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闘神の御娘(旧)  作者: 海陽
4章 1部 首都アトゥル
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4-12 見えた不正

『申告書によれば、納税額30ルーン(30万円)は納められています。かと言って勝手に北地方で増税されたわけでもなさそうです。だとすれば』


私はそこで1度口を閉じた。それは目の前のダウエル様の眼に、理解した色が浮かんだから。


『自己資産からの捻出か。いや、しかしそれでは……シノブ、彼の自己資産申告額をもう一度言ってくれるか?』


『はい。150ルーン(150万円)です』


シン国では余程の豪商ならともかく、貴族になってやっと100ルーン(100万円)以上……つまり日本円にして一千万相当以上の資産を持つ事が出来る。けれど貴族といっても男爵・準男爵は違う。男爵では100ルーンに手が届けば良い方なのだ。ということは、準男爵の身分だったあいつダミエの資産が100ルーン以上ある事が既におかしいということでもある。貴族最下位の身分にあって、準男爵が上位の男爵の資産を超えることはあり得ないのだから。

私はダウエル様から少し離れた机に居る、ビフェル男爵家の先輩へ声を掛けた。


『ミルズ様、1つお伺いしても?』


『ん、なんだ』


『ビフェル男爵家のご資産は約何ルーンか把握しておられますか?』


『……何故そんな事を聞く』


尋ねた瞬間、部屋の空気が少し冷えた気がした。彼の表情も怪訝そうだし。『あなたの財産は幾らか』なんて聞くのはやっぱり憚られることなんだろうなぁ。でも私は知ったところで何かするつもりはないし、するつもりもない。だってさ、平民が貴族のお財布事情を知ったところで何が出来る?


『不躾にお聞きしたことは謝罪致します。ですが私は確認したかっただけで、他意はありません』


『何の確認だ?』


『準男爵位の者が男爵位を上回る資産を持つ事が可能かどうか、です』


『あり得んな』


おう、ばっさり切り捨てられましたよ。嘘を嫌う性格のミルズ様が言うなら確定でしょう。なら問題はあと2つだ。


『……シノブ?』


『ダウエル様。男爵位の資産はならしても100ルーン以下と私は聞き及んでいます。今、ミルズ様は準男爵位の資産額が格上の男爵位の額を超えることは無いと仰いました。ビフェル男爵家の資産額が云々は横に置き、それならば準男爵であるグルヴェ元文官が子爵家相当の資産を保持出来るでしょうか?』


『!』


『地方の税収というのは、つまり地方を治める文官の『収入源』と同義だと思うのです。例え150ルーンというこの申告額が正しくとも、納税の不足分を資産から補っていた場合、150ルーンなど維持出来るとは思えないのです』


そう、これが1つ目の問題。国が指定する納税額を常に不足している税収。それを自分の財布から賄っていた場合、おかしな点が出てくるんだ。納税時期は年に2回で、繁生の4月末と薫花の4月末。あいつダミエが文官の任に就いたのは6年前だと書類にはあった。……へえ、と妙に感心したのは仕方ないと思う。あんな嫌な人間だけど、一応ちゃんと治めてはいたんだね。今はどうしてるのやら。


『何故、そう思う?』


『書類には文官に彼が就任したのは6年前とありました。シン国の納税は年に2回、と言うことは1年で10ルーンの出費があることになります。申告に無い過剰な税収をしていたならまだしも、申告通りなら5年で資産額は100ルーンを切るはず。では残り1年分の10ルーンはどこが出したのでしょうか。納税額より収入が低いのに、子爵家並みの資産を持っているのは少しなまぐさいかと』


これが2つ目の問題。もし、あいつダミエが正常に文官として北地方を治めていたなら、1回の納税ではたった5ルーンでも、6年経てば60ルーンの山となる。150ルーンの資産で6年も帳尻合わせをしていれば、絶対に100ルーンを切る。それなのにそれだけの額を資産として申告出来るなら、どこか別の出資者がいると思うのは私だけ?


『シノブ……君は、』


驚愕を浮かべ私を凝視するダウエル様。何だかやたら視線が、と思ったら他の先輩方も呆然と私を見ていた。……あれ。もしかしていらんところまで出しゃばってしまった?!


『申し訳ありません、ダウエル様。差し出がましい事を申しました』


ちょっと気まずい。ので、謝りますよ!ええもう、ばっと頭を下げて。空気を読んで先回りして謝ったりするのって、結構日本人には多いと思うんだ。それが外国の人達には礼儀正しいなんて思われたりするみたいだけどね。


『いや。いや、謝る事はないよシノブ。……皆、私はハッサド宰相に面会に行く。後は任せたぞ』


『はい』


ダウエル様は次の瞬間には真剣な表情になって慌ただしく部屋を出て行ってしまった。返事をしたのはミナト様だ。彼は次席といって、この財務部署の長であるダウエル様の次の地位にいる。つまり、実はとても偉い人。……私、席に戻って良いかな。報告の途中だった気がするけど、ダウエル様行っちゃったし。そう思ってそろりと足を伸ばした時。


『シノブ』


『っ?!』


背中にミナト様の声が掛かって、びくうっと肩が跳ね上がった。恐る恐る首を捻れば、目を丸くする彼がいて、だけどすぐ可笑しそうに顔が弛んだ。


『そんな過剰に反応しなくとも。問い詰めるつもりはないよ。集計からあそこまで推察した経緯とか、その明敏さとか。常々思うがその算術の腕はどこで磨かれたのかとか色々聞きたいところではあるけど、安心して欲しいな』


安心できるかっ!!


いかんいかん、声に出してしまうところだった。ねえミナト様?思いっきり『聞かせてほしいな』って言ってますよね?副音声で言ってますよね?!答えませんよ、私は。というか答えられない。算術の腕なんて、シン国の教育がむこう(日本)の教育レベルより低いなんて言えるわけないでしょうが。しかも明敏って何、普通だよ私はさ。もっと頭の回転が速い鋭い人なんて幾らでも居るんだし。

……ああ、ほんと余計な事をしてしまったかも。厄介な事にならなければ良いけど。

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