Stronger 前編
素人の初書きになります。予めご了承ください。
こちら、元々長編にしようとしていた物のため、前編と後編では話がかなり飛んだことになっております。
また、残酷描写とありますがそこまで残酷な表現はしておりませんが念のためといった感じです。
つまらないかもしれませんが、ご了承いただける方は是非ご閲覧いただけたら嬉しいです。
僕には、憧れの人がいた。
「うっ、うわっ!わるかったって!だからもう…」
「なんだ、もうおわりか?」
あれは、確か小学生の頃。
複数の野郎(男)の前に仁王立ちで立ちはだかる少女。キッと睨み混じりのその視線を向けられただけで、男の子たちはもうタジタジ。そりゃそうだ。自分より弱そうな女の子に叩きのめされたのだから。屈強に見える大きな体も、もはやただの飾りにしかなってないようだった。
「くっ…に、にげろ!!」
「あっ、おい!にげるのか!?にげるがまけだぞ!!」
「も…もういいってさっちゃん!!」
逃げ出したいじめっ子達を追いかけようとする少女を引き止めると、今度はその鋭い目付きが僕にキッと向けられた。これぞまさに、蛇に睨まれた蛙。引き止めるはずなのに思わずビクッと震え上がってしまう。
「だいたいアンタがそんなによわいからダメなんでしょ!
おとこなんだからシャキッとしなさいよシャキッと!!」
バシッと平手を背中にキメる彼女。突然のことで、情けなくゴホッと嗚咽が漏れる。そんな無茶な、と言い返そうとするも、言い訳をするなと怒られるのは目に見えているので仕方なくグッと押し黙る。しかし黙られるのも気に入らないようで、彼女はいつも渋い顔をする。とても『女の子』には見えないのだが…おっと、寒気がしたからこれ以上はよしておこう、と頭をブンブン振ってその考えを頭から追い出した。
「…さっちゃん、いつもありがとね。」
ニッコリと笑いながらいつものようにお礼を言った。照れ隠しなのか何なのか、彼女は、さっちゃんはいつもフイと、僕から顔を反らしてしまう。
…僕とさっちゃんは幼馴染みだった。
さっちゃんこと小嶋早希は、小さい頃から柔道をやっていて、自分より大きい人を投げる勢いで突っ込んでくる、かなりの危険人物。サバサバしていて、どちらかといえば男子に人気のあるタイプだ。昔は男子を引き連れて歩いていたということもあった。けれど、中学に上がるに連れて性別を意識し始めた早希は、女の子と仲が良い関係を築こうと頑張って、無事実った。元々早希はは人当たりが良いから、男らしさを押さえればただの明るい女の子なのだ。高校へ上がると女の子側で早希を見かける回数が増えた。ちゃんと女子高生やっているんだなと関心していた。
一方自分はというと…
「遼。」
「ふぁい!?」
ガタガタッと椅子から転げ落ちそうになる遼を、早希が反射的に足で椅子を受け止めた。見事、椅子と遼は倒れずに済んだ。
「あっぶないな…何ヘボいことしてるの?」
「あ…あはは…ごめんねさっちゃん。」
「もう!子供じゃないんだしその呼び方やめてってば!」
ムスッとして顔を反らした早希の短めの髪がフサッと揺れ、仄かに何か花のような良い香りが鼻をくすぐった。シャンプー変わったのだろうか。無論、そのことに触れたりなんかしたら、たちまち変態扱いをされ、何をされるかわかったものではない。命が惜しければ、我慢。自分は決して変態でもマゾでもない。断じて認めない。
「ご、ごめんさっ…あ~えっと、早希ちゃん。」
咄嗟に呼んでみたその呼び方を聞いたや否や、ギロリというかジロリと厳しく渋い顔をした早希が振り返る。
「…ちゃん付けとかマジで言ってる?」
「うっ…ご、ごめん……。」
流石に気持ち悪いかと自分でも反省気味の遼。名字のさん付け?他人すぎるかな。名字の呼び捨て?男友達っぽいって怒られそう。かと言って名前の呼び捨てもどうも恥ずかしさ絡みの抵抗があり、どうしたものかと机に突っ伏す。その内現実逃避で机の木目をジーッと見ては時間を潰していた。分かりやすいようなため息が隣から聞こえた時は、心にグサッとわりと深めに刺さるものがあった。
「遼さ、そのすぐ謝る癖なんとかしたら?アンタ男でしょ?情けないったらありゃしない…。」
また反射的にごめん、と口から漏れようとしたが、早希の鋭い目付きによりなんとかその言葉を飲み込むことが出来た。ただ突っ伏すだけのつもりだったが、頭を上げるにも上げられない状況に陥ってしまった。代わりに呻き声にも似た「…うぅっ……」という嗚咽を溢す。だがその嗚咽は周りのざわめきにより上手くかき消された。
「…ハァ…もうさっちゃんでも何でもいいよ。それよりさ、アンタ部活決めた?」
「へあ?」
「へあ?じゃない!部活!決まったの?」
「部活って、高校の?」
それ以外に何があるの、と薄め目で訴えかけてくる早希。あぁ、そうだった。辺りを見渡せば見慣れない人、見慣れない格好、見慣れない場所…見慣れないもので溢れていた。僕らはもう、あのキラキラした高校生だったんだ。そして確か今は放課後。新入生が部活の話をするのはありふれたことだろう。春ボケでもしていたのだろうかバカだな、と自己ツッコミ。
「…さっちゃんは?」
「あたし?あたしは柔道部見学しに行く。ま、女子部員なんていないだろうけど。」
ふんす、とやはりどこか自信有りげに語る早希。経験者がその部を見に行くというのだ、多分普通だろう。その話が聞こえていたのか、近くのクラスメイトの女子が何やらヒソヒソし出していたのが目に入った。まぁ、最初はそうなるだろうなとは思ったのでクラスメイトはスルーした。
「…でさ、もしよかったら遼も一緒に来てほしいんだけど。」
「うんうん……えっ?」
聞き流していようと思っていたらしい自分の体が、ガクッとバランスが崩れるように揺れた。聞き捨てならない台詞が耳に入った気がした。慌てて体制を立て直しもう一度問い直す。
「…僕が、さっちゃんと柔道部に?」
「うん。女だけってのも相手にしてもらえなさそうだしさ。」
自慢ではないが、遼は昔から早希と喧嘩すると必ず遼がフルボッコという目に遭っていた。元々遼は気が弱く、友達からもいじめられたり省かれたりすることがしばしばあった。それをいつも助けてくれてたのが、早希だった。気の強い早希は、どんな相手にも容赦せず、諦めず、ただひたすら戦い続けた英雄、とでもいえばいいのだろうか。それに比べて遼は、そんな早希に守られてばかりいた。自分のせいで傷付く早希を見ては泣くことしか出来ず、いつも慰められていた。変わりたいと、何度も願った。けど、思うように身体は動いてくれなくて。自分は、弱いままだと悟った。だから、今更そんな柔道なんて恐ろしいことは…
「ぜ…絶対ゴッツイやつじゃん…」
「何か言った?」
「ななな何でもないよ!」
嫌な予感が過っては頭から必死に追い出す。すると、早希は何を勘違いしたのかパチンと両手の平を合わせ
「お願い!!一人で行くのは流石に厳しいの!!
ついてくるだけでいいから!!お願いしますっ!!!」
命乞いのようにすがられた。
「えっ…えぇ……」
困り果てた顔でふと視界に入ったのが、男女問わず集まっていたクラスメイトの謎の視線。内心ビクッとして、この場で断れば…と思うと鳥肌が立つ。無論、皆そんなつもりで見ていたわけではないと思うのだが、遼にはそう捉えられてしまったわけで。
「…み、見に行くだけなら……」
「本当!?やった~!!ありがと遼!!!」
喜びのあまり肩をとてつもない力でバシバシ叩かれ脱臼するかと思うくらい痛んだ。いや、いくらなんでもそりゃないか。だが、少しひりつきを感じているのはどうすれば。あれ、少し熱い…
「じゃあ行こっか!ほら早く!!」
「ちょっ、待ってよジャージ…!!!」
何だかんだで中学校には無かった柔道部に興味津々な早希。入部が叶わなかったとしても、きっと見学することが楽しみなのだろう。腕を引っ張っていく力が妙に強いからわかりやすい。
(…あーあ、上手く言いくるめられた気しかしないや…)
そう思い苦笑いしつつ、久々にキラキラと輝いている笑顔の幼なじみを見て、そこまで悪い気はしなかった。
…いや、前言撤回させていただきたい。
「……帰っていい?」
着なれぬジャージに着替え、颯爽と来たのはよかったものの凛々しい、というか雄々しい雰囲気を醸し出す武道館。ドシイィンッ!!!と凄まじい轟音が地を揺する。「オッス!」だの「ウッス!」だの力んだ雄叫びのようなものが館内にこだましてより圧力がかかっていく。もはや重力空間。いるだけで身体が重たい。
「何で?来たばっかじゃん。」
ケロッとした表情の早希。いや、彼女がこんな中で普段習い事の稽古をやっていたというなら、それでこそ彼女をより尊敬しよう。とても遼にとっては耐え難い空間だった。無言で幼なじみを置いて帰ろうとするも、「何で帰ろうとしてんのー!!」とジャージの袖をギュッと握り締め離してくれない。袖クイとかじゃなく、もはや引きちぎれそうなレベル。萌えキュン要素などは一切皆無である。というか腕が軋む。すると、バックにズドドドドドという文字を付けながら厳つい男が一人ノソノソとこちらに近寄ってきた。ひぃっという情けない声を出さなかっただけ奇跡である。
(いやいや何部活動見学ごときで死を覚悟してんだ僕は!!)
頭の中でそう言い聞かせ、気を確かに持とうと努力する。少し足が震えているなど決して悟られないようにしないとならない。
「…見学希望者か?」
どすの効いた低い声がボソリと聞き取れた。
「はい!1年A組の小嶋早希と…」
先に答えた早希とチラリと目が合う。何となく言いたいことはわかっていた。
「…田辺遼…です。」
自己紹介をすると、ジーッとその厳つい柔道部の人と目が合い、かと思えばすぐフイと反らされ、遼はホッとする。声が裏返ったりしてなかったか心配だったのだ。いやはや、一安心。
「…見学は構わないが、君はマネージャー志望か?」
「いえ、出来れば一緒にやりたいです。」
早希の一言でその男の目が点になる。そしてチラと早希のスカートを見て、何やら考えこんでいる。ゴッツい人だが、その仕草は一々可愛らしくも思えた。…待て、末期だなそれは。家に帰ったら水でも頭から被ってみようかな。そんな馬鹿げたことを考えていると、再び柔道部の男が口を開いた。
「…えっとだな、すまないが、女子柔道部はうちにはないのでな…一緒にやるというもの厳しいだろうし、その…」
「何々1年??見学来たの~??」
突然ヒョコと後ろからもう一人の男。今度はそこまでごっつくはない、むしろ細めで少し爽やかそうな人…
「…!!柴崎さん?」
早希はその人を見るなりぱぁっと顔を明るくした。柴崎と呼ばれたその男はキョトンとして、少しすると思い出したように明るい笑顔で話し出した。
「…もしかして早希ちゃん??」
「うん!!」
「うわぁ!久しぶりじゃないか!元気にしてた?」
「元気だよ!柴崎さんここの学校だったんだな!」
ゴツい人と遼はポツンと取り残されて、早希と柴崎は語りだす。楽しそうなので、中には割り込めない。あまりにも賑やかなので部員たちが入り口付近にゾロゾロと集まってきていた。なんとか割り込んでくれたのは、厳つい男の人だった。
「…あの、柴崎……」
「え?…あぁごめん!この子俺の柔道の先輩。」
「そうなのか……えっ、先輩!?」
「えっ!?」
驚愕のカミングアウトで遼含め柔道部員一同唖然とする。その熱い視線が一気に早希に注がれる。
「…え、えへへ……」
少し恥ずかしげにはにかみながら頭を掻く早希だったが、その姿ですら女々しさより雄々しさしか感じられない。威圧のオーラで早希が埋め尽くされた感。一同ゴクリと唾を飲む。ただの1年女子だとなめていたら…死にますよ、先輩方。
「もしかして早希ちゃん柔道部志望?」
「あ~…まだ特に決めてはないんだ。女子部員とかいないだろうし、せめて見学でも出来たらな~と…」
「早希ちゃんなら入部大歓迎だよ!!先生には俺からお願いしてみるから!な?」
「本当!?」
「勿論!!…あ、ここじゃアレだし上がって上がって!!」
柴崎が早希を大事そうに館内に招き入れる。ふと振り返った早希は遼にブンブンと手招きをしていた。遼もジロジロと視線を浴びながら、コソコソと中に入らせてもらった。その視線が、妙に痛かった。中に入ると、その空間の圧に押し潰されるかと思った。比較的日陰でしんみりとした木造。幾度となく男の汗を叩きつけられる畳。その生々しい光景に冷や汗を流しそうになる遼。見学だけでも威圧を感じる。その畳の上に正座をして座ろうとしていた早希を柴崎が制した。
「あぁ見学なんだからさ!楽にしてていいよ!!」
「え~大丈夫だよ?」
「いいのいいの!ほら、君も崩してていいよ。」
「あ…ありがとうございます…」
そう言われても胡座はかきにくいし、仕方なく体育座りすることにした遼。早希は渋々正座を崩し胡座をかいて座り直していた。
「…ところで早希ちゃん、こっちの人は…」
「あー、遼。幼なじみなんだ。」
「へぇ!そうなんだ~」
スッとこちらに視線を合わせてニッコリ微笑みながら「柔道興味ある??」と柴崎は遼に言う。わりとイケメンな顔が目の前に近付けられて少し緊張してしまう。
「えっ…あっ…えとっ……そのっ…」
言葉がマトモに出てこないコミュ障の口。呪います。
「ごめん、コイツはただの付き添い。武道とか全然!」
「マジか!そりゃごめんよ~」
口ごもっていた間に全て早希が代弁し会話が成立した。二人は楽しそうに2人の世界でワッキャワッキャしているようだが、遼と残された柔道部員はその世界に入り込めない。
「あ、そうそう、柴崎さん。」
「ん?」
「学校にいる間はやっぱり、敬語のがいいかな。」
「え?…あ~……」
ようやくチラと部員たちを見る柴崎。先程の厳つい部長が不器用に会話に入ろうと待ち構えていて、残りの部員たちは部長の指示待ちで立ち尽くしている。
「…うん、そだね。ごめんね早希ちゃん。」
「いえ!では敬語にさせていただきますね。」
「ん!じゃあ一段落したとこで部長紹介するね。
コイツが柔道部部長の…」
柴崎の横からようやくぬっと現れる影。先程の厳つい男だ。
「……門倉だ。…宜しく頼む。」
「はいっ、宜しくお願いします!!」
「あ…よ、宜しくお願いします!!!」
慌てて遼も頭を下げる。どうしても門倉のムスッとした表情が恐ろしくて、反射的に。土下座をしなかっただけまだマシだ。
「…じゃ~あと任せるよ。俺達稽古始めるけど…門倉、大丈夫?」
「…大丈夫だ。」
眉間にシワがより、顔がより一層険しくなる門倉。
その様子を見かねた柴崎は、クスッと笑い、こちらにコソッと「ごめんね、門倉緊張してるだけだから。怒ってるわけじゃないから心配しないで。」
そう教えてくれると颯爽と部員を束ね、並び始める。どうやら、まず召集をかけたらしい。少しチャラさが抜けた柴崎が、部員の前に1人立ち、挨拶をしている様子が目に焼き付いた。
「…アイツは…柴崎は、ここの副部長だ。」
ボソッと最初と同じような低い声が聞き取れた。いや、最初よりは少し柔らかくなっただろうか。門倉が、不器用ながら丁寧に教えてくれたのだ。
「えっ、そうなんですか?」
早希の問いに微かに頷く。顔は険しいまままだけど、門倉部長も悪い人じゃなさそうだ。部員のミーティングが終わった様子を見て、今度は部長らしく声をかけてくれた。
「…これから基礎練がある。…体験してみるか?」
「あっ、はい!お願いしますっ!!ほら遼もやろ!」
「えっ!?僕も!?」
基礎練を始めようとすると、門倉の後に続く二人組が見えた柴崎は、顔をパアッと輝かせていたのは、言うまでもなかった。
…その後というもの。
「あ~楽しかった~!!」
「ははっ、お疲れ早希ちゃん。」
「あっ、お疲れ様です柴崎さん!!」
「いやぁ基礎練で投げられ役かってでた奴皆ビックリしてたね。特に門倉の顔!!面白かったなぁ~」
そう、恐れ入りながら早希は試しに柔道部部員を投げさせてもらっていた。それには投げられた方含め皆唖然。清々しい顔をしていた方約2名。あのポーカーフェイス部長門倉でさえ驚きが顔に表れていた。
「柴崎先輩お疲れ様です…ハッ…小嶋さんお疲れ様です!!」
「え?あ…お疲れ様です!!」
体験後帰り道では、何故か2年の柔道部部員に早希が挨拶されるという奇妙な状況が出来上がっていた。まぁ、3年の副部長の柔道の先輩ともあれば、そうなるかと遼は苦笑いでその様子を見ていた。因みに言うまでもないが、バリバリ初心者の遼は投げることなんて勿論、持ち上げることも出来なかった。肉体的にも精神的にも辛い部活動見学だった。早希は柔道部顧問にそりゃあもうひいきされ、入部を上と掛け合ってみると嬉しそうに言っていたそうだ。『大会には出られないかもしれないが、折角の才能を野放しにしておくのは勿体無い!!』だそうだ。早希はまだ入部決めてるわけではなかったはずなのだが。
「柴崎さんが柔道教室やめてからもう2年も経つのか~…」
「早希ちゃんももう高校生だし、あそこ卒業したばかりだよね。あの柔道教室行ってた人この学校にいなくてさ~」
「そうだったんですか!!」
早希は小学生の頃から柔道教室に通っていたのだが、どうやらそこは中学生までらしく、高校生は強制退会らしい。まぁ、高校生にもなると男の対応が大変だからだろう。察しはつく。
「だから早希ちゃん来てくれて本当嬉しいよ!!
ウチ10人前後しか部員いないし、これといった凄い功績を残してるわけでもないけど…どうか!!許可下りればウチに入部お願いします!!!」
今にも土下座をしそうな勢いで柴崎はすがった。忘れてたけど、この人早希の柔道の後輩に当たる人だった。状況を掴めてない通りすがりの1年や3年は何事かと見ていた。この人にプライドという言葉は無縁なんだろうな。心が綺麗な人で何より。
「ん~まだ決まったわけではないけど、そちらが宜しければ是非入部したい…です!!」
「!!ありがとう早希ちゃんー!!!」
馴れ馴れしく早希の短めの髪をワシャワシャする柴崎。子供扱いされて、ちょっとだけ嫌そうに怒る早希。そのリア充のような光景を隣で見せつけられてふてくされている遼。居心地の悪さが仲良い人の地雷踏んでしまった時並み。存在していてごめんなさい。何だか疲れたようにため息をこぼし、真反対の夕日でも睨んでやった。夕日は馬鹿馬鹿しく頬なんか染めていた。
「…ね、君…遼君だっけ?」
「え?」
丁度想い更け飽きた時、気が付けばいつの間にか話し終えていた柴崎が、遼の肩をトントンと叩いていた。キョトンとしていたのは遼だけではなかった。
「君はどうだった?柔道部。」
「え、あ…す、すごく楽しかったです!!先輩方もご丁寧で優しかったですし…た、ただ、やっぱり僕はちょっと…」
内心オロオロしながらも、控えめに断ろうと、けど気を悪くなされないように気を遣うのが遼の精一杯だった。ハッキリ断ろうとしない遼を早希はわざとらしくクスクスと笑っていた。柴崎は気がついていないようだが。
「あっはっはっ!!まぁ始めは皆そう言うもんだよ。でもやっていくうちに確実に強くなった、って感じがするんだ。…どうだろう?これを機に柔道始めてみる…とか?」
「ちょっと柴崎さん!!無理ですよ!!コイツ本当昔から人より気も力も弱いんですから!!」
幾多の容赦ないフォローのつもりの言葉が次々にグサグサと突き刺さっていく。涙が出るわけではないが半泣き状態。トホホ。
「まぁ確かにそんな感じはするね~」
まだ会ってそれほど時間の経ってない柴崎の言葉が一番心にきた。クリティカルヒットとはこのことである。まさにメンタル大破。遼がムスッとしていじけるのも無理はない。そんな彼をカラスが何処かで嗤っていた。
「まぁ、そのままでいたいなら別に構わないよ。…そのままでいたいなら。」
ゾクリと何かを感じた。次の瞬間には柴崎の目は、指導してもらっていた時と変わらずニコニコと優しい目をしていた。でも、一瞬。ほんの僅かの間に何かを見透かされた。そんな気がした。
(…あぁ、ノせられてるんだ、僕は。)
きっと、今日あの柔道部で過ごした時間だけで、柴崎は遼と早希のことをいくらか見透かしたのかもしれない。遼が、早希に守られてばかりいることを、少し不満に思っていることも。いや、仮にもそれを何となくで言っているだけかもしれないのだが、そんな偶然。運命とでも呼べばいいのか。いや、それはちょっとロマンチックすぎかもしれない。
「?」
ふと早希と目と目が合った。何だかんだで腐れ縁で、頼りになる自分の幼なじみ。いつか今度は自分が、そう願った幼き日々が走馬灯のように映し出される。その時、川に流されている桃色の花弁を見つけた。
(…そうだ、新しいことを始めてみたいなんて、桜の魔法だ。)
心機一転した高校生活、やりたいことはやってみたい、新しいことに足を踏み出してみたい。そう願うのは誰だって同じ。俗っぽいことをいれば、これは全部桜の仕業なんだ、と一瞥する。そうやって、自分を守らなきゃ自分が自分じゃなくなる気がした。言い訳にしかならないのはわかっていたけど。
「…やりたいです。」
ジッと柴崎の目を真剣な眼差しで見つめた。驚きのあまり顔が崩壊している早希と、やってやったぜと得意気な柴崎の顔を、遼は一生忘れないと誓った。桃の空気をめいいっぱい吸い込み、もう一度自分に言い聞かせるように。
「…柔道、やりたいです!!」




