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闘神の御娘(旧)  作者: 海陽
2章 北地方
43/115

2-28 闇の深淵に沈む

non side

敵が居なくなり、ぼんやりと所在なく立ち動かない忍。部下達に賊を任せて彼女に近寄ろうとしたミイドが見たのは、虚ろな目からつうっと頬を伝う涙の筋。


『シノブ、さん……?』


声を掛けることすら躊躇う雰囲気の中で、離れた所から忍の名を呼んだ時。ふらりと視線が彷徨い、彼女の瞳が自分を見た気がしたのだ。


たす、けて。


無言の、胸を引き裂くかの悲鳴をその涙がミイドに訴える。転瞬、忍の身体が地へ崩れ落ちた。操り人形の糸が突然切れた様に何の前触れも無く。地面に腕や肩を強かに打ち付けてもぴくりとも反応しない身体に彼の顔から血の気が引いた。


『シノブさん!!』


〈シノブッ〉


ミイドと皇雅の叫びが重なり、2体同時に動かない体躯へ駆け寄った。皇雅が剣を咥え持ち首に木棒に付いた背に負う為の紐を掛ける。ミイドは背と膝裏を掬い上げて横抱きに忍を抱き上げ、その軽さに驚いた。


『何て軽い……まさか本当に寝食を抜いたのですか?』


〈……シノブがそう強く望んだゆえ。だが聞き届けるべきではなかった〉


皇雅の悔苦は深い。



***



『契約者様は……以前来訪された際に我が村の子らと約束を交わして下さったのです。御自分を憶えていたなら、必ずまた会いに来ると』


〈シノブは人が良い。甘い所もあるが、誠実でおのが約を違えることを嫌うのだ〉


長老でもある村長の家で、皇雅を始めミイドとダルム兵1人、村長とその息子が言を交わす。そこにはアズナの父親の姿もあった。

部屋の片隅に敷かれた寝具に横たわる忍の傍らには皇雅が陣取り、片時も離れまいと寄り添う。時折彼女の頬を鼻先で擦りながらも会話に加わっていた。アズナの父親がこの場に居るのは彼が村人で唯一、一部始終を見ていたからだ。娘を救い、たった1人で賊を打破していく様子を語る。


『……それは正に鬼神の様でした。見たこともない体術を繰り出しながら賊の数を減らしていく……差は天と地もあったと思うのです』


〈……〉


『けれどいつからか、契約者様の様子がおかしいと感じておりました。瞳に光無く、無表情になっていき、涙をずっと流しておられた。足元が覚束無いのに剣を構えることを止めては下さらない。……女性であられるのに』


『やはりおかしいと……。俺も同意見です。全くシノブさんらしくない。俺達が守護するダルムでの彼女は、明るくて打ち解け易い人でした。武は確かに強くはありましたが、こんな様態は初めてです』


その科白に部屋の皆が忍へ視線を向ける。身動き1つせず、けれどたまにその閉眼したままの目から濡れた筋が描く。皇雅がそれを舐め取り辛そうに嘆息するのだ。


『……獣神様。何かご存知なのでは』


皇雅は答えない。答えた所で大切な忍が我が元に戻って来るのは未だ未だ時間が掛かるだろう。側に寄り添い待つ事しか出来ない己が恨めしい。何故我は馬なのか、と。


忍の心は深い闇に堕ち彷徨ったままだ。旅の合間に語ってくれた。ニホンと言う彼女の母国では、相手が何者であろうと人間を傷付ければ罪に問われる。徹底して殺人を厭う国であったのだと。戦争も遠い昔や他国の話でしかなく、そんな平和な時代に生まれた故に刃物で傷付ける事はとても抵抗がある。それだからこそ、今迄どんなに盗人に絡まれようと気絶か自身の逃走までに留めてきたのだ。だが1日半というこの短期間で自身の操る剣で大勢を傷付けた。死にこそしていないが、殆どの賊の手脚が使い物にならなくなってしまった。

忍にとっては、その相手が賊だから怪我させても良いということにはならない。思考がオリネシアの者とは異なる。


〈……シノブの心は此度の戦闘でひび割れ砕け、闇の深淵に沈んでしまった。元に戻るには多くのときが必要になるであろうな〉


『心、ですか?』


〈うむ。我がシノブの母国では、殺人は何よりも厭われる事であったのだ。武器の携帯すら禁じられている。争いは元より戦など遠い昔の時事、歴史上の事でしかなかったと言っておった。それでも望まぬ剣を振るうたのは村の子らとの約を違えぬ為、村の者を死なせぬ為と。平和な国で生まれ育ったが故、尚の事苦しんだのだ〉


助けて、と。

あの時、そう自分を見たのは間違いではなかった。ミイドもまた悔やんでいた。成人もしていない女の身で、やはり耐えられるはずがなかったのだ。縛ってでも止めるべきだった。そうすれば、彼女自身が壊れることを避けられたかもしれなかったのに。





更に2日経ち、漸くシロム兵が到着した。何故ダルムの副隊長と兵が?!と一悶着あったものの、忍の事と一部始終を知ると目を見張り代表の者が見舞いをしに村長の家に訪れたのだった。シロムで手を焼かされていた悪党共を忍が打ち負かしてくれ拿捕出来た事に、感謝を述べていた。


賊共を連れて行くシロム兵に続きダルム兵も村から引き上げて行くのを、村人総出で見送る。だがその中にミイドと皇雅、忍の姿はない。


数日、1週間と経てども彼女は目覚めず、目を覚ましたのは終息し倒れてから2週間近くが経っていた。その間水を含ませる事しか出来なかった身体は更に軽くなり、目覚めてからも何かを食べられるようになったのはそれから5日程後だった。

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