幕間‐2 年上男の初恋 2
ミイドside
詰所内に聳える木に飛び付いたと思えばするすると登っていく。幹のでこぼこを巧みに利用しある程度の高さの枝へ腰掛ける。あんなに俺から逃げ回ってたくせに、見下ろすと明るく声を降らすんだ。
『ミイドさんも涼みませんか?涼しいですよー』
一気に気が抜けた。1度がっくりと首を落としてから幹へと手を掛ける。あれだけ逃げたのは一体何だったんだ。
『何故逃げたんですか』
太い枝に並んで座ると、彼女は『……何となく?』と気まずげな苦笑を漏らす。
『言ったらまずいことでも言ったのかなぁ、と』
それはきっとあの修学の事だろう。今の言が、俺が何者なのかと思考した時の表情を読み取ったことを告げる。ああ、聡い娘なのだなと再認識した。
『俺はミイド・タドラと申します。……あなたのお名前をお聞かせ願えませんか?』
少しの沈黙すら所在無くて、咄嗟に出たのが自分の名前。余裕があまり無い俺に、彼女はきょとんとしたが直ぐに笑みを見せ答えてくれた。『シノブと言います』と。訳あって家名は名乗れないと謝られたが、名が分かっただけでもとても嬉しかった。
『それで『こうこうせい』とは一体?』
『私の国では、義務として7の齢から小学校、13の齢からは中学校という学び舎へ学問を受けにほぼ毎日通うんです。修学後は義務ではないですが、余程の理由が無い限り高校へ進み3年間学びます。私はその高校の2年生でした』
と言うことは。義務とは言えど彼女は9年……いや、今は“こうこう”の2年目だったと言ったから学問を受け11年だと言うことになる。彼女の国は進んでいる様だ、色々と。
『……もう、高校生ではないかもしれない。2度と母国には、祖父の元には帰れないかもしれない。帰りたいけど……』
哀しげな彼女の呟きは、静かな樹上でははっきりと耳に届く。『こうこうせい』ではない?国に、家族の元に帰れない……帰りたいと望んでも。どういう意味だと聞こうにも余りに哀愁漂う声音に聞けず。俺が理解したのはただ、泣きそうな横顔の彼女に胸が酷く苦しくなったということだけだった。
『……シノブ、さん』
少し掠れてしまった俺の声にぴくりと反応する身体をそっと引き寄せる。13も年下の女性に、恋人でも家族でもないのにこんな事をするなんて男のすることではないだろう。けれど泣きそうで泣かない彼女を、護りたいと思った。彼女は恐らく俺よりも強いだろうが、けれどそうせずには居られなかった。無意識にした行動に俺は自覚したんだ。この娘が好きなのだと。
『どんな事情があるのかは分かりません。けれどそんな顔を見せられて平常で居られる程、俺は堅物じゃないんですよ』
枝の上という不安定な場所だからか、大人しくなった彼女のくせが強い髪を幾度もなく撫でる。俺の好意は今ここで言うべきではない。彼女はきっと困るだろうから。少しして落ち着いた彼女に名呼びを乞い、暫く話をした。これからどう過ごして行くつもりなのか、連れを作らないのか。得意な事苦手な事、俺の事も。明日もまた話したい。そうさり気なく伝えた俺に、シノブさんは頷いてくれた。夜番の部下達の目を掻い潜りながら部屋へと彼女を送り届ければ、『隠れんぼをしているみたいだ』と楽し気に笑う。
その『かくれんぼ』なるものも、明日教えてもらおう。シノブさんを部屋へ送り届けて自室の床へ潜り込んだ俺の胸内は、味わったことのない暖かさで満たされていた。
次話は出て来た登場人物とオリネシアの地図を載せます。必ず読んで!と言うものではないです。気が向かれたらお目通し下さい。