4 獣神様、らしい。
〈 〉は彼らの言葉です。念話でもあります。
青毛のその馬は成体みたいで、けれど私が見たことがある大人の馬よりも2周り程体躯が大きかった。
「綺麗……」
思わず漏れていた。乗ったことは1度も無いけれど、私は動物の中で1番馬が好きだったから、目前の艶やかな毛並みの馬に見惚れてしまっていたんだ。
『な、何で頭下げねえんだっ』
『恐ろしや、獣神様がお出でになるなんて……』
「……??」
村人さん達は皆、何やらぶつぶつ言って震えてる。そりゃあ普通の馬よりは体躯が大きいけどさ、何でそんなに震えるんだろう。
「こんなに綺麗なのにね」
うっとりしながら艶やかな鼻面を撫でてやると、更に村人さん達の慄く声が。
〈我を綺麗と言うか〉
不意に、そんな科白が頭に響いた。ふっと笑ったような声音で。
「?」
つい、辺りを見回した。だってちゃんと日本語で聞こえたから。……それにしても今の何?我をって誰のこと?私は馬が綺麗だとは言ったけど、人は褒めて無いのに。
〈こちらを向け。お前は我を綺麗と言ったであろう?〉
我を綺麗と言った……ってこの馬?!馬が喋った!?
「喋った、の?」
〈当然だ、我を何だと思っておるのだ〉
馬に呆れたと言わんばかりに鼻を鳴らされ、また村人さん達が怯えた様に頭を下げる。
「馬?としか言いようが無いけど……」
〈我は獣神だ。只の馬である筈がなかろう〉
「獣、神って……神様って事?」
〈そうだ〉
そうだ、って言われてもねえ。俄かには信じ難い。でも普通は馬というか動物が喋るわけが無いし、と言うことはこの馬は特別なんだろう。私はそう何とか自分を納得させるしかなかった。だってここに来たばかりで、おじさん達とは戦うし、予想外なことばかりだったんだもん。
「1つ、良いですか?」
〈許そう。何だ〉
「ここはどこですか?」
〈……それはこの国と言うことか?それともこの世界のことか〉
「出来れば両方……」
深紅の眼がじっと私を見つめる。……あ、まつ毛長いんだ。良いなぁ。
〈……まあ良い、両方とも答えてやろう。この世界はオリネシアと呼ばれている。それはこの世界が創造されてから1度たりとも変わったことは無い。この国は今はシン国と言う名だ〉
「シン国……。今は?」
〈国は永き時代の流れの内で、幾度も姿を名を変えて来たのでな〉
聞いたことの無い国の名前。聞いたことの無い世界。幾度も姿や名前を変えて来たって事は、国同士の戦いだってあるんだと想像がついた。そっか……やっぱり私の居た世界、日本や地球とは違うんだね。薄々分かっては居たけれど、どこかで現実逃避していたんだろう。着ている服装だって違うし言葉も通じないのに、それでも、って。
〈お前の問には答えた。次は我が問わせてもらうが良いか〉
その科白に、俯きかけていた顔を上げるとばちっと瞳が合った。
〈お前の名は何と言う?〉
「……五十嵐忍です」
〈シノブというのか。……先程の戦い、見ていたぞ。中々見事な腕であったな〉
「はあ」
〈だが何故その者らと言を交わさぬ〉
「通じないんです。あなたとは通じるのに、彼らの言葉は解らない。何を言っているのかもさっぱり……だから想像で何を言っているのかを考えるしかないんです」
獣神である青毛の馬の彼には、忍の科白はシン国の言語で伝わっています。だから村人さん達と会話出来ないのが分からなかったんです。