2-32 ご飯が美味しいって素晴らしい!
『次はどこに向かおうかな』
〈我はシノブが行きたい地で構わぬ。1度ダルムへ戻るも良いとは思うが〉
そうなんだよね。ダルムを飛び出して来ちゃったし、もう1度ダルム兵の皆に会いに行くのもありなんだけどさ。……あの街、居心地が良過ぎるんだよね。ううむ。
『ミイドさんの意見もお聞きしたいのですが、どうでしょう?』
『そうですね。この地から最も近い関所はネイアになります。先ずその地で一休みするのも有りかとは思いますよ』
え。……ネイア、か……。
『皇雅……ネイアだって』
〈うむ。かの地か……無礼者が多き関所であったな。我も気が進まぬが〉
『どうしました?』
不思議そうな顔のミイドさんに当時の事を話すと、穏和な顔が徐々に険しくなっていく。
『北を治めるグルヴェ文官には、今まで余り良い噂は聞きませんでしたが……まさか本当だとは』
『グルヴェ?』
『ええ。北を治める文官の姓です。ダミエ・ドル・グルヴェが彼の名前なのですよ。畏れ多くもシノブさんと獣神様に手を出そうとは……見下げた奴です』
おおぅ……ミイドさんがお怒りです。淡々とした物言いだけど、非常に怒っていらっしゃる。怖いよミイドさん。怒りオーラが見えてますって!
〈……ミイド、怒りを鎮めぬか。我とて思い出すだけで怒り心頭ではあるが、シノブが怯えるではないか〉
『っ、すみません……。確かここより南東にはスト、トーラの関所があるはず。そちらへ行ってみますか?』
『ストトーラ?』
〈……ククッ〉
『ストの関所、トーラの関所。……っ、恐らく近いのはストだと思いますが』
あ、なんだ。ストトーラではないんだね。びっくりした。……皇雅、笑わない!
『皇雅ぁ?』
〈す、すまぬ……2関所を1つに捉えるとは思わなかった〉
見なよミイドさんを!笑わずにいてくれてるじゃんか。ちょっと怪しいけどさ。肩震えてるし。
『しかしストは平地を5日行かねばならない距離です。大丈夫ですか?』
『大丈夫って何がです?』
『野宿を余儀無くされます』
ああ、そういうことか!大丈夫だよ、ミイドさん。もう何度も経験してるから。
『行きましょう!日本ならともかく、オリネシアなら野宿は日常茶飯事でしょう?今はミイドさんも居るし、大丈夫大丈夫!』
彼に安心して下さいな、と笑いかけると笑い返してくれた。
***
『はー、美味しい』
『それは良かった』
シダ村のある廃村郡を抜けて3日。ミイドさんが旅に加わって1番変わったのは食事だ。炊事が大の苦手な私はもちろん野宿での調理が出来るわけもなく、いつも乾物で済ませていた。その乾物だって肉とかだから、ある意味凄い偏った栄養だったんだけど。それが劇的に変わった。
本日の夕飯メニュー。糒とスープ。少ない、味気ないと言わないで欲しい!具は少なくてもすっごく美味しいんだから。ミイドさんは凄い。本当に凄い。男性で料理出来るってポイント高いんだよ。気遣ってくれるし、女っ気の無い私を女性扱いしてくれるし。やばいよね、私より女子力高い。きっともてるんだろうなぁ。……ほんとに何で副隊長辞めて付いて来てくれたんだろう。目下最大の謎だ。うん。
『シダ村で食物や水は多く貰いましたからまだ3、4日は保つはずです。ストに着いたらまた買い求めましょう』
『そうですね!美味しいのあると良いなぁ。あ、ご馳走様でした』
『はい。シノブさんはどうぞ休んで下さい。俺が不寝番をしてますから』
『え。それは』
この3日間ずっとミイドさんが不寝番をしてるのに。お世話になりっぱなしだから今日こそは!って思ってたのにな。
〈甘えておけ、シノブ。ミイドは1関所の副隊長にまでなった男ゆえ、たかだか数日でやられる柔な者では無かろう〉
『そうですよ。シノブさんは女性なんです、男が居る時は甘えても罰は当たりません』
ああ、また女性扱いを……いや、まあ女子だよ、女子だけどね?何て言うかこう、申し訳ないって言うか。だけど、結局眠気には勝てずにこの日もミイドさんに不寝番役を譲ってしまったのだった。
シノブさんは中々に寝るのを渋り、不寝番を俺ばかりにやらせるのは悪いと言っていたが最後はやっぱり眠ってしまった。
気にしなくて良いのに、と強く思う。元々は俺が彼女のそばに居たくて強引に旅に加わったのだ。女の身で野宿なんて平民ですら早々無いのに、『そんなに悪くないですよ』と笑う。異世界の人ということと言い、色々規格外なお人だ。
獣神様に寄り添う形でマトルに包まり横たわる彼女は、未成年らしくどこかあどけなくて可愛い。ああ、ずっと見ていたいな。
〈……シノブは色事には酷く鈍い。行く先は険しいであろうな〉
くっと愉しげに笑う獣神様のお声に、のんびり気長に行くさと思いながら彼女の寝顔を見やる。
オリネシアは広い。……願わくは、彼女が異世界へ戻る方法が無ければ良い。そして俺は、焚いた火に枝を放り込んだ。