3-4 ミイドさんが饒舌になった!
『何か凝ったことするんだな』
『うん、まあね。今作ってるのはハーブウォーターって言うんだ。ハーブってあのレモンバームとかの植物の総称なんだけど、色々用途はあるんだよ?お風呂に入れたり食事に混ぜて食べられる植物だってあるし』
『へえ。じゃあその『レモンバーム』っていうのも何か使い途があるんだな』
現在ハーブウォーター、もとい芳香蒸留水を作る為、ミイドさんから鍋一式をお借り中です。この鍋蓋には通気穴は無かったけど、念の為に布とかで包んで蒸気漏れを塞いで、と。よく見たらレモンバームはもうそこらじゅうに大量に群生してました。まあ繁殖力強いからそりゃそうか。こんな森の中で植物の管理してる人なんか居ないよね。作ってみてミイドさんも気に入ってくれたらもう1回作ってあげようかな。
入れ物は若くて細いバンブーラ。節を上下に残して、片側に小さな穴を開けてその中に液体を入れて置くというなんちゃって水筒。蓋は無いので布を丸めて差し込んでおく。竹には抗菌作用があるって図鑑に書いてあった気がするし、あれ?若しかして一石二鳥?
『で?何の使い途があるんだ?』
『虫除けだよ。全ての虫に効くわけじゃないけど』
目の前のレモンの香りを放出する鍋を見ながらのんびり答えれば、ミイドさんが固まった。どうしたの?
『……虫除け?』
『うん。そうだよ?』
いやあ、本当はハーブゼラニウムとかの方が良く効くって書いてあった気がするんだけどね?ここに群生というか生えてないし。レモンバームの匂いって爽やかで私は結構好きだからさ。
『本当に効くのか?……もし本当なら凄いことなんだぞ、シノブさん!繁生に皆がどんなに虫に困らされてるか知ってるか?!俺も毎年悩まされてるんだ、あいつに』
『あ、あいつ?』
い、いきなりミイドさんが饒舌になった!しかも『あいつ』なるモノによっぽど困ってたみたい。凄く苦々しく口にしたから。
『キートって奴でな、こう小さいんだが刺されると痕が痒くなるんだ。で、痒いからついつい掻くんだが、そうすると腫れる。叩き潰したりもするんだが、そいつの体格に合わない量の血が手に付くんだ』
……えーと。それってさ、もしかして蚊のことかな?
『その叩き潰した時の虫の出血は主に腹からで、肌に刺されると痒くなる……でもそれって紅涼の頃には痒みも治まったり?』
『そう!そうなんだよ、よく分かるなシノブさん』
うん、蚊だね。オリネシアではキートって言うんだ?覚えておこう。それから、もう1つ気になるのが。
『……その虫、キート?に刺されて熱とか体調崩したりとかってあるの?』
『いや、それは無いな。刺されて痒くなるだけだ』
うーん……なら大丈夫、なのかなぁ。だってほら、蚊が媒介のやつあるじゃんか。マラリアとかデング熱とかさ。日本じゃ日本脳炎……だったっけ。実際に日本で罹った人を見たことも聞いたことも無いから情報でしか知らないけどさ。
『それなら、良いんだけど。多分それ、蚊のことだと思うんだ。血を吸って代わりに痒くなる成分を体内に残していくんだ。痒みの原因は多分それだと思う』
『か?シノブさんの国ではキートは『か』と言うのか?……と言うかあいつ人の血を吸ってるのか』
うわぁっと引いた顔になるミイドさんにああやっぱりなぁ、と苦笑した。そりゃあね、いきなり吸血されてるって言われたら嫌だもん、私もさ。
『で、腹からの出血って言うのは……もしかして吸った血を腹に溜め込んでるから、か?』
『うん。確か吸血するのは雌だけのはず。何の為にって言われたら私も分からないけど、生きる為とか、子孫残す為とかじゃないかな』
って、何で蚊についてこんなに話し合ってるんだろう?私だって蚊は嫌いなんだからね?!あーもー蚊から離れよう、うん。丁度ハーブウォーター溜まったし。
『良し、出来た』
バンブーラ水筒に詰めて完成したレモンバームウォーターを、興味津々に見るミイドさんと皇雅。
『皇雅、これなら大丈夫?』
水筒の口を皇雅の鼻先へもっていって嗅いでもらう。さっきは生で厳しそうだったからね、使うにしても皇雅が無理ならどうしようもない。
〈……ふむ、これなら良い。匂いも幾分弱く優しくなったな。シノブは不思議な物を作るのだな〉
不思議な物って何?!失礼な、ハーブウォーターはすごいんだぞ。化粧水にもなるしハーブの種類によっては薬にもなるんだから!
キート:蚊。
竹を直火に、というのは爆竹から取りました。両側に節を残す、またはそのままの竹などの密封空間があるままで火にくべると弾ける(=爆竹の由来)らしいです。
忍がハーブの用途に風呂を挙げましたが、オリネシアでは「風呂」では無く「湯浴み」と言います。が、その湯浴みは貴族以上でないと恩恵が無いので民に浸透しているのは「水浴び」。湯浴みという単語は知らない者の方が多く、ミイドには「風呂=湯浴み」とは分かりませんでした。