108回鐘が鳴るまでに魔王を倒さないと死ぬ
ゴーン……
闇夜に3回目の鐘が鳴り響く。きっかり三分に一回のペースでさっきから鳴っているこの鐘は、魔王がこの世界に破壊神を呼び出す儀式『終焉の鐘』による音だ。この鐘が108回鳴り終えた時、この世界は滅びるという言い伝えがある。勇者である俺は魔王が儀式を完遂するのを防ぐ為、魔王城へと仲間を連れて急いでいた。
「ちくしょう、もう3回目の鐘が鳴っちまった」
「勇者様急ぎましょう! この世界を守る為に!」
「計算上ではタイムリミットの108回まであと315分、つまり5時間15分あります」
「ガハハハハ……、5時間もありゃ世界を救った後にのんびりお昼寝出来ちまうぜ!」
一緒の馬車に乗っている三人はそう言う。こいつらはかつて何度もこの世界の危機を共に救ってきた相棒だ。俺の左隣に座っているのは通称『救世主』の僧侶ちゃん。この子はパーティ最年少の15歳にして、かつて世界人口が3分の1まで減少した伝染病を一人で食い止めた実績がある。
右隣で難しそうな魔導書を読んでいる眼鏡の男は通称『禁術使い』の魔法使い。この男は3000年前の誰も解読できなかった古代の魔導書を一人で読み解いただけでなく、更に独自のアレンジを加え昇華したという触れ込みで、現存する魔法で彼が使えないものはないと言われている。今回の鐘の真相を見抜いたのも魔法使いの豊富な知識のおかげだった。手のひらサイズの鐘を使って彼は俺たちに鐘の説明をしてくれた。
今、俺達が乗っている馬車を走らせている筋肉隆々の男は通称『岩盤割り』の武闘家。身長2m50㎝のこいつは武器なしのタイマンでは人類最強と言われ、かつて地球に飛来してくる巨大隕石を片手で受け止めて世界を救った実績を持つ。
そしてパーティのリーダーである俺は通称『破滅を防ぐ者』の勇者。女神のお告げを聞いて勇者になってからの5年間で、世界の危機を30回以上防いだ事からこの異名が付いた。今回もいっちょ世界を救ってやりますか!
ゴーン……
そうこうしている間に、4回目の鐘が鳴り響く。陸の孤島と言われている魔王城があるエリアはここから馬車で4時間半はかかる上に、道中ではおそらく四天王を含めた魔物の軍勢が儀式を完遂させるために魔王の元へ俺たちが行くのを妨害してくるに違いない。俺たちは馬車を更に加速させた。
ゴーン……
更に馬車を走らせる事、3時間。計64回目の鐘が鳴り響く。いよいよ馬車の周りを魔物が次々と取り囲んでくる。俺たちは馬車の速度を落とさないために、走りながら魔法使いの魔法を放ち襲い掛かる魔物を吹き飛ばしていく。
「究極突風魔法! こいつらいくら倒してもキリがないです!」
「武闘家! 魔物の死骸で馬車が横転しないように気を付けろよ!」
「ああ、でーじょうぶだ! 俺の愛馬はこんなゴミいくら踏みつぶしてもビクともしねえさ!」
「私の回復魔法でお馬さんを回復しているので、スタミナも問題ありません! このまま行けます!」
「よし、このまま突っ走れ!」
武闘家が馬の手綱を引くと、黒色の戦闘馬は更にペースを上げる。この馬は切り立った断崖だろうが、針山だろうが難なく超えられる改造馬だ。基本的な移動手段が馬しかないこの世界では非常に重宝する。
ゴーン……
魔物をなぎ倒して進む事30分、計74回目の鐘が鳴り響く。残り34回、時間にして102分しかない。魔物は減るどころか更に勢いを増していき、さすがの魔法使いにも疲れが見受けられる。何千体目だろうか、飛来するコウモリのような魔物を火炎魔法で焼きはらったその時、それまで軽快に進んでいた戦闘馬が突然足を止めた。
「おい、どうしたんだ?」
「勇者、こいつぁでけえのが来るぜ!」
「勇者さん、前方5㎞先に強力な魔力の高まりを感じます! 理論上ではこの魔力の強さは魔王軍の四天王以上かと思われます」
魔法使いがそう言い終えた時、俺は前方から強い殺気を感じ取り叫んだ。
「総員、頭を伏せろ! 何か飛んでくるぞ!」
「究極防御魔法展開!」
魔法使いが防御呪文を発動させるのとほぼ同時に、俺達の頭上を漆黒の巨大な魔砲が通り過ぎた。魔砲はちょうど直線状にある巨大な山にぶつかると、標高3000mはあるであろうその山を一撃で消し去る。本来なら15m上空を通過しただけでも通り道の地面に巨大なクレータがあくほどの威力だったそれを紙一重で避けたのにも関わらず全員無傷だったのは、魔法使いの防御呪文のおかげである。
「くふふ、今のを受けて平気な人間がいるなんて驚きねぇ」
頭を上げた俺たちの目の前にはいつの間にか全裸の上に黒いマントに体を包んだだけの痴女が立っていた。局部は隠していないはずなのに、常に強大な魔力を放っている為に直視することが出来ない。
「貴様は何者だ!」
「あたし? うーん……さっき産まれたばかりだから分からないわ。そうねぇ……世界の終わりの日に産まれたから終末の日、ラグナロクに現れる巨大な蛇ヨルムンガンドにちなんで終末の巨蛇とでも呼んでちょうだい。」
「終末の巨蛇……だと……」
「なんて恐ろしい名前なの……」
「名前には言霊による強い力が働くと古文書にも書いてあります。終末の巨蛇、おそらく破壊神を呼び出す為に乱れた世界の均衡に乗じて、この世界に現れたイレギュラーに違いないです」
なんてこった『終焉の鐘』を止めるだけでも手一杯なのに、イレギュラーまで現れるとは……。しかし、ここでこいつを見逃すと確実に世界が危機に晒されてしまう。俺たちは終末の巨蛇を討伐する為、馬車から降り立った。
「ふふふ、活きがいいわねぇ。お姉さんと一緒に遊びましょう?」
「ああ、ぶっ倒してそのマントもひん剥いて捨ててやるぜ」
「勇者様、ちょっと下品です」
「ガハハハハ……魔王を倒すウォーミングアップ相手にしてやるぜ!」
戦いは熾烈を極めた。敵は近接攻撃には魔力の障壁を、遠距離攻撃には魔砲を巧みに使い分け、俺たちを翻弄してくる。初めは押され気味だった俺達だが、経験の差が物を言い徐々に盛り返していく。
「うふふ……あはっははははっ……いいわぁいいわよ! もっと激しく踊ってちょうだい!」
「究極氷結魔法! 究極火炎魔法!」
魔法使いが作り上げた氷河の陰に俺が隠れる。すかさず氷河を業火によって一瞬で溶かすことで生じた蒸気で目くらましをし、死角から一気に切りかかる。
「伝説の剣をくらえ! てりゃああああ!」
俺の剣は相手の肩口から入り、斜めに腰の上まで切り裂いた。初めて重症を負った相手は体勢を大きく崩す。その隙を歴戦の武闘家が見逃すわけはなかった。
「たああああ!」
腰の入った正拳突きが相手のみぞおちに深く食い込む。敵は空っぽの胃から胃液が逆流し吐き出す。薄黄色の胃液に混じって赤色の血が見受けられた。
「内臓までかなり痛み付けられたな、勝負ありだ」
「ぐふっ……、あたしが負けるなんて……」
血反吐を吐きながら終末の巨蛇は静かに息絶えた。戦いで傷ついた俺たちは僧侶ちゃんに回復してもらう。
「久々に良き好敵手だった」
戦いを重んじる武闘家が自身の着ていた胴着の上を脱ぐと、彼女の上にかける。俺達は小さく彼女に合掌すると、魔王城まで急ぐことにした。
ゴーン……
終末の巨蛇との戦いで21分ほど消費した俺たちは計81回目の鐘が鳴り響く音を聞いた。
「ここから魔王城までは馬車で約1時間です。計算上では101回目の鐘が鳴る頃に魔王の元にたどり着くでしょう」
「つまり魔王城を攻略して、四天王と魔王を倒すまでに合わせて20分くらいしか猶予がないって事か」
「ガハハハハハ……燃えてくるのう」
終末の巨蛇を倒した後、再び勢いを増してきた魔物を次々と薙ぎ払いながら進む。魔物は魔王城に向かうにあたってどんどん数が増えていき、馬車を止めて応戦する事もしばしばあった。
ゴーン……
結局、魔王城に着いたのは計104回目の鐘が鳴った後だった。馬を乗り捨てた俺達は全速力で城の中を駆け上がっていく。城の中は魔王が儀式に集中するためなのか、魔物が一匹もいなかった。10階以上ある魔王城の階段を5段飛ばしで駆け上ると、魔王の部屋が目の前に現れた。
「おやおや、勇者どののご来訪ですか」
「想定よりも30分ほど遅かったなあ、退屈だったぞ」
「カッカッカ……儀式の邪魔はさせないぜ!」
「私達四天王が相手になるわ!」
魔王の部屋の前には水・土・火・風の四天王が仁王立ちで立っている。残り時間はあと10分を切った。
「勇者様! ここは私たちが食い止めますから、勇者様は儀式を止めてきてください!」
「理論上ではこいつらを足止めするのには我々三人だけでも十分です」
「ガハハハハ……美味しいところを取られちまうが、仕方ねえな……せいっ!」
武闘家が床を思い切り殴ると、10階建ての部屋の床が1階までごっそりと崩れ去り俺達は四天王ごと下へと落下していく。落下しながら魔法使いが疾風魔法で俺だけを魔王の部屋の元へ弾き飛ばした。後ろを振り返るとちょうどさっきいた所だけぽっかりと大穴が開いている。大穴に向けて仲間への感謝の言葉を告げた俺は穴に背を向け、魔王の部屋へと足を踏み入れた。
部屋の中では巨大な魔法陣が高さ10mほどある巨大な鐘を取り囲んでいた。魔法陣の中心には魔王が一人こちらを見て不敵な笑みを浮かべている。
「よくぞ来たな勇者よ。見よ、この鐘があと4つほど鳴った時、この世界は地獄へと変わる! 現れし破壊神が全てを無に還し、魔物の楽園が新たに作られるのだ!」
「俺の目の黒いうちはそんな真似は誰にもさせない! それが『破滅を防ぐ者』たる勇者の務めだからだ!」
ゴーン……
破滅へのカウントダウンがあと3つに変わる。俺たちは、鐘の音を合図に互いに攻撃を仕掛けた。俺の持つ伝説の剣は魔王の持つ鉄壁の防御呪文に対抗する為のあらゆる加護が施されている。したがって他のどんな攻撃でもダメージを受けない魔王が剣を体で受けるたびにみるみる傷ついていく。
「くっ、究極回復魔法!」
魔王は持久戦にもつれ込ませるのが目的のようだ。究極の防護魔法がかけられている魔王は、本来ノーガードで魔法を連射する事に特化している。その魔王が持てる能力を全て回復や守りに専念した場合、俺の剣では致命傷を与える前に相手に回復されてしまう。俺は攻め続けながら魔王の対策を考える。
ゴーン……
残り6分。俺は回復速度を追い越す為、更に攻撃の速度を上げる。
ゴーン……
残り3分。
魔王は不敵な笑みを浮かべる。連続の斬撃を喰らわせても数秒で無傷の状態に戻ってしまう。
「クカカカカ……さすがの勇者も一人じゃ何もできない、無力なアリンコと同じだな」
「黙れ! てりゃあああああ!」
俺は馬鹿面で笑う魔王の顔めがけて剣を振り下ろす。魔王の顔は縦に引き裂かれるが、すぐに再生してまた馬鹿笑いする。そうだ、もっと笑え、油断しろ。俺は魔王に気づかれないように更に焦った演技をしながら一定のリズムで斬撃を続ける。
きっかり1秒間に3回攻撃を加えていることに魔王が気づいていた場合、この作戦は失敗する。なるべく無作戦のやけくそで俺が攻撃しているように見せかけなければならない。498・499・500……そろそろだ、俺は3分間、540回の斬撃をする前、520回目のタイミングでポケットへこっそり手を伸ばす。
ゴーン……
「クカカカカカ……俺の勝ちだ!」
勝ち誇った笑みを浮かべた魔王はがっくりと膝をついた俺に背を向け高笑いする。
今だ!俺は全力で回復魔法をかけ続けるのを止めた魔王に対して全力で剣を連続で振り下ろした。先ほどの5倍の速さである秒間15連撃の斬舞は5秒ほどで油断しきった魔王を細切れにした。
術者を亡くした魔法陣は停止する。俺はポケットから魔法使いが鐘の説明をする際に使用した、手のひらサイズの鐘の模型を取り出した。本物そっくりに作られたこれは、音まで魔法で緻密に再現されている。魔王が最期の鐘がフェイクだと気づかないようにする為には、ぎりぎりまで粘る必要があった。本物の鐘が鳴るまで時間にして残り約1.5秒。ギリギリの戦いだった。
四天王を倒した仲間たちが、魔王の部屋へと戻ってくる。時計を見ると、もう日付が変わって1時間ほどたっている。
「最後の鐘を聞いた時は焦ったぜ」
「魔法使い、お前の作った模型を使ったんだ」
「なるほど道理で、さすが勇者さんです」
「私達、また無事に世界を救ったんだね!」
「ああ、世界の終焉を防いだ今日を希望の日と名付けよう」
「新しい世界に乾杯!」




