4-4 兄達が出来ました。
ああ、恥ずかしい。凄い恥ずかしい。何で皆して見てるのっ。まさか模擬戦を見られてるなんて、しかも私兵のお兄さん達全員が見てたなんて!がーっとパニックになりそうなのを、白貴に顔を押し付け隠すことで現実逃避する。
〈主殿?〉
不思議そうに身体を捻り見下ろす白貴の声がする。いや、ごめん。今は返す余裕も無いから。
〈シノブ。兵らが話し掛けたそうにしているがどうするのだ?〉
『え。っ!』
条件反射で顔を上げ、先頭のダインさんと目が合ってしまいぱっとまた顔を隠す。……ミイドさんめ笑ったな?くそう、次回は倒す勢いでやってやるんだから!心の中で独りごちていると、不意に頭に感じた温かい感触。
『シノブ殿、見事な腕前でしたね』
優しく、どこか嬉しげに笑うダインさんに頭を撫でられていた。
『次は是非とも我々とも相手して頂きたいものです』
え、良いのかな。私兵だって兵士には変わりないと思うんだけど、その相手が私なんかで?
『私で、良ければ』
そう答えた途端、視界の端に居た方々がガッツポーズをしたのが見えた。オリネシアにもあるんだ、ガッツポーズ。っていうか何故ガッツポーズ?私が相手することってあまり意味無い気がするけど。
私としては結構恥ずかしい思いではあったのだけど、結果としてはあの公開模擬戦は良い役目をしてくれたらしい。と言うのはあの日以来、私兵のお兄さん達が砕けた話し方や接し方をしてくれる様になったから。勿論敬語なしとはいかなかったけど、『兄』がたくさん増えたなーとは思っていたりする。『兄さん』と悪ノリすれば乗ってくれる人も居たりするのだから、結構楽しい。
実はと言えば、こっそりイーニス様の事を打診されたりもした。『兄として慕われたいらしいぞ?』と。でもね?私兵の兄達は貴族じゃないからまだ良いけど、イーニス様は貴族なんだよ。伯爵家の嫡子なんだよ?気持ちは有難いけど、出来るわけないじゃんか。首が飛んだらどうするんだ。
***
『で、今日はどうするんだ?シノブさん』
『……どうしようかな』
紅涼が近付いて来た繁生の終盤。今年はずっと首都アトゥルにいた為か、脳裏には凄く懐かしい場所が思い浮かんでいて。前の紅涼を越したあの東地方の森が、酷く懐かしくて行きたいと思った。ずっと窓から外を眺めていた私にミイドさんの声が掛かり、振り向きがてらその思いを振り払う。
昨日は首都の散策、一昨日は兄達と模擬戦と剣術の稽古を。彼らにも仕事があるかもしれないのに邪魔になるかもと思って毎日出歩くのは避けているし、何より皇雅と白貴は目立つからね。2mの美男2人も連れて大通りを歩くとなると目立たない方がおかしい。流石に首都とだけあってか、絡んで来る人はいない。いや、いるにはいるけど兄達が私に届く前にやっつけちゃうんだ。……散策の数回に1回は彼ら曰くおいたをする人が居て、その度に実力行使させる羽目になってるのがちょっと申し訳ないとは思うのだけど。
『おいたをする奴らを追っ払うのが俺達の当然の役目。シノブ殿に手を汚させるなんてとんでもない』
……兄達にはしっかりバレていた。苦笑半分、本気は半分以上の顔でそう諭す様に言われては何も言えません。ミイドさんや皇雅達までうんうんと頷かなくても良いじゃんか!
閑話休題。
行きたいなぁ。また東地方の森に。ただ、首都からあの森は遠過ぎる。私と皇雅、白貴だけなら何とかなるよ?獣神なんだから。けどミイドさんや護衛の兄達も、となるとそうはいかない。一体何日掛かる?そして何日森に滞在出来るだろう。あの森はとても広く深くて、森の土地神である白貴と契約している私だから日数も少なく行くことが出来る。そんな遠出を許されるはずがない、特に国王陛下と宰相閣下は許可しない気がする。何せ拉致紛いな事をしてまで『保護』した獣神と契約者なんだから。
それでも。
『あの森にまた行きたいなぁ』
ぽつりと漏れた声はミイドさんには届いたようで、視界の端で片眉が下がったのが見えた。白貴も少し難しい表情をする。
〈我が森にか。我と皇雅殿、主殿だけであれば3日もあれば可能なのだがな。ミイド殿やあの護衛達も共にするとなると厳しいな〉
『うーん、やっぱりそうだよねぇ』
予想通りの答に苦笑する。何より迷うのは、その森の土地神でもある白貴のこと。白貴は首都兵と最初にあった時から1度も獣神姿に戻っていない。つまり彼は長身の人間の男だと思われてるわけで。兄達が一緒に行けばそこから周りに2神目の契約神だとばれる可能性が倍増する。それは非常にまずい。今でさえ……いや、ハイドウェル家の皆は凄く良くしてくれるよ?うん。問題は上の人間だ。国王陛下や宰相閣下が見逃すはずがない。これ以上囲いの柵が狭められたくなんてないんだ。だから東地方の森へ、という話はミイドさんや皇雅達にしかしていないし、するつもりもなくて立ち消えになったはずだった。
『東地方の森に行きたいのだろう?構わないよ、行っておいで』
『え?』
数日経った頃。ここ暫く会わなかったダウエル様に彼の自室へ呼ばれて赴くと、柔和な笑みと共にそんな科白を掛けられた。私は一言も言っていない。だって無理だと思ってたし、『あの場所へ行ってみたい』何て事も、首都内に留めているはず……。困惑したのが分かったのか、ダウエル様の表情が苦笑を帯びた。
『シノブ。君は物を望まなさ過ぎる。もっと望みを言って良いのだと以前にも言ったはずだ』
『ですが、首都の散策にも護衛の方には良くお付き合いして頂いてます。イーニス様には間食のお茶菓子やお茶も頂いてますよ?色々と叶えて頂いて……』
本当にそうなのだ。首都の散策は半日にも満たない高が数アルンだとしても、その度に兄達には護衛として連れ回させてる上、その日数はそれなりに多い。私がお茶好きだと知ったイーニス様は好きな時に飲めるようにと茶葉をくれた。それも日本茶でいう玉露みたいな高級感溢れるお茶を、しかも茶道具一式付きで!……まあ、急須とティーポットの中間っぽい形容には驚いたのは余談なのだけど。更に言えば茶葉が無くなりかけた頃にタイミング良く新しい茶葉をくれる。イーニス様ともお茶の時間を過ごすから、お茶に事欠くことはないし。それを伝えれば盛大な嘆息が返って来た。
『君の望みは細やか過ぎる。散策も茶や茶道具の事も、叶えることなど造作もない事だ。これでも伯爵を戴く貴族なのだから。……正直に言おうか。シノブの望みなら何でも叶えてあげたいのだよ、私も息子も。叶えてあげられたという実感が欲しいんだ』
『はあ』
曖昧な返事の私に、更に追い討ちの台詞が降ってくる。
『既に陛下にも許可は得ているよ。可能な限り希望は叶えるようにとの御言葉も頂いている。寄り道もしても良い、だが護衛も付いて行くことになる事は理解して欲しい』
『兄達も、ですか。それはそれで申し訳ないような……』
『兄達?』
あ、いかん。うっかり私兵の兄達をそのまま言ってしまった。誤魔化せるかな。
『い、いえ、何でもないです。いつまでに戻って来ればよろしいですか?』
『……。そうだね、出来るなら紅涼の4月までに戻ってきて欲しい。だが薫花の1月までなら許容範囲かな』
そんなに長く良いのかな?だって私と獣神を囲いたいはずなのに。その事をやんわりと聞くと、苦虫を噛み潰した顔になるダウエル様。だけど、その後に投下された爆弾に『森に行きたい』と漏らしたことをちょっと後悔する事になる。
忍の言う『兄』に付いては、更新報告にて補足説明します。
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