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闘神の御娘(旧)  作者: 海陽
2章 北地方
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2-29 闇からの生還

揺蕩う闇の中でずっと泣いていた気がする。……初めて、人を傷付けた。怪我をさせてしまった。あの驚愕と慄きの表情と瞳の色が脳裏から離れない。


「武術を嗜む者がその力を最大限行使する事は許されない。相手が死ぬ可能性が高いからだ。自らそれを理解していながら行使したのだとしたら犯罪以外の何物でもない」


あんなにもじいちゃんから言われてたのに。だから今迄のおじさん達にも気絶までで何とか済ませられていたのに。じいちゃんに合わせる顔もない。ううん、合わせられる訳がない。怒るかな……怒るよね。軽蔑されるかな。されたくないけど仕方ないのかな。


皇雅の声が聞こえるけれど、返す気力が湧かない。駄目なんだよ皇雅……私が戻ったら駄目。私が戻れば、きっとまた誰かを傷付ける。私はこのまま居ない方が良い。居なくなって、消えてしまえば良いんだから……。




〈……かえり〉


更に闇に沈んでしまえば良い、そんな時に途切れながらも聞こえたのは皇雅とは違う声。今迄会った誰とも違う、身体に微かに響く澄んだテノールの声音。


〈見ていた。オリネシアに来てからもずっと。心優しく育ってくれて誠に嬉しい〉


誰?ずっと、見ていた……?


〈その優しさ誠実さゆえの過剰な苦しみ、わたしが貰い受けよう。貴女を待つ者はたくさん居る。皆の元へお戻り……己の善悪を揺るがず持ち続ければきっと大丈夫だから〉


待って、誰なの。そんな声にならない問い掛けに、声の主が柔く微笑った気がした。


わたしは*****。必ず逢える……その時を楽しみにしているよ〉


名乗ってくれたはずの名前は何故か聞き取れなくて、声が遠退き消えてから身体が、頭が心がすうっと軽く憑き物が落ちた気がする。一体誰なのか。どうして私を知っているのか、分からないけれど。とても懐かしくて穏やかな気持ちになれた。


『戻っておいで……』


あれ、これミイドさんの声?……若しかしてシダ村まで追い掛けて来たんだろうか。数日掛かる距離を高が旅人の私なんかを?ダルムの守備は良いのかな。


……ともかく帰ろう。皇雅の所に。



***



何度か瞬きして暫く天井を見つめる。寝具の中で横たわっているのだと分かって、そっと身体を起こした。左には皇雅が座っていて、どうやら寝てるみたい。そして右側の壁の方へ向いて驚いた。壁に凭れ掛かりあぐらをかいてる人が居たから。


「……ミイドさん?」


本当にミイドさんが居る。何故、どうして?彼が居るって事は他にもダルムの兵士達が居るのかな。私は寝具に寝ていたのに彼は座ったままの体勢で、何でここに?

静かな呼吸音にこの人も寝ているのだと思う。灯りの無い部屋、開いた突き上げ窓から差し込む白い光で夜なんだろうと予測を立てる。静寂の中で寝息だけが聞こえた。被っていた寝具の布をそっとミイドさんに被せて、立ち上がると皇雅が身動ぎした。


〈……シノブ?どう、〉


「皇雅……戻って、来たよ」


〈!〉


ぴんと耳が立ち深紅の瞳が大きくなる。ごめんね、と顔を抱き寄せるとべろりと舐められた。皇雅とそっと縁側へ行って腰掛ければ、雨の匂いと濡れた土の匂い、涼やかな空気が心地良い。


「あの日から、何日経ったのかな」


今日こんにちは潤水の15日ゆえ……約3ヶ月といったところであろうな〉


そっか3ヶ月か……ん?え、3ヶ月?!そんなに長い事お世話になってたの、私?!


「ど、どうしよう皇雅……絶対迷惑掛けてるよね?!」


夜だから大声は出せない。だけど分かって欲しいんだ、この動転ぶりを!わたわたおろおろと狼狽える私に、皇雅はまたべろりと頬を舐めてくる。


〈気にするで無いシノブ。そして落ち着くのだ。この3ヶ月、我も村人も皆、シノブの心配だけをしていた。迷惑などと誰一人思うてはおらぬ。……何よりシノブは村人にとっては恩人なのだからな〉


皇雅は縁側に腰掛ける私を包む様に背中側に座り直した。寄り掛かっても良いぞ、との言葉に甘えて彼の腹へ背を預ける。


「……不思議な声を聞いたんだ」


ぽつりと呟く。皇雅の深紅瞳に視線を少し流して、煌々の輝く空の満月を見上げた。はっきりと覚えているテノールボイス。何となくだけど、皇雅にも知っていて欲しいと思ったから。


「……私に「おかえり」って。皆の所へ戻れってその声は言ってた。また逢えるから、その日を楽しみにしているって。名乗ってくれたけど聞き取れなかったんだ」


〈……〉


何故、「おかえり」なんだろう。あったことは無いはずなのに、どうして私を知っている風だったのか。どうして、あの声の主は再会出来ると確信した様に言を継いだのか。謎だ。私は日本でもオリネシアでも、あの声の主とは会ったことは無いはず。


「……私はさ、皇雅。じいちゃんから厳しく言われてきたことがあるんだ。武術を嗜む者が全力でその武力を使ってはいけない。自ら自覚していながら行使したなら罪人だって。……きっとここでは違うんだろうね。それが1番苦しい。日本では罪になることをしなければ、ここでは生き抜いていけないなんて」


〈ニホンとは確か、シノブの世界での住んでいる母国であったな〉


「そう。日本は昔は戦争もしていたけど、今は平和だから。今も帰りたいよ……じいちゃんもきっと心配してる」


じいちゃん。会いたいな。またじいちゃんと稽古もしたいし学校もちゃんと卒業したい。男手ひとつで育ててくれたじいちゃんに恩返しもしたい。だけど……私は人を傷付けた。あんなに口を酸っぱくして言われ続けて来たことを守れなかった。もう、じいちゃんの孫でいられる資格無いのかも、ね……。それでも帰りたいよ、じいちゃん。

そう、感傷に浸っていたけれど。背後から聞こえた科白に一瞬で現実に戻された。


『……シノブ、さん』


いつから、そこに居たの。……ミイドさん。

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