2-26 一筋の希望
non side
ダルムで忍がシダ村襲撃の報告を受けたのと同刻。そのシダ村では賊の来襲に戦慄していた。シダ村は村人総数が100人に満たない村なのだ。更に言うなれば戦力となる若い男はほんの一握り。子供と壮年以上が大半を占める村が、武力を良しとする賊100人以上に抗えるはずがない。何よりシダ村には戦い方を知る者が居ないのだから。
数少ない馬に極数人しか居ない騎乗出来る若男を、シロムの関所へ送り出したが無事で居るのかどうか。賊に見つかっていないかも心配だったが、シロムが助けに来てくれる可能性も薄いと村の長老達は思っていた。廃村に紛れた小さな村なぞ1日も持つまい。そんな村を数日掛けてまで救援に来てくれるとは思えない。
そんな絶望に似た思考の中で、大人達の心を唯一折らずにいてくれた者が居る。数ヶ月前、会うことすら稀有な獣神と共に村に滞在していった契約者である未成年の女性ーーー忍だ。契約者という敬われる存在であるにも関わらず、尊大な所も無く我が子我が孫らと遊び名を覚えてくれた。『必ずまた来るよ』と約束を交わしてくれた。その場のみの形約束だとしてもその存在はとても大きく、小村の支えとしては十分過ぎる程だったのだ。
***
『突き破れぇっ!奴らを引き出せ!』
『『おお!』』
『蔵さえ破れば食料は俺達のものだぁっ』
村人のほぼ全てが村唯一の蔵に籠城し、武力は無いながらも必死に賊から持ち堪え1日が経過した。外では賊共の掛け声と共に、蔵の扉を破壊しようとする強さを増していく振動が如実に伝えてくる。
この蔵に居ない村人は6人。1人はシロムへ走らせた若男だ。3人は祖父母と孫で、自分の家に逃げ込んでしまったことで孤立していた。そしてあとの2人は……アズナとその父親。蔵に向かっていたのだが駆け込み遅れてしまい、家々の陰で息と身を潜めるのが精一杯だった。今、村で最も危険なのはこの父娘。長老達も助けに行きたかったが、到底無理な話である。2人を助けるか蔵の大勢の村人の安全を優先するか。答は後者だ。
『アズナ……、絶対に声を出してはいけないよ。泣いてもいけない。見つかれば殺される』
『……っ』
こくこく首肯する幼い娘を胸に抱き締めたまま、アズナの父親は自身も恐ろしさで震える身体を止められなかった。1日目は何とか凌げたが、すぐそこに凶暴な賊共がいる。見つかればどうなることか。このまま気付かなければ良い……そんな切な願いも虚しく、村を物色していた賊の1人に発見されてしまったのだ。
『こんなとこに隠れてる奴が居やがったか。……しかも餓鬼持ちだ?おい、来やがれ!』
『や、やめてくれっ。アズナは、アズナだけは!!』
悲痛な叫びも意に介さない賊の男にアズナを引き剥がされる。妻に先立たれた父親の彼にとって、娘のアズナは唯一残された形見であり何物にも代え難い宝。それを奪われ、慟哭した直後だった。
奇跡が起きたのは。
『かはっ』
『っ?!』
ドドドドドと重い地響きが聞こえた刹那。娘を奪った男が呻きと同時に地に伏せたのだ。
『お、おとーさっ……!』
『アズナ!!』
解放された娘を抱き寄せるとその温もりと無事を確かめて、彼は膝を着いたまま目前に聳える影を見上げた。初めは昼過ぎの逆光で漆黒の輪郭しか解らなかった。が、慣れてくるとその正体に唖然とし、くしゃりと表情を歪ませる。
『あ……あぁ、』
ここに居るはずがない、かの契約者の姿。そしてそう幾度も目にすることはないはずの雄々しい獣神がそこに存在した。
『あなたは……』
『話は後。アズナ、目と耳を塞ぎ良いと言うまで見ては駄目!』
凛とした声に、父親は娘の顔を胸に両手で耳を覆う。我が子を抱き寄せ1軒の家の壁に身を寄せた彼が見たのは、獣神皇雅に跨り賊へと駆けて行く忍の後ろ姿だった。




