2-15 野宿も怖くはないのですよ
今だってそうだ。本当はあの街に泊まっていきたかったのに、紅涼の季節に最低限必要な衣服と食料しか買うことしかできなかったのだ。原因は後ろ数十mに私達を付けて来ているおじさん達。発端は、彼らが昼間軽食屋さんで働いている女性にちょっかい出していた事。
余りにたちが悪かったから、嫌がっている彼女から引き離すついでに表路に向かって背負い投げをお見舞いしてあげたのだ。けれど、それが悪手だった。
〈シノブ見るな。我が留意している故、気にかけなくとも良い。シノブの瞳が汚れる〉
不機嫌そうに唸る皇雅に、私は背後を伺うのを辞めた。汚れるって………皇雅もやっぱり辟易してたんだね。まだ仄かな明るさだった日没後の時間は、だんだん闇に包まれていく。そして辺りの木々が濃紺の影と化した時、事態は急変した。ずっと後ろに付けて来ていた彼らがざざざっと駆けて来たのだ。音を立てていることから、気配を隠す気はないらしい。
〈シノブは我が背に。そして姿勢を我に沿う様に屈めておれ。我が脚であやつらを引き離す。闇に紛れて狙う輩に付き合うことなどないのだからな〉
「うん」
首を下げた皇雅の鬣を掴み地を蹴る。もう彼の背に乗る事なんて朝飯前だ。こうも経験を積めば乗馬技術も武術も向上するに決まっている。無論野宿技術もレベルアップした。お陰で絡んで来る人達には負けたことが無い。あ、勿論今みたいに逃げることもあるよ?TPOは大切なんだから。けれどそれは昼間の話であって。闇を駆けたことは無い。
「皇雅、暗いけど大丈夫なの?」
駆け出した皇雅に尋ねれば、ふっと笑ったのだ。それも楽しそうに。
〈我ら獣神は夜目が利くのだ。我にはシノブがおる故、昼間を見聞するのと何ら変わりは無い。心配は無用だ〉
「へ、へぇ」
夜目が利く。それはまた便利な……。しかも自分には私が居るから、って皇雅は言った。てことは契約者が居る獣神は夜目能力が更に強いって事だよね?ほんと何でもありなんだね、獣神って。ぱっとそんな事を頭に掠めさせつつ、取り敢えず皇雅から落ち無いように身を伏せる。
襲歩で迷い無く森を掛けていく彼にしがみ付く。時に何かが頭上や背を掠め、何かを飛び越す。風を切る背後で何か声らしき音が聞こえたけれど、それも次第に遠くなり消えてしまった。けれど皇雅は脚を止めない。ずっと駆け続け、〈もう良いぞ〉と掛けられてから開眼したけれど、何だか代わり映えがしない。
「え、あれ?ここは……」
〈あの森を抜けてから方位を変えて入った別の森だ。この辺りは森が点在しているのだ。あやつらには我らがどの森へ潜んだかわかるまい。あの森からは幾分離れておるからな〉
「そうなんだ、ありがとう皇雅。今晩も野宿だけど、それなら安心して寝れるね」
〈うむ。万一にも何かあれば起こす故、安心しておけ〉
「うん」
既にもう辺りは暗闇。でも怖くはない。皇雅は本当頼もしいんだから!
目印に成りかねないから火は焚けないけど、座った皇雅の隣でダルタから干物の食料を1つお腹に仕舞い横になった。無数に伸びる枝葉の隙間からは満天の星空が垣間見える。厚手の男物の上衣を毛布代わりに、私は目を閉じたのだった。