賭けをしよう
それならば、どうしてローグは私が渡したクズ魔宝石なんぞに興味を持ったのだろうか。
この洞窟に入れば、ずっとずっと上等なものが容易に手に入るだろうに。
「ん? 琥珀色が好きかって? ……まあ、好きな色だな」
どうやら私が琥珀色の魔宝石ばかり見ていたことで、ローグに勘違いをさせてしまったらしい。
だがしかし。けして見惚れていた訳ではないが、好きか嫌いかと言えば、好きな色だ。
「……ロウの瞳と、同じ色だ」
小さくて可愛い、灰色の、私の最初の友人。
あの子は、美しい金の瞳をしていた。
月を砕いて結晶化させたのような金の瞳が、平凡な焦げ茶の瞳しか持たない私は羨ましくて、そして大好きだった。
輝く琥珀色の中で、ロウの感情に呼応して光彩が動く様は、まるで万華鏡か何かのように、綺麗で。あの瞳を除き込む時はいつも、まるで自分が別の世界にいるかのような不思議な気持ちになったものだ。
「そう言えば、ローグも同じ瞳の色だったな」
ロウと同じ色を宿した、狼獣人の青年。
だからか、彼の纏う雰囲気は不思議とどこか懐かしくて、傍にいると安心する。
独身の男女が一つ屋根の下で暮らすという、人間基準では異常とも言える状況も、容易に受け入れてしまうほどに。
「美しいな。……とても、美しいな色だよ。君の瞳は」
幼い頃、ロウにしたように、彼の瞳を下から除きこんだ。
洞窟の壁紙で輝く琥珀色の魔宝石は、息を飲むほど美しいが、それと並んでなお、私はローグの瞳の色の方が美しいと思う。
感情に呼応して動く虹彩を、魔宝石は持っていないから。
「……ミステ」
不意に、ローグが私の手を握る力が、強くなった。
……私が傍を離れると、危険なものでも何か見つけたのか?
そんなことを私が思っていると、何故かローグは私の手を握っていた反対の手ですくいあげ、指一本一本を指で挟むかのように弄び始めた。
な、なんの儀式をしているんだ?
この手の動きに、何かしらの宗教的な意味が含まれているのか?
すっかり混乱して狼狽える私に、ローグは小さな声で何かを囁いた。
「……賭け?」
『賭けを、しよう』
もし、私の翻訳能力が正しいのならば、彼はおそらくそう口にしたはずだ。
だが、意味がわからない。ここで突然何故、ローグが「賭け」などという言葉を口にするのか。
「……『賭ける』という単語の意味が、狼獣人と犬獣人では違うのか?」
『1週間後』
『答えを出そう』
『だから、ミステも一週間考えてほしい』
頭をフル回転させ、ローグの口から発せられた言葉を脳内翻訳し続けるものの、やっぱり意味がわからなかった。
考えるって……一体、何を考えれば良いんだ?
だが、それ以上ローグの言葉を追求しようにも、ローグは話は終わりだとばかりにゆっくりと首を横に振って、私の手を引いて歩き出した。
そして途中で、一つの琥珀色の魔宝石の前で足を止めると、爪の先で軽く壁を削りとって、私の前に示した。
「これはまた……大きさこそ小さいが、かなりの高純度の魔力が含まれた魔宝石だな」
魔宝石の輝きは、石に含まれた魔力量に比例する。
ローグの手の中のそれは大きさこそ私の小指の爪程度しかないが、一際美しく輝いている。輝きで言えば、ローグの家にごろごろ転がっている巨大魔宝石よりも、さらに輝いているかもしれない。
ローグは私の反応に満足したように頷くと、それをポケットにしまった。
……うーん。色々と謎だ。
ローグのこの行動の意味を理解する為には、一週間待つ必要がありそうだな。
一週間後に、期待することにしよう。
「ーーすごい。ご馳走だ」
テーブルの上目いっぱいに並べられたイツナさんの手料理に、思わず感嘆の声が漏れた。
昨日、ローグが作った料理はシンプルだった為、狼獣人はあまり食にこだわりがないのかと思っていたが、どうやらあれは種というよりも、ローグ個人の嗜好によるものだったらしい。
「パッと見でわかる調理法だけでも、揚げたり蒸したり、叩いたりと様々だし、味付けもそれぞれ微妙に違っている。……特に、このスープ入りの揚げ物は絶品だな」
ただ、甘みは全体的に控えめではある。ほんのり感じる甘さも、砂糖ではなく果物由来な気もする。……昼間の砂糖中毒の疑惑は、残念ながら拭えない。
興味深く食べ進める私を、イツナさんはにこにこと嬉しそうに眺めながら、料理のことを一つ一つ説明してくれた。
どうやらイツナさんはローグとは違って、獲物は一匹丸々全て調理する主義のようで、鹿の腸や睾丸、脳味噌。さらには角に至るまで、余すことなく調理されていたのは少し驚いた。
……なるほど。ローグが、昨日鹿の頭や腸を残して行ったことに、ばつが悪そうな顔をするはずである。
調理にかかるであろう手間と、味の癖の強さを考えると、個人的にはローグの気持ちもわかる気がする。
「せっかくだから、狼獣人のレシピもまとめてみたいと思っていたんだが……この調理過程がなあ」
魔宝石も魔力もありあまっている彼らにとって、魔法はあまりにも身近なもの過ぎた。
そのままでも簡単にできそうな手順にすら、気軽に魔法を展開してしまうのだ。
「……このスープ入りの揚げ物も、いつまでもスープが冷めないし、皮がふやけないのが不思議だと思っていたら、魔法で皮を強化して、スープも適温に保つようにしているとかあっさり言うのだものなあ。その上包む時点でも、液体を固体にする魔法を使っているとか……」