2-27 終結
戦闘描写有り。
non side
背に木棒、右手に剣を構え賊らと対峙する。時に皇雅がその強靭な脚で蹴り飛ばし踏み付け、人馬一体の動きは敵を倒す酷なものでありながら美しくもあった。忍が持つ剣は真剣であり、彼女用にダルムの職人が心を砕き仕上げたもの。一般の兵達が持つそれよりも軽量且つ細刃な代物だ。しかし斬れ味は劣ることはない。
本当なら剣なんて使いたくはなかった。幾ら悪人だろうと傷付けたくなんてないのに……っ。
剣を馬上で閃かせながら、忍は葛藤していた。自分は平和な時代に生まれた日本人だ。戦いなんて、テレビで、本で知るだけの遠い出来事でしかない。それなのに今、自分は戦い相手を倒している。目の前で自分の振るう剣によって相手が血を散らしている。……日本では殺人罪のこれは、きっとこのオリネシアでは罪に問われることもないのだろう。
その思考が徐々に忍を蝕んでいく。良心の呵責と村人の為という名分の合間で揺れ動き、感情が擦り減り消えていった。
娘をきつく腕に抱く父親の彼は見た。
未成年者、しかも女とは思えない恐ろしい速さと強さで賊らを伸していく忍の暗い眼から涙が流れているのを。
何故、どうして。
そんな疑問はある。獣神様方は今頃はこの国のどこか違う土地に、このシダ村から遠く離れた地に居ると思っていた。それなのに襲撃を受けた翌日にシダ村へ駆けて来たのは何故。たった1人で、暴悪な賊共に立ち向かって行くのは何故?どうしてこんな小さな村の為に。
皇雅から降りて別行動に入る獣神と契約者の姿を、家壁に身を預けたまま動くことも出来ず傍観する。
見たこともない武術で体勢を崩させ、右手に真剣を光らせ腕脚を斬りつける。蹴り、跳ね、回転し剣撃を加えては俊敏な動きで捌いていく。
ぱぱっと血吹きが地に飛ぶ。
脚の腱を斬られた男が苦悶に唸りを上げ転げ回ったかと思えば、別の賊は顎に下から蹴りを食らい卒倒した。腕の腱を斬られた者は手元の武器を持ち続けらずに落として茫然とした。腹へ回し蹴りを食らい倒れた男は頭部の直横を猛る皇雅が足場にした為戦意喪失。
この時、既に忍には彼女自身の思考は無く、感情も無に極めて近い状態にあった。それなのに賊共の相手をし対等に渡り合っているのは、いわゆる本能。己でも気付かない自身の深淵に潜んでいた、忍の本来の戦闘能力が引き出されているからに他ならなかった。無我の境地に僅かに残った心が彼女に涙を流させる。鬼神の如き強さで敵を捌きながら、無表情な頬に透明な涙を見せる様は異様な光景だった。
***
ぎりぎりで間に合い、アズナを助けて始まった征伐。忍VS賊の相対は更に1日が経過。その頃には忍に本人の意思は無く、操り人形の様に戦闘本能に従い動くだけになっていた。時折ふらりとよろめくも賊の生き残りへ剣を構える姿は、宛ら未練に執着する亡者の様で薄ら恐ろしさを感じる程だ。倒れないのが不思議でさえある。
〈シノブッ……もう良い、もう止めよ!壊れてしまう……〉
皇雅は忍の側で彼女を護りつつ悲痛な叫びを上げた。忍は只の契約者ではない、己の大切な者だ。その者の自我が薄れ消えていくのを感じていた。良心の呵責に苦しみ、それでも村を護る為に望まぬ剣を振るい、賊共を倒す度に心がひび割れ欠けていく。それが目に見えるより明確に伝わるのだから。
ミイド率いるダルム兵1隊がシダ村へ到達したのはその日の夕方。陽が傾き茜に染まりつつあった頃だ。忍と皇雅がたった1日で走破した道程だが、彼らは最小限の休憩だけで駆け続けても2日近く掛かった。表に出さぬ様にしてはいても疲労が垣間見える兵達の顔色。だがその疲労色は面前に広がる景色に驚愕へと変わった。
『これは……』
『副隊長、……ここで一体何が』
忍を村人を助けにと辿り着いた当村内に散らばるのは、腕や脚を負傷し動けず倒れる賊共の図体。衣服のあちこちに血が滲み、現れた新敵をその眼に映すも戦意は微塵も感じなかった。いや、それどころかその瞳には諦めや恐怖すら見える。一体このシダ村で何が。それよりも忍は無事なのか。
警戒しながら槍や剣を構え進めば前方で怒りを含む騒ぎが耳に入る。走り急ぎ、その先に視界に飛び込んできたのは忍と彼女を取り囲む賊の残党。
それは異常な光景だった。つい2日前まで見ていた明るく好感的な忍の面影は何処にもない。無表情な顔、光を遮断した暗く濁った瞳。返り血を受けまだらに赤染みが付着した衣。木棒ではなく剣を構える姿。そのどれもが今迄に見、記憶する彼女からかけ離れたものだ。
息絶え絶えというわけではない。なのに足元はどこか頼り無くふらつき、それでも賊に切先を構え向かって行く。……おかしい。いつものシノブさんではない!
その直感を掻き消すような賊の怒気と唸りに、足が止まっていたことに気付いたミイドが剣を構え、正面へ振り下ろし叫ぶ。
『っ!構え、突撃っ!!』
『おおっ!』
『な、兵だと?!っ、やっちまえっ!!』
その後は瞬く間に決着が付いた。疲労があるとはいえ、武を鍛えた兵士と成り崩れの賊では格が違う。首領を始めとする賊共は全て捕縛され、蔵で必死の抵抗をしていた村人達は危機からの解放、保護された。
最後の生き残り以外は皆何処かしらの腱を斬られ、使い物にならなくなっていた。だが死者は1人として居なかった。