2-5 訂正は、しておかないと……ね?
〈ふむ、良かったではないか〉
「……良かったは良かったよ、そりゃ。お金が無いと何も出来ないだろうし」
でもさ。あの大奥様に貰った服って凄く布の触り心地が良いの。今着てるやつだって仕立てて貰った騎乗し易い男物だし。絶対良い布使ってる気がする。隣を歩く少年に感づかれないように、皇雅とぼそりと交わす。少年は大奥様から2アルンほど休憩を貰ったんだ、と私達にネイアの街を案内してくれるらしい。
『大奥様がお兄さんに感謝をまた伝えておいてくれって言ってたんだ!ネイアにまた寄った時は訪ねてくれって』
『そ、そう?それはありがとう』
ああ、どうしようか。今更彼に女ですとは言い辛いなぁ。でも多分、あの厳格そうな大奥様に私を男だと思ってるってバレたらこの子叱られるよね?それは避けたい。うーん……どうしたもんか。悶々と考えてるうちに飲食店が並ぶ通りに来た私達。
『お兄さん、何か食えないものとかある?どれも美味いんだけどさ』
『大概は食べれるかな。でも激辛とかは無理』
『そっか、じゃああの店に行こう!俺のおすすめなんだ』
ぐいぐい引っ張られて屋台っぽい店に近寄ると、恰幅の良いおじさんが白っぽいパンみたいなのを焼いていた。
『おっちゃん、バリを2つくれよ』
『お、ダナか。はいよ、4レフな』
テンポ良く会話が飛び交い、少年は受け取ったそれを1つ私にくれた。
『はい。美味いんだよ、ここのバリ』
彼がバリと呼んだ、野菜や肉らしい物をパンに包んだこれ。どう見てもこれは。
『……トルティーヤ?』
『違うよ、バリだってば。これなら食べ歩きも出来るしさ、結構腹持ちも良いんだ』
そう言うと早速被りついたのを見て、私もバリを口にする。
『美味しい!』
『だろ?お兄さんが食べ終えたらネイアを案内するよ!』
中の鶏っぽいのはやっぱり味は鶏肉で、甘辛いタレがとても合っていた。ただ。
〈……〉
横に感じる皇雅の機嫌が悪い。何も言わないけど、凄く悪い。この子が私を何度もお兄さんって呼ぶからだよね多分。これは何とかせねば。『ダナって名前だっけ?』と話しかけ、肯いたのを確認して非常に言い辛い訂正を口にした。
『……ダナは私を男だと思ってると思うんだけどさ。私、女なんだよ』
『え、?』
『大奥様に確認しても良いよ?私が女だって知ってるから。でもさ、ダナが私を男だと思ってるってバレたらあの厳格そうな大奥様に怒られない?』
トルティーヤ……じゃない、バリを食べつつ街を歩く。隣のダナの顔が見る見る蒼くなっていくのが少し哀れに思えてしまう。そんなにあの大奥様のお叱りは怖いのか、ダナ少年。
『私の居た国には女性でも髪が男性みたいに短い人はたくさん居て、それは全然おかしい事では無かったんだ。現に私も短髪だしね。シン国で髪が短いのは男性だけみたいだから、私も男に間違えられ易いのかもしれない。あ、私自身は別に気にしてないよ?』
でもね。私が気にしなくても、皇雅はそういう訳にはいかないんだよ。契約者の侮辱になるらしいから。ダナとは反対の隣に居る皇雅の首に手を滑らして、私は再度ダナへ目を向けた。
『皇雅は私を大事にしてくれる。だから勿論言葉も分かるし、ダナの言葉も理解してる。……女の私が男に違えられて、怒ってるんだ。今凄く機嫌が悪いし。私が気にしてないから大人しいけれど、そうでなければきっと憤って暴れてるんじゃないかな』
〈……やはりシノブは甘い〉
ぼそりと一言、漏らした皇雅の声は……やっぱりとても低かった。この科白はダナには聞こえてないようで。けれどダナは既に成体以上の皇雅の体長に彼が暴れた時の想像をしてしまったみたいで、『ご、ごめんなさいぃぃ!』と震えて必死に謝って来た。私は暫く、それを宥めすかして彼を落ち着かせるのに全力したのだった。
で、結局。
路の傍でダナを宥めるだけで、彼の休憩の2アルンが経ってしまった。
『大奥様に宜しくお伝えしてね、ダナ。ダルタもダビも、着物も大事にしますって』
うう……と眉を顰める彼の頭をぽんぽん、と慰めを込めて軽く優しく叩く。街案内はまあ皇雅と2人でも構わないし、と言うか元々はそのつもりだったから良いとして、このへこみようを何とかしたいな。大奥様の店に戻る前に。
「皇雅、悪いけど良いかな?」
〈……他ならぬシノブの頼みだから聞くのだぞ〉
うん、すっごい渋々だって声でただ漏れだよ。でもこんな別れ方だと私が後々気になるんだ。
『お姉さん……?』
日本語で話したからか、不思議そうに私を見てきたダナに小さく笑いかける。
『ダナは馬に乗ったことは?』
『あるわけ無いよ。馬に乗れるのは高貴な方とか階級持ちの兵士ぐらいなんだから』
へえ、そうなのか。じゃあ良い思い出になるかな?
『皇雅に乗ってみる?馬具は無いけどさ、私も一緒に乗るし』
『え?!』
怒ってるんだよね、と恐る恐る皇雅を見上げると次いで私へ目線を移し、冗談では無いと分かった途端に顔を輝かせた。皇雅に座って貰って先ず彼を座らせる。私はダナの後ろに彼を腕で囲う様に跨った。
「じゃ、皇雅。店までお願い。ゆっくりね」
〈誠、シノブは甘い。我は怒っておるというのに〉
「まあまあ。後で憂さ晴らしに襲歩で思いっきり走ろうよ。ね?」
襲歩で、と聞いた瞬間に尻尾を嬉しそうに振った皇雅に軽く笑って、常歩よりゆったりした歩を進めた。
店に着くまで、ダナは終始興奮したようにはしゃいで居た。すごいだの自慢出来るだの、何度も皇雅から落ちそうになりながらも酷く嬉しそうで、思わず苦笑してしまったのは仕方が無い、よね?
アルンは時間の単位です。
1アルン=1時間。
秒の単位はオリネシアにはありませんが、分は登場したらまた後書にて説明します。
レフはお金の単位で、1レフ=100円です。
これも1円の単位は無く、1番低い額でも10円からになります。登場したら説明しますが、更新報告で時間とお金の単位の説明を載せておきますので目を通して頂けたら分かり易いかもしれません。
ダビはオリネシアの民に広く普及しているナースサンダルのような履物です。ダビは簡易な造りなので、民は買った後は自分で修復しながら履き潰します。一足4〜6レフ(4〜600円)ほどの安値ながら、底板が厚めなので其れなりに長持ちする履物。
高位にある人はまた違う履物を履きますが、稀にお忍びで出掛ける際にダビを履く時があります。
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