幕間 それを起こすは護る為
non side
彼は齎された報告へ目を通し、その端正な顔に不快の色を表した。その色には懸念も見て取れるが、それに気付くことが出来るのは今のところは幼馴染だけだ。
『至急ハッサドを呼べ、部屋へ来いと』
『はっ』
その報告の書簡を持って来た兵へハッサドという男を部屋へ寄越すよう命を下すと、彼は敬礼1つを残して踵を返しどこかへ駆けて行く。自室へ戻った男は執務机の椅子に腰掛けるや書簡を机上へ放る。無意識に握り締めていたらしく、それはぐしゃりと皺が寄っていた。
『どうなさいました?』
程なくして彼、ハッサドはやって来た。至急などと付け加えたからか、急いで来たのだろう。背に纏めた金に似た長い茶髪が少々乱れていた。
『隠密が持って来たものだ。読んで見ろ』
『失礼致します』
少しばかり皺の寄った書簡の初めの数行を繙いた幼馴染。その滅多に変わらぬ表情に驚愕が走った気がした。
『これは……真の事ですか。格上の獣神様が姿を現されたとは』
『あれによれば確かだそうだ。しかもその契約者はまだ未成年らしい。それはまだ良い。問題はその後だ』
獣神の契約者。それはシン国だけでは無い、この世界において一目置かれる存在でもあると言うことだ。一国の王ですら、獣神の契約者に選ばれる事は滅多にない。獣神も生き物であるから当然意思も性格も異なる。そして王側もその者が名君、人格者であるとは限らない。契約者に成りたいと願って成れるものでは決してないのだ。だからこそ契約者は『選ばれし者』として一目置かれるのだから。
もしその契約者が武を鍛える成人の男なら、この2人も顔色を変えることもなかっただろう。更に読み進める彼の表情が読むごとに徐々に厳しくなっていく。
書簡に書かれていた事、それは。
中々姿を見せることが無い獣神の1体が北地方に現れた事から始まり、彼が若者を背に乗せてあちらこちらの関所を渡り歩き旅をしているという、目を疑う事実から偵察を開始した結果、その若者は契約者の関係に在ると判明。立ち寄る先々で賊や盗人などに絡まれることから同じ関所に2日と滞在することはなく、長く滞在したのは北地方第3の関所ダルムとシダ村という小村のみ。シダ村ではその者は大変に好かれており大恩人との事だが……その詳細は不明。隠密がシダ村へ寄った時には既に立ち去った後だったからだ。
そして最重要事項。
オリネシアにおいて一目置かれる存在の契約者、そして敬われるはずの獣神を手中にと狙う者が居るとの報告だった。その者の名はダミエ・ドル・グルヴェ。……北地方を治める四大文官が1人の名が、そこに記されていた。更に隣国からの鼠はダミエと繋がっていると言うではないか。これは王である己と国に反旗を翻したと同意。それだけであれば1軍を差し向けストを包囲し一網打尽にすれば事が済む。だがそこへ獣神が、それも格上が絡めば別だ。何よりも獣神達を護らねばならない。その上であの男と鼠を捕らえられたなら尚良いが。
『……グルヴェ、とは』
あの男は……とハッサドが片眉を顰める。
『あの強欲者だ。隠密によれば現在あやつはストの関所に居る。そして、契約者達はそのストへと向かったとの事だ』
『それは、』
『ああ。あやつの毒牙に掛かるかもしれん。未成年者であれば尚更な。……言いたいことは分かるな?』
『直ぐ兵を召集しストへ急行させます』
『気付かれるな。兵へ厳命を下せ』
『承知しております。保護とグルヴェの捕縛を最優先に。陛下』
シン国国王とその宰相である2人の見解は一致していた。ダミエから獣神達を護らねばならない。何故獣神が未成年者を契約者に選んだかは未だ不明のままだが、未成年者だからこそ保護の対象になる。幸いにもシン国はオリネシアにおいて1、2を争う大国。どろどろに腐った欲に囲まれるまえに、大国の最高権力者の名の下に庇護するのだと。そうすれば彼らは危害に晒されることも無く安全なのだから。
シン国宰相ハッサド・イド・ファリ・ヴェルダニードの行動は速い。
宰相職の他に軍事をも担う役を幼馴染から一任されている彼の命により、千を超す1隊がその日のうちに首都を発った。
それが、忍達がストへ着く5日前の事。
「閑話 鼠」で出て来た2人はシン国国王と宰相という2トップ。忍の事は未成年者という情報しか伝わっていません。隠密(=王直属の諜報部隊)は彼女達に気付かれないように、遠目に後を付けるしか出来ないからです。でもシン国の隠密は各国の中では非常に優秀です。