幕間 理解の機会を得て 2
食堂に共に入り、受け取り口で私が昼餉を受け取る横でシノブ殿は料理人の1人と会話を交わす。ルダと彼は口にした。私への不信感も大分和らいでくれたらしい、と食堂に来るまでの会話を思い出し安堵すると同時に、シノブ殿は誰とでも親しく話が出来るのだなとも思った。……別にこのルダとかいう料理人に彼を取られたなどとは思っていない。決して思ってはいない。
先に彼と座る為の席を確保するべきかと食堂を見渡し、目に留めた角の席に腰を下ろす。そこから見るシノブ殿は、やはりとても楽しそうだ。そんなに表情を綻ばせ、一体何を交わしているのだろうか。
少しして受け取り口から振り返り、私を見つけて昼餉を手に近寄ってくる。彼の昼餉は限定昼餉だった。そう言えば先程も限定昼餉を狙っているのだと言っていたな。やはり限定昼餉は人気らしい。満面の笑みで昼餉へ手を伸ばそうとする彼と私の間には、諍いごとなど無縁なまったりとした空気が流れる。……そこの子息、何故そんなに驚くんだ?失礼な。後で問い詰めてみねばならないようだ。
『一体何を話していたのですか?』
あのルダという料理人と何を楽しそうに話していたのかと尋ねれば、彼は機嫌良く答えてくれた。
『私達が首都に来る前は、東地方の森にいたというのは憶えておられますか?』
『ええ……、勿論です』
思わず微かに眉を顰めてしまい、慌ててそれを消して頷いた。それなりに日が経ったとはいえ、シノブ殿がもう気にしていないのだとは分かっていても、あの日の初対面のことを思い出し心苦しくなる。……特にあの破砕された剣と棒、そして獣神の言葉が胸にのし掛かる。
だがそんな私の心情など知らない彼は明るく言葉を継いだ。
『あの森は植物の宝庫なんです。シン国では利用する事もなく、名前すら付いていない植物が多種多様に群生していますが、それらは私の母国では全て名前が付いているもの。そしてその利用方法も存在しているんです』
シン国では名が付いていないものも多いが、彼の国ではありとあらゆるものに名が付いているという。そしてライやバンブーラといった名が付いているものも、シノブ殿の母国では全く異なる名称だとも。
そして今もまた垣間見えた聡明さ。我が国と母国の戦力差を比較し、国土や民の人口までを用いて例えてみせた。彼は……ただの旅人として埋もれても良い人間ではない。アルダーリャトは政にも軍事にも彼を利用しないとは明言しているが、つくづく惜しいと思わずにはいられない。
この話を広げるように通貨や旅のことを尋ねると、シノブ殿は当時所持金を一切持っていなかったと言った。更に聞けば北地方の端に位置するイラヌ村で分けてもらったという。敬われ優遇されるはずの獣神の契約者でありながらそんなことを?!と驚いたが、そんな話は序の口。
イラヌ村が賊に襲われた時に通りかかったからと、助勢したという。村人から鍬の柄を借りたとも言うが、それでも武器を持つ賊によくもまあ……。嘆息し、上機嫌で昼餉を頬張る彼を見て諦め半分のそれを再度吐く。幸せだと言わんばかりに美味そうに昼餉を口に運ぶ彼を見ていると、こちらが気にしても仕方ないと思えてしょうがない。
やや強引ではあったが、昼餉に誘って良かったと自分を褒めた。でなければシノブ殿とこんなにも話せる機会を失うところだった。
そんな中、思いもよらぬ言葉が彼から飛び出した。飛び蹴り?体術で倒した……?!どういうことだそれは。鍬の柄で賊に立ち向かったはずでは?!愕然とした私に、彼はあっけらかんと口にした。
『ご存知ではありませんでしたか?私、これでも幾つかの武術を会得しているのですが』
話を促せば、快く話してくれた。
『そうですね……剣術、棒術、柔道、空手でしょうか。あ、蹴り技も武術に入るならそれもですね』
一部聞き慣れない名の武術もあったが、それらがシノブ殿が使ったという無手の武術だという。そしてそれらは彼の母国独自の武術であり、我がシン国では使い手は恐らくいないだろうとのことだった。彼は、5つもの武術を会得しているのか。剣術1つでさえ自身のものとするには何年も掛かるというのに、その若さで。彼は剣術は未熟だと謙遜しているが、恐らく並の腕前ではないと思うのだ。
噂では聞いていた。シノブ殿がミキフ・ルーニャに圧勝したと。アルダーリャトからもミキフ・ルーニャとの一戦のことは耳にしていた。が、私自身が見たわけではない。幼馴染ばかりが彼のことを知ることができているということに嫉妬しているわけでは……いや、していないとは断言はできないが、正直私も彼の腕前を見てみたい。
運良く、我がヴェルダニード侯爵家は代々宰相を担っていると同時に、シン国王家の剣術指南役をも仰せつかっている。彼の確かな腕を見るにこれほど適役もいないだろう。
『よろしければ今度、私と手合わせをしてみませんか』
その瞬間、シノブ殿は手にしていた水呑をぽろっと落としそうになり、わたわたと狼狽えながらも水呑みを再度両手で掴み直した。幸いにも中に水は残っていなかったようで、机の上や昼餉の皿が汚れることもなかった。彼は安堵の息を漏らしたのを見て、再度手合わせを申し出ると今度は困惑した声が返ってきた。
『な、何故私と手合わせなどと?失礼ながら、閣下は陛下の剣術指南役なのですよね?そのような方に私如きが2合とも保つとは思えないのですが……』
剣術指南役だと知っていたか。だがミキフ・ルーニャに勝ったのであればそのように謙遜せずとも良いのにと思う。やはりシノブ殿は謙虚だ。
『ご謙遜を。私はおりませんでしたが、首都兵のミキフ・ルーニャとの一戦で彼に圧勝したとか。あの者もかつては首都兵隊長を務めたこともある武人。それを圧勝したとなれば、自ずと貴方が手練だとは想像に難くありません。私は宰相ですが同時に軍事を任されている立場でもあります。ああ、貴方の腕前を見てその力を利用するということは絶対にありませんので、誤解はしないで下さい』
うっと息を詰まらせた彼は断れないのかと尋ねてきたが……逃すわけがない。ここまで武術に長けているのだと聞かされて私が逃すと思うのか、シノブ殿は。ああ楽しみだと思う心が顔に出ていたのか、彼は更に逃げ道を探すかのように視線を泳がせたのだった。




