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人間視点で捉えた、狼獣人の生態記録ーある日、俺の村に人間の押しかけ女房がやって来た件ー  作者: 空飛ぶひよこ


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ローグの夢

 昨日鹿を狩った際に立てた「狼獣人は総じて魔力が高い」という仮説は、もはや疑いようがないものになっていた。

 ローグやイツナさんだけが、村の中で特別な存在であったとしたら、こんなに不用意に自分の能力を明かすはずがない。

 狼獣人にとって魔力は、魔宝石同様に、生活に密着した、ごくごく身近で親しい「隣人」であるのだ。


「だとすれば……戦闘力として欲しがられるのは、石だけではなく、村人達もか」


 もし、この村をどこかかの国が占拠することに成功し、村人達を意のままに従わせることができれば、世界征服ですら可能かもしれない。

 あながち冗談で済まない仮定に、乾いた唇をなめた。


 獣人でも、人間でも、亜人でも。種族を問わず、魔力を持って生まれる人型の生き物の割合は、半分以下だ。

 さらに、日常的に魔法を使えるほど魔力を持つものは一握り。ローグが簡単に使いこなした上級魔法に至っては、言わずもがなと言ったところだ。

 肉体的な強さを鑑みても、彼らはあまりに理想的な「戦士」だ。

 加えて魔宝石の魔力も使えるとなると、潜在戦闘能力は計り知れない。


「しかし……魔宝石と違って、これは明かした方が良い事実かも知れないのが、難しいところだな」


 私の出版物を読んで彼らを侮った侵略者が、結界を破れるだけの策を持って、この地を侵そうとする可能性は0ではない。その場合、彼らが高い戦闘能力を有しているという事実は、抑止力になる。

 ……いや、寧ろ彼らの魔力の高さを知らない方が、事前準備をさせる隙を与えることがなくて、都合が良いのか? しかし、魔力の有無を偽るというなは、彼らの誇りを傷つける可能性もある。


 平穏を維持する為に多種族から侮られるのを是とするか。それとも自らの能力に誇りを持ち、畏怖の視線を向けられることを望むか。

 ……こればかりは、彼ら自身の言語をもう少し理解できないとなんとも言えないな。とりあえず、レシピはある程度ぼかしてまとめておくか。


「ミステ?」


 一人考えこむあまり、夕食を食べる手が止まっていたらしい。

 口にあわなかったかと心配するローグに、首を横に振り、再び料理を口に運んだ。

 ……うーん。どれも料理はうまいが、鹿の睾丸だけは少し苦手だな。癖は少なくて、食感もくにゃくにゃしていて食べやすいんだが、どうも心理的な抵抗が……。




「ーーで、夜はやはりこうなると」


 昨日と同じように、ローグの腕の中で就寝を迎えた私は、小さくため息を吐いた。

 泊めてもらっている分際で図々しいかもしれないが、イツナさんの所から来客用ベッドを借りたりはできなかったのだろうか。

 ローグもベッドが狭くて寝づらいだろうに。


「………まあ、良いか。極上の毛布が堪能できるわけだし」


 ローグの毛皮に額を埋めると、ローグがぴくりと体を跳ねさせた。

 起こしたかとも思ったが、再び穏やかな寝息を立てているので、大丈夫だろう。……鼻先に伝わる心臓の鼓動は、随分速いような気もするが。


「お休み。ローグ」


 極上の毛皮と、体温。そして、伝わる心臓の鼓動の音に包まれながら、眠りに落ちていく。

 きっとまた、夢でロウに会える気がした。





◆◆◆◆◆◆◆◆


 賭けを、しよう。

 期限は、一週間。祭りの夜が来るまで。

 俺自身の気持ちを、確かめよう。

 ミステに、自分の気持ちに向き合ってもらおう。

 ーーその上でもし、俺が自分の気持ちに確信を持てたら。

 俺の想いをミステが受け止めてくれるなら。

 

 俺は、もう二度と……………。




『ロウ。ロウ。ロウ』


 彼女はいつも、紅葉のような小さな手で俺の体を抱き上げながら、舌たらずな口調でそう、俺を呼んだ。

 ローグと発音するには舌が回らなかったのか。それとも、回りの大人達が俺を呼ぶ名を聞き間違えたのか。

 真偽はわからなかったが、俺は彼女からそう呼ばれるのが、とても好きだった。

 特別な呼び名は、特別な関係の証。俺はこの数日間で、彼女の特別になれたのだと思うと、胸が弾んだ。

 彼女の口から出る言葉は、聞き慣れぬ他種族の言葉で、何を口にしているのか、わからなかった。

 だけど彼女が全身で俺に好意を表してくれていたから、それが愛の言葉であることは疑いようがなかった。 


 彼女は、俺が好きで。

 それ以上に俺は、彼女が大好きだった。

 たった数日間の触れ合いが、永遠になれば良いと望むほどに。


 だから、離れたくないと泣く彼女を見た時、俺はその言葉を口にしたのだ。


『ミステーーサテ・シュアレ・ナ』


 そう言って、彼女の首に甘噛みした。

 そうすることで、彼女との繋がりが残るのだと、信じていたから。


 ……何だ。3歳の俺。

 今の俺が思っていた以上に、『サテ・シュアレ・ナ』の意味を理解してたんじゃないか。もっと軽い遊戯の延長で気持ちで口にしたのだとばかり、思っていたのに。

 ちゃんと理解していて、自分自身を呪ったのか。彼女の他に番はないと決めたのか。愚かにも程があるな。


 愚かだが……理解できる気もする。

 例え25年前の幼い俺だろうと、俺は俺だから。


「……ミステ」


 名を呼んだのは、夢の中だったのだろうか。現実だったのだろうか。

 ふわりと夢の世界から覚醒すると、こげ茶色の瞳と目があった。

 25年前、あれほど別れを嘆いた体温が、今、腕の中にあることに何だか泣きそうになった。


「おはよう……ミステ」


 湧き上がる気持ちは25年前の俺のものだったのか。

 それとも、今の俺のものか。

 夢から覚醒した俺には、もうわからなかった。


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