた。
子ども。
俺と、ミステの子ども。
子どもを持つことなんて、すっかり諦めてたいただけに、その想像は俺の心を激しく揺さぶった。
獣人と人間が番うのは、生殖的な問題は特にない。
ただ、子どもがどちらの特質を受け継ぐかまでは、生まれてみなければわからない。
ドゥルーズの四男坊のように、狼の姿で生まれてくるだろうか。
それとも、ミステのように人間の姿で?
わからないが………どっちだったとしても、間違いなく可愛くて、どうしようもなく愛おしい。
ミステとの子どもだ。可愛くないはずがない。
そんなまだ見ぬ自らの子どもを重ねて、ミステに撫でられるドゥルーズの四男坊を見ていたのだが、見ているうちにだんだん胸がもやもやしてきた。
……子どもだからといって、距離が近過ぎやしないだろうか。
ドゥルーズの四男坊は、現在3歳。………つまり、俺がミステに『サテ・シュアレ・ナ』と告げた時と同じ年齢である。
言い換えれば、その気になればミステと番になることも可能な年齢なのだ。
そう思った瞬間、その小さな体を強く抱き締めようとしたミステの腕から、四男坊を奪還し、ドゥルーズに突きつけていた。
「おま……こんなガキに嫉妬かよ……っ! 普段の朴念仁ぶりはどこ消えた!」
四男坊を抱えて大爆笑しているドゥルーズを睨みつけながら、不満げな表情なミステを促して、次の家へと向かう。
それから先は、家主からどれだけ子どもを抱くことを薦められても、ミステにそれを許可しなかった。
……心が狭いと言いたければ言え。
俺は例え限りなく低い可能性であっても、ライバルを増やす可能性だけは排除せねばならないんだ……!