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闘神の御娘(旧)  作者: 海陽
4章 1部 首都アトゥル
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幕間 護衛対象から『妹』になった瞬間

ハイドウェル家の私兵、ダインside

『お初にお目に掛かります、シノブと申します。どうぞお見知りおき下されば幸いです』


そう丁寧に深く頭を下げた華奢な彼女と俺達ハイドウェル伯爵家の私兵が対面したのは、繁生の2月のある日のことだ。


ハイドウェル家当主であり、俺達が忠誠を誓うダウエル様が姿を現された獣神様とその契約者殿の後見に任命され、屋敷に住まわせている事はもちろん知っていた。だが薫花や潤水を過ぎても1度たりとて姿を見た事はなかった。その理由を御子息のイーニス様から伺い、思わず皆と同情したものだ。手荒な扱いを受けた上に知らぬ所で護身の剣と棒を破壊されたとは……さぞ苦しかっただろうと。

この時点ではまだ性別は知らされておらず、男だと思っていた。が、いざ実際に会ってみれば短髪ではあるが女だと知らされた。然しその身に纏う着物はどう見ても男物だ。イーニス様に似た、通称、中衣ちゅういと呼ばれる着物。上衣丈が膝頭と、民の短衣より長いが王族や上位貴族の長衣よりは短い上衣。ダウエル様や奥方のミリア様が選んだのだろう中衣には刺繍などで模様が描かれているがそれは貴族にしては控えめなものだ。肢体も中性的な為か、余程親しいかじっくり観察しなければ、男物の着物とあって女とは分からない。


決して男だと間違うなと対面に同行されたダウエル様から留意を促される。契約神の獣神様が御怒りになるらしい。契約者への侮辱は獣神様への侮辱と心得よとのことだ。俺達の誰1人として、好き好んで神の怒りなど買いたくはない。だがその性別は他人には有耶無耶にしておくようにと重々に申し付けられた。一体どういう事なのかは俺達私兵如きには推し量ることは出来ないが、主君(ダウエル様)の命だ。しっかり胸内に刻み込んだ。


顔を上げ俺達を見る彼女には微かな笑みが浮かんでいて、相見出来たことを喜んでいる様だった。ところがその微笑みは、一転して驚愕と焦りへと変わった。


『お前達の中から、彼女の護衛を選び任に就ける。シノブが出掛ける際には供をするように』


『ダウエル様!そんな、大丈夫ですからっ。皇雅や白貴、ミイドさんもいます。手間をお掛けしたいわけでは……』


『シノブ。君はもう少し我儘になりなさいと言ったはずだが?それに万一何か起きたらどうするつもりだ。女性だと知らぬ者には君は華奢な男にしか見えないんだ。不成者ならずものに絡まれたらどうするんだ、対処出来るのか?』


それは、でも、ですが。


懇々と説くダウエル様に彼女は体勢が悪くなっていく。しかしその表情は『護衛を付けられたくない』よりも『付けなくても対処出来るから大丈夫』と言っているようにも見えた。

挙句には『護衛の手間をお掛けするくらいならずっと部屋で大人しくしていますからっ』とまで宣っていた。が、結局、彼女は護衛を付けられることを承諾した。非常に渋々といった様子ではあったが。対してダウエル様は満腔の笑みを浮かべている。


『兵の皆さんにお手数をお掛けしたくなかったのに』


かくりと首を垂れ、恨めしげにダウエル様の屋敷へ戻り行く満足気な後姿を見やる。こちらと言えば漸く話題の中心に居た契約者殿と会う事が出来たと静かに興奮していた。ここまでの印象として、彼女は他人に迷惑を掛けることを厭う傾向にあり礼儀正しい人間である、という事。良い関係が築けることを願うばかりだ。



***



『ダインさん』


『シノブ様』


不意に声を掛けられ振り向けば、このふた月で大分、俺達私兵と打ち解けた彼女がミイド殿と立っていた。ただ、何故かふくれっ面をしているが。


『……様付けは嫌だと言いました』


『しかし』


『私平民なんです。敬称なら私が様付けしなくてはいけないのに』


その科白が聞こえたのだろう他の兵達(仲間)から焦燥のざわめきが立つ。それはそうだ。出自がどこかなど最早関係がない。獣神の契約者というその時点で、既に彼女は主君、いや我が国の国王陛下と同等の地位にいると言っても過言ではないのだ。それなのに俺達を敬称付きで呼ぶと言うのだから。


『シノブ様。それは』


『……』


むぅと膨れた表情でじっと俺を見る。その口程にも物を言う無言の訴えに負けるのは早かった。


『……では、シノブ殿、と。それ以上は俺達も曲げられません』


呼び捨てでとは言わないでくれよ?絶対言うなよ?!言ったら『様』に戻すからなっ。……いけない、地が出てしまった。彼女の背後ではミイド殿とハクキ殿が苦笑していた。獣神様の表情は変わらない。だが『いつもの事だ』と眼が語っていた。契約者という身にありながら、彼女は目上の者を身分を問わず敬うらしい。変わったお人だ。



『シノブ殿。今日も散策に出掛けられますか?どちらへ行かれます?』


初めてお会いしてから、当初は手間や迷惑になると渋る彼女を俺達が逆に説得して、首都の散策がてらに良く外出する様になったシノブ殿にそう尋ねる。きっと今日も出掛けるのだろうと思っていた。ところが。


『あ、いえ。今日は別のお願いに……。その、ご迷惑でなければ』


予想が外れた。いつの間にか他の奴ら(仲間)が集まって来ていて、『迷惑など!』と彼女の懸念を即座に否定していた。


『シノブ殿のお願いというのは?』


『皆さんが剣の鍛練をしている場所の一角を、お借りしたいんです。あと、もしあればこれ位の木棒か1番軽い剣を』


彼女が示したのは自身の腹か胸近くまでの長さの棒。無ければ剣をときた。それが示すもの……つまり、シノブ殿は剣術を学ぼうとしているらしい。何故ミイド殿もハクキ殿も止めない?!女性に剣が扱えるはずがないのに。


〈ダインとやら〉


不意に獣神様に名を呼ばれて姿勢を正すと、じっとその深紅の瞳が俺を見下ろしていた。


〈我がシノブには武術の才があるゆえ、心配などは無用だ。百聞は一見にしかず。そなた等も見ているが良い〉


さあと獣神様に促され、集まっていた中の数人を連れて武器庫へと向かった。運良く棒が、と言っても1m程とやや短かったが見つかり彼女の元へ戻る。棒を渡した時のぱっと浮かんだシノブ殿の笑みは本当に嬉しそうだった。首都兵の奴らに破壊されてしまったと聞く棒が脳裏を過ったのは俺だけではないはずだ。


『それではすみません、お借りしますね』


にこにこと嬉しそうな顔で、彼女はミイド殿達と俺達私兵の鍛練所の一角へ向かう。その途中でハクキ殿と獣神様は立ち止まり、十分に距離を置くとシノブ殿とミイド殿の棒と剣の打ち合いが始まった。



正直言えば、侮っていたのだと思う。シノブ殿が女性だから武力の『武』の字すら無いのだと。……だが、今の俺達は目の前の光景をただひたすらに見詰めるしか出来ないでいた。


シノブ殿が棒を、ミイド殿は自前の真剣を構えた刹那。場の空気が変わった。彼女の雰囲気は紛れもなく、武を修めた者のそれ。何故と口にする事も出来なかった。



剣と棒が交わる。ひゅっと回転した棒が剣身を打ち据え、ミイド殿も負けじと袈裟切りや切り上げ、横薙ぎを繰り出す。その速度と鋭さは俺達私兵の中でも上位なのは間違いない。が、その彼の剣撃に彼女は全て反応し防御或いは反撃に転じていた。


『……嘘だろ?』


隣にいた奴が言った。だがその科白を俺も言いたい。何故。何故女の身でありながら対処出来る?!


いつの間にか私兵全員が鍛練を止めて彼らの打ち合いを見つめていた。俺達だって武人の端くれ、幾合かは打ち合う事も可能だ。だがそれでも、あのミイド殿の攻撃に全て反応出来るかと問われれば首を横に振るしかない。5撃に1撃は食らうだろう。それ程に鋭く速い攻撃なのだから。


軽やかな足運び、自在に棒を操るその技術。彼の攻撃に対し握る位置を変えるのだ。中央を持ち回転させたと思えば、片端へと手を滑らし剣のように突きや払いを繰り出す。ミイド殿は真剣でシノブ殿は木棒。どちらの武器が勝つかなど言うまでもない。ないはずなのに棒が分断される事はない、その事実だけでも彼女の実力を窺い知ることが出来る。恐らく、いや、絶対シノブ殿の剣術の腕は俺達私兵でも上位だ。


俄然興味が湧いた。若しかしたら彼女は剣術の話で盛り上がれるんじゃないかって思ったんだ。女は非力だと言われるのが一般的なこの世界で、男女間の関係無しに互いを理解し尊重出来るのではないか、と。何故男装するのかは分からない。そこは事情があるのだろうから、詳しくは聞けないし無理に聞こうとも思わない。


1アルン(1時間)経っただろうか。彼らは緩やかに打ち合いを止め、少し離れて互いに会釈した。食い入るように見つめてしまっていたから分かるが、2人とも頭部や鳩尾といった急所は1度も攻撃しなかった。ひたすらに剣と棒を交え、防御し反撃する。それだけを繰り返していた。シノブ殿の横顔は打ち合い前の笑顔よりも晴れ晴れとしているようだ。ハクキ殿や獣神様が近付き声を掛けると嬉しそうに笑う。ああ、あの中に混じって話してみたい。きっと楽しいだろう。


獣神様が何か告げられ、ふと俺達へと視線を向けたシノブ殿。が、注目されていた事に気付いたのか、わたわたと挙動不審になったかと思えばそばに居たハクキ殿の背を隠れ蓑にしてしまった。……可愛いな、畜生。


『何で皆して見てるんですか……』


その打ち合い中とは間逆の柔い雰囲気に、俺達が可愛い妹を見るような温かい気持ちになった事を、シノブ殿だけが知らない。

ハイドウェル家の私兵達の平均年齢は25〜28歳くらい。勿論野郎だけの構成です。


忍がオリネシアに来て2年経ちました。彼女も19歳。成人しました。

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