表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
人間視点で捉えた、狼獣人の生態記録ーある日、俺の村に人間の押しかけ女房がやって来た件ー  作者: 空飛ぶひよこ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

10/53

彼の苦悶

◆◆◆◆◆◆◆◆


「ーーローグ。欲しい。ここ、寝る」


 甘い声と、向けられる甘い声と、こげ茶色のつぶらな瞳に、湧き上がった唾を嚥下する。

 ……どうしよう。

 限りなく番だと思われる相手から、閨に誘われている。




 ミステに頼まれた荷物やテントは、早々に見つかった。

 俺たち狼獣人は、外部から遮断された環境で生きる分、外部の物や人が纏う気配に敏感だ。

 ミステに頼まれた、テントを中心に四方に配置された魔法具も問題なく回収して、家路に急ぐ。

 一刻も早く家に帰って、ミステの傍に行きたかった。


「………っ」


 居間へと続く扉を開いた瞬間、暫く呼吸を忘れた。

 15で成人して実家を出て以来、13年住んでいる見慣れた自宅。材料の木を切る所から、全て一から自分で作ったこの家に、知らない場所なんて、何処にもない……はずだった。

 だけど、今は、その中にミステがいる。……25年間求め続けた、俺の番、が。

 俺は、まるで都合の良い夢か幻のようなその光景が信じられなくて、思わずその場に立ち尽くした。


 俺の家は、こんなにも美しい場所だっただろうか。………目にしただけで、今にも泣きそうなくらい、胸が締めつけられるような、こんな場所だっただろうか。


 俺の気配に気づいたのか、ミステの視線がこちらに向く。その途端、我に返った。


 ……だから、ミステが本当に俺の番か分かってないと言うのに。何を浮かれているんだ。俺は。


 俺は緩みきった顔を瞬時に顰めて、ミステに荷物を渡した。


「ありがと……助かる」


 ……ああ、糞。そんな風に、無防備に俺に笑いかけるな。

 勘違いして、後戻りができなくなるだろう。


「持参金、見る。良い。……ローグ、気に入る。嬉しい」


 ……だから、それ、やめろ。頼むから、やめてくれ。

 追い打ちをかけられた言葉に荒ぶる心を治めているうちに、いつの間にかミステが持参金として持って来たものが、テーブル一面に並べられていた。

 ミステは片言ながらも、一つ一つ丁寧に説明してくれたわけだが、申し訳ないことにほとんどまともに聞けていない。

 ざっと見たところ………とりあえず食べ物が多いな。人間は特別食べ物に拘るという話は本当だったのか。

 ………俺は、ミステに満足出来るような食生活を、ここで与えられるだろうか。

 画集やオルゴールも、繊細な技術が使われていて、とても美しいと思ったが、だからこそ内心で秘かに落ち込んだ。

 俺の村には、こんな繊細な芸術は存在しない。……この村はミステを、がっかりさせはしないだろうか。

 共通貨幣が存在しない状態で、ミステが一生懸命自分にとって価値がある、持参金に値する品物を集めてくれたのは解る。その気持ちは素直に嬉しい。だからこそ、彼女を幻滅させたくないと尚更思ってしまうのだ。

 その時俺はふと、見慣れぬ品々の中で、見慣れた品が混ざっていることに気が付いた。


「あれは……魔宝石の、欠片、か?」


 それは、小さな小さな魔宝石の欠片だった。

 魔宝石なんて、俺の村では珍しくない。

 村外れにいくつもある洞窟を少し掘れば、この欠片よりも純度が高い大人の拳ほどの石が、ごろごろ出てくる。

 ……だけど、村の外の世界ではそれが、かなり高価なものであることを知っている。

 こんな小さな欠片であっても、ミステがこれを入手するには、さぞ金がかかっただろう。

 ……それに、この色は……。


「ローグの目。色。同じ」


 まさに考えていたことを口にされ、どきりとする。

 狼獣人にとって、瞳と同じ色の物を贈ることは、求愛の行為だ。

 それが花であっても、その辺りに落ちている石であっても、瞳と同じ色であれば、その品物自体の価値は関係ない。それが、贈られることに、価値があるのだ。

 ミステは、俺の家にある魔宝石にちらりと視線をやると、おずおずと魔宝石の欠片が入った瓶を差し出した。


「……ローグ、良い。もしも。なら。………指輪、する。良い。小さい、価値ない……けど」


 ガンと頭を殴られたような、衝撃的な言葉だった。

 暫く前に、母親が口にした言葉が頭に過ぎる。


 ーー『それに彼女は、独身よ。だって左手の小指に指輪をしていないもの』


 ーー『人間の夫婦は、番紋がない代わりに、左手に揃いの指輪をするのだと、先日犬獣人の長が教えてくれたわ』


 指輪は、人間にとって結婚の証。

 ……だからミステは、俺の結婚指輪を作る為に、この欠片を、大金を費やして持参金として用意してくれたのか。

 俺の瞳と同じ、琥珀色の、この石を。


 差し出しれた瓶を受け取る手が震えた。

 尻尾が勢い良く左右に揺れるのを、止められなかった。


 ああ、俺は馬鹿だ。

 ミステに幻滅されることを恐れて、彼女の気持ちを蔑ろにするところだった。

 ……彼女はこんなにも、俺を想ってくれているのに。


 受け取った瓶を、そっと胸に抱く。

 この魔宝石の欠片は、この村では実質的な価値はない。

 ……だけど俺にとっては、他のどんなものよりも価値がある、贈り物だった。




「私、狩り、行く。ローグ、一緒、良い」


 ミステからこう言われた時、正直困った。

 こんな華奢な体のミステに、狩りなんてできるはずがない。獲物以外の獣が現れる可能性もあるので、できれば安全な家にいて欲しかった。


「だめ? ローグ。……お願い」


 だが、俺はどうにも、ミステのこげ茶色の瞳に弱いようだ。

 この瞳でまっすぐ見つめられると、否とは言えなくなる。

 ……魔法障壁をミステの周りに張った上で、安全な場所に避難させておけば、まあ良いか。そう自分を納得させてはみたものの、やはり心配なものは心配だ。

 道中、ミステが俺の菜園に気を取られているようだったので、そのまま興味を移してくれないかと期待したが、名前を呼ぶとすぐに俺の跡を追ってきた。……腹を、括るしかない。


「ミステ……木は上れるか?」


 ミステは少しだけ考えてから、頷いてすぐ傍の木に上ろうとした。

 子狼より危なっかしいその動きにハラハラしながらも、後ろからミステの周辺に魔法障壁を張る。……これで万が一落ちたり、獣に襲われたりしても、怪我はしないはずだ。

 ついでに、ミステが上っている木が折れないよう、木自体に強化魔法をかけ、獣避けの加護もつけておく。半日も効果は持続しないが、とりあえず狩りの間ならこれで何とかなるだろう。

 ミステが木の上に何とか上ったのを確認してから、俺は、少しだけ離れた所の木を上った。獣避けの加護はあの木だけなので、これくらい離れている分には問題はない。

 後はただ、待つだけだ。

 ミステが辛くないように、早めに獲物が現れることを祈りながら、気配を殺す。

 そして半刻後。木の下に現れた鹿の姿を見た瞬間、俺は木から跳び降りた。

 狩りの決着は早めにつけるに限る。跳び降りた先にある鹿の背中に爪を立ててしがみつき、その頸動脈に牙を立てる。

 狼獣人の牙も爪も、人間のそれより多少鋭い程度しか、傍目は変わらない。

 だが、体内の常在魔力によって無意識的に強化されるそれは、狩りや戦闘時においては、どんなに鍛えた刃物より殺傷能力が高い武器になる。

 そうやって、意図的に魔法を使わずに、己の体一つで、獲物を仕留めることが、狼獣人には誉れなのだ。

 瞬く間に絶命し、倒れた鹿を見おろして、口元の血を拭ってから、ようやく俺は自身の失敗に気がついた。

 

 ーー今の俺の姿は、ミステの目には、野蛮で恐ろしいものとして映ったのではないだろうか。


 ミステから、怯えられる。

 その未来を想像した途端、ざわりと肌が粟立つのが分かった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ