昼食と、砂糖中毒と
小さな村とて、60世帯全部回れば時間はかかる。
朝早くからはじめた挨拶回りは、最後の本文が終わってローグの家に帰った頃には、昼を過ぎていた。
昼食の準備を一人取りかかろうとするローグを引き止め、昼は持って来た保存食を材料に、私が作ってみせることにした。
魔法石の使い方と、調理器具の場所だけ簡単にローグから説明してもらい、いざ調理に取り掛かる。
「えーと。昨日は鹿の汁物だったから。今日は干し魚のスープにしてみるか。この辺りは肉食中心だから、魚の料理は珍しいだろう。確か豆の缶詰も持って来たから、それと庭の野菜を合わせて、持参スパイスで味を調えるかな」
料理はけして得意ではないが、自炊をしなければ生きてはいけない薄給ゆえに、料理自体はまあまあしている。
腕からしても、使う材料が保存食であることからしても、絶品な料理は作れなくても、そこそこ食べられる代物は作れるだろう。
「そういえば、思いのほか早くローグと遭遇できたから、パン用の粉もまだ余ってるな。忘れて悪くなってもなんだから、これも使ってしまうか」
スープを煮込む傍らで、私のキャンプ用に持参した粉を、水で練る。缶詰ばかりで飽きた時用に持参したわけだが、暑さで虫がわく前に使えてよかった。
本来なら、これからさらに醗酵させたりする必要があるが、菌の持ち込みは、環境要因的な心配もあるので(新種の菌が環境在来菌を駆逐してしまう可能性がある為、未開の地におけるフィールドークでは、ある程度注意が必要となってくる……最も、完全に菌やウイルスの持ち込みを遮断するのは不可能なので、あくまでできる限り、だが)敢えて使わずに、そのまま火の魔法石の火力で香ばしい香りがするまでじっくり焼き上げる。
醗酵によるモチモチ感は足りないが、昨日のパンよりはパサつきが少なく、肌理が細かいパン……というか、厚手のクレープ?のようなものが出来上がった。
狐獣人の村では、こういったスタイルのパンが一般的だったこともあるし、味見をしてみると多少口が渇く感はあるものの、けして不味くはない。むしろ美味しい。
砂糖煮の果物缶を挟んで食べても悪くないかもしれない。
「……よし。こんなものか」
出来上がった料理に、ローグはしばらく警戒を露わに固まっていたが(悲しいと言えば悲しいが、仕方ないと言えば仕方ない)私が食べはじめると、恐る恐る手を伸ばし始めた。
一口食べて一瞬尻尾がピンと立ち上がった時は、舌にあわなかったかと心配したが、その後すぐに勢い良く食べ進めてくれたので、ホッと胸をなで下ろす。……少なくとも、食べられる味ではあったらしい。
ローグは特に、砂糖煮の果物を気に入ったらしい。すごい勢いで食べている。
見かけによらず甘党なんだなと関心したが、ふと以前栄養学教授から読ませられた論文を思い出し、口元が引きつった。
「もしかするとこれは……砂糖中毒を起こしているのか?」
精製した砂糖は、従来の甘味に比べて、かなりの中毒性を持つのだと、栄養学教授は言っていた。
特にそれは、精製された砂糖に慣れていない未開の地の人々には、免疫がない分劇的な効果が出ることがあるから、注意すると良いと。下手すればそれは、薬物にも近い中毒性を発揮するとか何だとか。
まだ仮説の域を出ない話ではあるがと注釈がついていたし、幸か不幸か、今までフィールドワークして来た地域では、精製された砂糖に対してそこまで顕著な反応を示した人もいなかったので、すっかり忘れていた。しかし目の前で、目をきらきら耀かせながら砂糖煮を挟んだパンもどきを食べているローグをみたら、俄然その仮説の信憑性が増して来た。
ローグがシュガージャンキーに身を落とす前に、どうにかして止めるべきか。
……ああ、だがしかし。こんな風に顔を輝かせて一缶分あっさり平らげ、「もう一缶良いか?」と、尻尾をそわそわ揺らしているローグを見たら、駄目だとは言いづらい……!
……どうせ、砂糖煮自体、もともと少ししか持って来てないから、これくらいなら中毒にはなりようがないと開き直るべきか……それともローグの健康問題を強調し、今日はこれ以上の接種をやめさせるべきか。
ーー……って、答え言い出す前に、既にローグ、新しい缶詰を開けてる……っ!
缶切りを使うことなく、爪であっさり缶詰を開けて、嬉しそうに中身を口に入れるローグに、頭を抱える。
……一日だけ。一日だけなら、きっと大丈夫………。
そう信じて、ローグが何の缶詰を開けたのか視線をやった瞬間。
「ーーーーーっ!!!!!」
ローグが口元に手を当てて、悶絶していた。
……ま、まさか狼獣人限定で、毒になるような材料が含まれていたか!?
それとも、たった一日の砂糖の過剰接種が、取り返しのつかない事態を生み出したのか……!?
あわててローグの手から缶詰を取り返し、パッケージを除き込んで、ホッと嘆息する。
「………これは……栄養学教授から提供してもらった、消費期限間近の糞まず缶詰」
なるほど……味だけで評価するなら、まさに、劇薬同然である。
悪食な私ですら、なかなか厳しいものがあったのに、舌を含めて体の感覚機関が鋭敏な獣人の彼には、かなり辛い代物だろう
。
実際、ローグは涙目だ。
「……植物由来で体に優しいことを示す為に、缶詰のパッケージだけは原材料の写真使っていて、さっきの砂糖煮と似ていなくはないから、間違えたか」
運が良いのか、悪いのか。……ローグが砂糖中毒に陥るのを防ぐことができたし、栄養面ではかなり優秀な代物だ。
長い目で見たら、運がよかったと思うことにしよう。一番平和的な解決だ。
あまりのまずさに、私の他の土産を見る目に恐怖心が見え隠れするローグの様子に再びため息を吐きながら、私は残りの缶詰を口に運んだ。……うん。やっぱりまずいな。