幕間-1 規格外な旅人
関所ダルムの隊長side
このオリネシアの大国の1つであるシン国。シン国はその広大さ故に5つの地方に分かれている。首都アトゥルを中心に東西南北に地方に分かれ、各地方を文官が首都アトゥルでシン国国王の我らが陛下から拝命を受けて治めている。そして北地方でも第3の関所と言われるのがこのダルムだ。
俺、ダス・イルゥダは北地方の中でもアトゥルに近いこのダルムを任された。首都に近いこともあるのかダルムは規模がそれなりに大きいのだが、至極平穏な街でもある。関所1つを守護する隊長になったのは間違い無く出世だ。だが、こうも平和だと腕が鈍るのが心配だった。
就任して1年のある日。近隣の関所であるミカスの関所から1つの便りが届いた。ミカスの隊長は俺の知合いで、時折何かあればこうして馬を飛ばしてくれる。そうして受け取った中には、ある旅人の事が記されていた。
シロムの関所にて発行された通過札を持った細身の旅人が通過した、と。旅人なら少なからず居る。ところがその旅人は馬を所持しているとあって驚いた。馬は官職持ちで無いと乗れないし持てないからだ。馬1頭を養うだけで金が掛かるし、先ず騎乗出来なければ意味が無い。要は高価なのだ、馬は。その馬を旅人如きが持てるはずが無いし、その馬もあり得ない程巨体だったと書かれているのだから驚くのも当たり前だ。
しかもその旅人が腕が立つようだと記されていた。ミカスの街で兵達が手を焼かされていた盗人。住民に手を出したそいつらを通り掛かったその旅人が倒したという。見たことも無い武術を操り瞬殺だったらしいと言うのは住民達からの報告だそうだ。恐らくこのダルムも通るだろうと教えてくれた。
面白いと思った。
この平和な街で、己の武力でこの官職に就いた俺には面白い事が無かったから。だから部下にその旅人が来たら詰所へ連れて来るように命を出したのだ。
***
部下に連れて来られたその旅人がどれ程腕が立つのか、興味本位で彼が自分の幕舎に足を踏み入れた瞬間を狙って剣撃を入れてみた。勿論、両刃を潰した訓練用の剣でだけどな。
素人に避けれる筈は無いと高を括っていた。が、彼は俺達には真似出来ないような身軽さで避けて見せた。後方に背を反らせ回転するなんて早々出来るもんじゃ無い。幕舎内の俺に向かって睨んで来るのはまあ、仕方が無い。
『さて、2撃目はどうかな?』
面白い避け方をした彼に、楽しくなってそう声を掛ける。彼は吃驚していたが悪いな、続けさせてもらいたい。
最後には俺が勝つだろう。
そう、思っていたのに。
男にしては細いその身で繰り出されるのは、見たことも聞いたことも無い武術。
容赦無く俺の利き手に蹴りを入れ、時折軽く跳躍しつつ脇腹や背、腹へと自分自身を回転させながら脚技を出して来る。予想が付かない攻撃に、俺はそれに剣の腹で防御するのが精一杯。それなのに彼は何か叫ぶと背にあった自身の武器であるはずの木棒を後方に放った。焦りでぶんっと横に剣を薙ぎ払えば、また跳躍して距離を取って着地する。その表情に焦りも怯えも何も伺えなかった。
やばい。何なんだあの武術!
はぁ、はっと荒く乱れ気味の息を整える暇も無く、彼は俺に向かって来る。咄嗟に前に剣を構えたが、彼の跳ぶと同時に放たれた蹴りで手から剣が離れてしまった。その上懐に入られてしまったんだ。
『終わりにさせて下さいね』
間近で告げられた声は、まるで少年みたいだった。にっこり笑った彼が悪神に見えて怖くなった。隊長である俺が!
そして。
彼の掛け声と共に腕ごと持ち上げられたと思った須臾の間。
『……ッ!!』
俺は、背から地へと叩きつけられていた。打ち据えた背や尻がじんじんと痛い。本当容赦無い……って言うか何であんなに強いんだ!しかも俺が、負けた?!あんな細身の、鍛えてなさそうな男に?
旅の連れらしい馬へ近寄っていた彼を呼び止める。馬は確かに巨体だった。俺の持つ成体の馬よりもでかい。華奢な彼が更に小柄に見える程に。何者だと問えば、冷笑されて問い直された。
『ダルムに着いて何もしていないのに突然詰所に連行された挙句、いきなり攻撃された私は一体何をした罪で連れて来られたんでしょうか?私からは一切手は出していないのに、何故有無を言わさず2度も剣を向けられたのでしょう?』
今更ながら気付いた事実。俺は自分の楽しみを優先した。旅人である彼は何も罪を犯していないのに、いきなり俺からの攻撃を受ける羽目になったんだ。……怒って当然だ。言い訳がましいが必死に彼に言葉を返す。そして放たれたその科白に、俺は耳を疑った。
『男に負けたなら未だしも、女に負けて言い訳なんてみっともないですよ』
……え?女?女って言ったのか?女なのに何故武術を習得してるんだ?!おかしいだろ!
混乱してる俺を他所に淡々と言を紡ぐ旅人は、家族の馬を巨体の馬と言うなと告げると木棒を背に戻して軽く姿勢を正した。そして俺達に頭を下げたのだ。
『兵士の皆さん、お騒がせしてすみませんでした。彼が何者なのかは知りませんが、異性に挑むのは辞めるようお伝え願います。それでは失礼します』
俺が目の前に居るのにも関わらず、部下達にそう頼んで背を向ける。それを皆呆然と身送るしかも出来なかった。
長くなるので分けます。