2-9 短期滞在決定!
「……」
〈シノブ。どうしたのだ〉
「……すっごく視線を感じるんだけど」
〈それは仕方無いのではないか?街の者ですら我らを目にすることは無いのだ、村人であれば尚更なのだろう〉
質素な、と言われても私には結構なおもてなしの料理を振舞われてそれを頂いている間。ずっと複数の視線を扉口から感じていた。私と扉口の間には皇雅が座っているから、若しかしたら皇雅に向けての視線かもしれないけど。その視線が皇雅にだけ向けられてるなら、そこまで気にしなかった。何たって皇雅だからね。獣神ってこともそうだけど、そこらの馬とは別格の毛並みと体躯を誇る美丈夫なんだから!
『ご馳走様でした。とても美味しかったです』
『とんでもございません!契約者様に残さず食して頂けて、こんなに嬉しいことはございません』
最上級の褒め言葉を貰ったと言わんばかりに頭を下げる村長さん。あの老人の彼はこの村の村長だったんだ、ってことは食事の最中に聞かされた。大袈裟だなぁ。美味しい晩ご飯食べさせて貰って、お礼言っただけなのに。しかも泊めさせてもらえるんだよ?頭を下げるのはこっちなのにな。こんなに敬われて、今更何だか下げにくいと言うかなんと言うか。私には何の威力も威光も無いのに。
で、だ。
一際キラキラした視線を感じるんですよ。皇雅は知らん振りしてるし。流石にこれは私でも分かる。この視線は彼じゃ無くて私に向いてるんだってことは。
『あっ。こら、アズナ!』
扉口からのその慌てた叱咤に『ん?』と目を向ければ。幼い女の子がこっちに近付いて来てた。ああ、あのキラキラ視線はこの子のかー。
『……おにーちゃ、ぎゅー』
え。ぎゅー?というかおにーちゃ、って……お兄ちゃんって言いたかったの、この子。
〈幼子でも許せぬぞ……〉
皇雅の唸りに周りの人達が震えたから、こら、とぺちりと頭を叩く。
『こんなちっちゃい子に何言ってんの、皇雅。……アズナ、って言うの?』
『っ。う、ん』
皇雅にびくっとしながらも頷く彼女に、兎にも角にも訂正する。
『私さ、お兄ちゃんじゃないんだよ。出来ればお姉ちゃんって呼んで欲しいんだけどな。お姉ちゃんでも良ければぎゅーしてあげる』
その途端の輝いた顔と言ったら!そんなに嬉しいの?ってくらいに満面に笑みを浮かべた。もちろんぎゅーしてあげたよ?こんなに嬉しそうな表情の子を前に、お願いを聞いてあげない人がいたら鬼だ、Sだ。
『おねーちゃ!』
ん、の発音はまだ上手くないらしい。一人っ子だったからねー、何だかむず痒いけど素直に嬉しいな。妹が出来たみたい。この幼い子特有の舌ったらずの科白がまた可愛い!
周りじゃ私が男じゃ無かったことと、アズナって言うこの子が契約者の私に抱っこをお願いしたことに狼狽えおろおろしていて。
『ア、アズナ……』
特にこの子のお父さんらしき男性は酷い狼狽様だ。真っ青って正にこれだよね。上がって貰っても良いですか、と目に乗せて聞けば、村長さん達はこくこくと首肯する。……そんなに怯えないでよ。
『あのー……アズナ、のお父さん?』
あ。面白いくらいにびくうっと震えたよ、あの人。ちょいちょいと手招きすれば恐る恐るそばに来る。
〈全く、シノブも人が悪いな〉
呆れと苦笑が混じる歎息。人聞きの悪いこと言わないでよ、皇雅。明り取りの蝋燭や囲炉裏の近くで見れば、アズナのお父さんはまだ若い人だった。見てて可哀想なくらいに娘の行動におろおろしていた。
「皇雅、1日くらい良いよね」
〈シノブがそれで良ければ我も構わぬ。別段急ぐ旅でも無いからな〉
よし。短期滞在決定!
『アズナ、今日はお父さんとお家に帰ろうか』
『やだ!』
『アズナ!獣神様方の前で何を言うんだっ』
お父さんの声はもう悲鳴に近い。と言うか泣きそう……な?
『ほら、だってもう外も暗いし。アズナだって晩ご飯食べないと。アズナがお願い聞いてくれたらお姉ちゃん嬉しいなー』
やんわり、だけどしっかりお願いしましたよ、ええ。特に『お姉ちゃん』を強調して。
『だって、だって……あした、おねーちゃ、行っちゃう!』
ありゃ。若しかしなくても懐かれた?皇雅に無言で意見を求めれば、〈良かったでは無いか、嫌われるよりは〉と返って来た。
『村長さん。明日もお世話になることは出来ますか?』
『え?!ええ、勿論ですとも!』
『と言うわけで、アズナ?お姉ちゃん明日もこの村に居るからさ。だからまた明日会えるよー』
『そ、そんな、娘のせいで契約者様と獣神様を煩わせるなんて……っ』
あ、蒼い顔が白くなった。別に良いのに、気にしなくても。
『急ぐ旅でも無いですし。この村の皆さんは優しそうですから私の意思で滞在許可をお願いしました。この子の所為ではありませんから、どうか怒らないでやって下さい』
何てお優しいのでしょう、と恍惚と聞こえたのは聞かなかった事にしておく。そうしてアズナを宥め、夜を明かしたのだった。