2-35 烏滸がましいにも程がある
その場で一夜を明かし、イドとミミが寝付いたその間に剣を研く。……まあ、念の為ってやつです。抜剣する事態が起きてなければそれに越したことはないのだし。
『シノブさんは頼まれたら弱いな。特に子供に』
うっ。反論出来ない。
『だって、ね?可愛いじゃない、子供って。そんな存在からのお願いを無下に出来ないし』
『だから厄介事に巻き込まれるんだな。……納得した』
〈うむ。その優しさはシノブの美点ではあるが、同時に欠点なのだ。まあ我はそんな所も気に入っておるがな〉
2人して虐めないで下さいな……。迷惑掛けてるって分かってるから肩身が狭い。
翌日。
皇雅とミイドさんの愛馬に2人を1人ずつ乗せて進む。その時、イド達にお願いしたことがある。自分達はシン国内を旅しているから、誰の下に付くこともしたくないし自由でいたい。だから万が一何かあれば、ストから出ると。その時には、その相手から逃れられるように案内して欲しいって。2人は強く頷いてくれた。
『アストラにも言っておきます。2人より3人の方が良いと思うから』
ストに入り直ぐの所で近くに居た住民へ2人を託し、歩を進めた。そして街中まで来たのが、前話の冒頭に当たるというわけ。
***
『以前はおもてなしも出来ませんでしたからな。お会い出来て嬉しいですよ、お二人方』
『こちらは嬉しくもなんともありませんが。寧ろ災厄です』
本っ当に嬉しくない!!何でまたあの気持ち悪いのと会わなくちゃいけないんだ。
『連れないことを仰らずに。せっかくあなたの為に宴をご用意したのですよ』
『要りません。それよりもまだ人質になっている人達が居るでしょう。解放して下さい』
込み上げる嫌悪感を顔を出さないようにしながら、先ずはイドとミミの大事な人をと思えば、あの男はそのいやらしい笑みを深めた。
『ふふふ……申し訳ありませんが、契約者殿の頼みでもそれは出来ませんよ。あれはあなた方を引き寄せる為の布石なのですから』
『では私もあなたの宴への出席に従う事も、それを聞く筋もありませんね。最も、声すら耳にしたくなどありませんが』
ぴく、と文官の表情が引き攣ったのが見て取れた。いや、本当に嫌だし。容姿どころか声も気持ち悪いってほんと最悪だよ。良い所1つも無い。
『更に言うならその姿も目にしたくなどありません。ストの住民の前に晒して欲しくないですね、彼らの目が汚れます』
ざわりと文官の周りに居る兵がざわめいた。けど、そんな事はどうでも良い。先ずはイド達の大事な人を取り戻さなければ。
『な、な……っ』
血が昇って来てるのか赤くなっていく顔。私は更に言葉を継いだ。
『ですが、人質を全て解放するならば言い分くらい聞いても良いでしょう。どうしますか』
『ふ、ふざけるな!私を何だと思っている、この北地方を任されているのだぞ?!その私の下に付けるのだ、名誉だとは思わんのか!』
『全く思いませんね。不名誉です』
『……っ』
いつの間にかまだ唯一マシだった丁寧な口調が乱れ、唾を飛ばしながら喚く彼に、私の機嫌は更に悪化していく。何が名誉だ、不名誉どころか幾ら大金積まれたとしても待遇が良いとしても、絶対に嫌だ。即答して切り捨てた私の科白に、彼は絶句していた。……何度でも言おう。本当に気持ち悪い。
『何が悲しくてあなたの下に付かなければいけないんです?それに、獣神は曲がりなりにも神です。1地方如きを治めるあなたより格上のはず。違いますか』
彼を見下ろす。目が据わっていくのが分かる。あーもう、こればっかり言ってる気がするけどさ、あの男嫌だ。目がおかしいし。そして皇雅に私の右眼と皇雅の両眼を金瞳にしてもらう。
『只の獣神ですらあなたより格上。ですが契約者が居る者は更にその上をいく。それくらい理解しているのでは?ダミエ・ドル・グルヴェ文官殿。それでも尚私達を手中に収めようとは何と烏滸がましいのですか』
〈良くぞ言うたな、シノブ。誠、文官どころか貴族の風上にも置けぬ輩よ〉
皇雅の鼻息も荒い。ほんと、この最悪な気分をどうしてくれるんだ。責任取ってよ、貴族ならさ。……あ、やっぱり嫌だ。あいつには近寄りたくない。さっと目の前のあいつと兵達を見回して気付いた。ストの門に居た兵士と武具の紋様が違うことに。
と、言うことは。
〈あやつの私兵だ、シノブ〉
私にだけ聞こえる声で、皇雅が答えてくれた。やっぱりそうなんだ。……私兵なんて初めて見たよ。紋様で区別出来るのかー。うん、覚えておこう。そして。
「……見つけた」
ダミエの奥に、あいつの私兵に腕を捕らえられている男子と女子を発見した。恐らくあの子達がイドのお姉さんとミミの仲良しのお兄ちゃん。
『ミイドさん、皇雅。あの子達を保護してもらっても良い?』
『全く……無茶は禁物だからな。後でこってり説教だ』
ミイドさんの苦笑且つ了承を聞いて皇雅の背から降りた私に、私兵とあいつがばっと反応した。私は何故か確信していたんだ。今回は、シダ村の時の様にはならないって。それはきっとあの不思議な声のお陰だと思う。
〈貴女は強い。心も強くなったからきっと大丈夫だ。あの者達を懲らしめておやり。……何人か隣国の者がいる。お気をつけ〉
ほらね。また聞こえた。……って隣国の者って嘘でしょ?!




