4-8 私に来客?
シダ村のことも、剣や体術を操れることも、いつかはイーニス様やダウエル様にばれるだろうとは思っていたけれど。まさかダルムで、知られるとは思わなかった。
『知られたくはなかった?』
『はい。……いずれはとは予想していましたが、ちょっと早過ぎました』
皇雅が先手を打った為かイーニス様が苦言を言うことはなかったけれど、何も言われず困ったように微笑されるのも居た堪れない。言外に責められているようで。逃げるようにその部屋から出て、外へ出る。『散策に行ってきます』と近くに居た兄に伝えて、私は街へ繰り出した。少しして追いかけてきたらしいミイドさんと皇雅に捕まり、『勝手に行くな、心配するだろ』と小言を貰って3人で街を彷徨いたのだった。
隊長や兵の皆、何人かの街の人達にも見送られてダルムを後にした私達がアトゥルのハイドウェル家に帰宅したのは薫花の1月3日。あれからイーニス様とは何となく気まずい空気のまま。
〈主殿、気に病むな。皇雅殿やミイド殿も居るし、我も居る。耐え難くなった時は必ず力になる〉
『ありがとう、白貴』
名を呼ぶと一瞬で森から戻って来た白貴からも気遣われ、ダルムでは職人さん達がまた剣を鍛錬してくれた上に、折れた剣を短剣に仕立ててくれた。その事で心が軽くなったんだ。またいつもの部屋での暮らしに戻ったのだと思っていたのに。
***
『シノブを訪ねて来られた方がいるんだ』
屋敷に戻ってから1週間程経った日。ダウエル様に呼ばれて、彼の部屋を訪ねてのその言葉に目を瞬かせた。『方』?『人』ではなく……と言うことはダウエル様よりも位が高い人ってことで。イーニス様に教えてもらったシン国の爵位を反芻し、思わず『げ、』と眉を顰めそうになった。あ、表情には出してないよ!もちろん。
『侯爵家の方、ですか?』
『その通りだ、シノブ。やはり君は聡い娘だな』
どこか満足気に微笑むダウエル様だけど、正直招かざる客なんだよねぇ。私が知ってる侯爵家ってあの美人のハッサド宰相だけだし。他の2家は知らないよ?一体誰だろう。
実のところ、彼には未だに良い感情を持っていない。かと言って嫌っているわけでもないけどね。付かず離れずって感じだと思う。うん。
『久方振りですね、シノブ殿』
『はい、閣下』
玄関先でダウエル様と共にお出迎えする。どうにもすっきりしないまま彼を迎えたけど、一応、顔には出してないつもり。……そんな朗らかな笑みを見せられても反応に困りますよ、宰相様?
彼を案内したのはハイドウェル家に訪れた客をもてなし泊まらせる為の客間。残念だけど白貴にはミイドさんと私の部屋で待機してもらう。だってほら、一応獣神だとは隠してるしね。なので客間には客当人のハッサド宰相とダウエル様、私と契約神の皇雅だけだ。使用人さん達はお茶を出したら退室していってしまった。
『……』
『……』
一体何を話したら良いのか、全く分からない。かと言ってダウエル様も何も言ってはくれない。伯爵は侯爵よりも下位だから、先に話を切り出すのは失礼に当たるのかもしれないとは思ったものの、私から言い出せるはずもないし、そのつもりもない。ただ、お願いだから誰か何か喋ってくれないかなぁ……居辛いよ。空気が。
『シノブ殿。こちらでの暮らしはいかがですか?』
『そうですね。皆様が良くして下さっていますので、過ごしやすいです』
やっと宰相が口を開いてくれたのにほっとして、当たり障りのない答を返した。でもまあ本当の事ではあるから、嘘を吐いてはいないよ。うん。少し近況を聞かれては返す会話を交わし、一服したところで、宰相の表情が少し真顔になった。
『……ダウエル殿から聞きました。首都兵の護衛を拒んだこと、そして私に望みを言わない理由を。何故か聞いても?』
言われた瞬間……なんと言うか、気分が落ち込んだ。そう、落胆が近いと思う。もちろん私と皇雅を『保護』してダウエル様に預けたのだから、彼には報告の義務はあるんだろうな、とは考えなくもないよ?でも……うん、やっぱりな、って感じはある。
『私は叱責を受けるのですか』
『まさか!』
ぎょっと目を見開いた宰相は即座に否定したけれど、それはちゃんと保証してくれるの?答えた後にやっぱり咎めを、なんて言われたら私にはどうしようもない。
『私はただ、これまでの暮らしを奪ったせめてもの詫びにと思っていただけなのです。けれど一向に、貴方は何の希望も願い出てくるきらいもない。此度の遠出もそうです。ダウエル殿が偶然にも知り得たから私の元にも情報が来、陛下にご指示を仰ぐことが出来た』
『……』
『貴方の考えていることを知りたいのです』
イケメンが言うと様になるなぁ。世の女性がキャーキャー言いそう。ま、私は言わないけど。何せ皇雅と白貴という美男子がいるし、ミイドさんも男前だしね。流石に整った顔立ちには慣れましたよ。……というかダウエル様。まさか性別の事は言ってないよね?!信じて良いよね?
『それは、『契約者』としての意見を?『私個人』の意見を述べればよろしいのですか?』
『もちろん、貴方自身の意見をお聞きしたいのです』
『では、申し上げますが』
一呼吸置き、私は改めてテーブル向こうの彼を見つめた。
『まず首都兵に関してです。咎めは無いとのお言葉を信じて。……私は、彼らが苦手です。私を首都アトゥルへ連行するその手段と、私の物を破壊し詫び1つもないその振舞い。今更詫びて欲しいとは思いません。嫌々詫びられても嬉しくもないですし、気位の高い彼らも嫌がるでしょう。私個人はともかく『契約者』を見下す行為をする者と共に行動したいと思う人は少ないはずです。『契約者』は獣神と同位の存在だと聞き及んでいます。その存在に無体を働く者と果たして良い関係が築けるでしょうか』
『……』
『次に閣下に希望を願い出ないことについて。私は母国でも平民でしたし、この国でも平民に当たります。対して閣下は陛下に次ぐ侯爵位をお持ちです。更にシン国を担う宰相という重責を担っておられます。天地もの隔たりがあって、上位の方の言葉を思惑も無くそのままに受け取ることは難しいと思うのは私だけでしょうか。閣下が仮に私に対価を求められた場合、私にはその要求を退けられる権利など無いに等しいのです。なんと言われようとも、閣下は『侯爵』であり、私は『平民』なのですから』
『……シノブ、君は、』
ダウエル様がぽつりと呟いた。
『私が何かを望むことがないからと、閣下が気に病む必要はありません。どうぞお気遣いなく』
言いたい事を一通り口にして、私はふう、と息を漏らした。