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闘神の御娘(旧)  作者: 海陽
4章 1部 首都アトゥル
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4-21 巻き込みます!

ついこの間にも言った気がするんだ、『どうしてこうなった』って科白。だけど言わせて欲しい。


……どうしてこうなった?



『へ、へへ、陛下っ?!』


『この様な所にお越しとはい、いかがなさったのですか?!』


ばたばたと駆け寄って来て、おどおどしながらも低頭する食堂の料理人の人達。余程びっくりしたのか、声がひっくり返っちゃってる。私と並んで食堂の扉に現れた陛下に、食堂で昼餉の真っ最中の王宮勤めの人達も全員漏れなく騒ついていて。私は隣でこっそり、呆れの混じった溜息を吐いた。


そもそも私は、いつも通り昼ご飯を食べようと休憩時間に食堂に来ただけだった。食堂のすぐ近くまで来た時、またしてもばったりと出会したのが陛下。今回は陛下の部屋へ引っ張られることはなかったけど、『余も参ろう』とやや強引に付いて来たのだ、この人は。


『皆が食す昼餉に興味が湧いたのだ。1度、食してみようと思ってな』


しゃあしゃあと口にする陛下。下の人達は大変だなぁ、と隣で私は呑気に考えていた。専属の料理人だっているはずなのに食堂こんなところまで来てさ。


『へ、陛下の御膳は、王宮で最も秀でる者が専属でお作りしております。何かお気に召さないことでも……?』


挙動不審気味に尋ねる料理人に、陛下はゆるりと首を振った。


『いや、あの者達は良くやっている。不満は無い』


『で、では何故お越しに?』


『先日、ここに居るシノブ殿と昼餉を共にしたのだが、食堂では出来立ての温かいものを皆食していると聞いた。余の膳は毒見を通すゆえ、いつも冷めているからな。時には出来立てのものを食してみたいと思ったのだ』


ちょっ、陛下?!何故そこで私を持ち出すの!!見なよ、この『この野郎要らんことを言うなよ』って視線を!私のせいじゃないでしょうに。文句ならその話題を振った陛下に言ってよ、いや本当に。


で。


結局、陛下は食堂で昼餉を食べることになった。しかも私の向かい側で。


『思えばシノブ殿。貴方の契約した獣神は馬神であったな』


『はい』


食べながらで良い、と言われて昼餉を口に運びながら肯いた。周りは相変わらず騒ついてる。……まあ仕方ないよね。臣下達が利用する食堂で、主君までもが昼餉を取ってるんだから。因みに今日の昼餉の献立は鮭っぽい焼き魚の定食。うん、美味しい。


『やはり移動には馬神に騎乗するのか?』


『そうですね。旅中もですが、基本移動で乗ります。彼は馬ですから。最近は出勤と帰宅時しか機会が無くて、思いっきり走れないのが少し残念ですが』


『そうか』


少し思考するように定食を口に運ぶ陛下に、私も副菜をもぐもぐ。咀嚼しながらふと周りを見回せば、こっちへ定食の盆を持って近付いて来る人がいた。とはいっても食堂だから空いている席を見つけてそこに来るのは当然のこと。で、空いているのは私達の周辺。陛下が居るから他の人達はどこと無く私達の周りの席に座るのを遠慮してるみたいだ。


『シノブ殿』


『はい』


『敬語』


名前を呼ばれて返事をすれば、単語で返される。要は『敬語を外せ』と。無茶だと言ってるでしょうが!


『無茶言わないで下さい』


『余との約を破るのか、シノブ殿は?』


あー、もう!2人きりのときは外してるでしょ?!それじゃ嫌なのか、そうなの?!このわがまま陛下めっ。


『無茶だと言ってるでしょう、この他人の目がたくさんある所で私に死に目に遭えと言ってるのと同意ですよ?ミナト様もそう思いませんか?!』


『そこで僕に聞くのかい?!』


くるっと首を後ろに回し見上げて背後を通ろうとした彼に同意を求めた。それに目を白黒させて頓狂な声を出したのは、同じ財務部署の先輩ミナト様。こっちに近付いて来る人っていうのは、実はミナト様だったんだ。いや、通り過ぎるだけだったのかもしれないけどね?すみません、ミナト様。巻き込みます。


『お前の名は?』


『は、伯爵を賜りますイグルエ・ルェン・ハイートルードが次子、ミナト・ルェン・ハイートルードと申します。陛下』


『イグルエの次男か。ふむ、シノブ殿とは親交があるのか?……まあ、座れ』


『は……はっ。では御前に失礼致します』


畏まって私の隣に腰を下ろしたミナト様。陛下と少し言葉を交わし、唐突に私の方へ顔を向けた。


『ちょっとシノブ。何故僕を巻き込むんだい?!』


『ミナト様も諫言して下さい、陛下(この人)強引なんですよ!不特定多数の目がある中で敬語無しで会話なんて、敵を増やすだけじゃないですかっ』


ひそひそと小声ながらも叫ぶという器用な会話をミナト様と繰り広げる。ほんと、このわがまま陛下をなんとかして欲しい!


『だからと言ってどうして僕なんだ』


『通り掛ったのがミナト様だからです!』


『ええ?!』


そんな理由で?!と目を向いたミナト様には申し訳ないのだけど、助けてください、お願いします。


『ハイートルード。シノブ殿も一体何を話しているのだ?……随分と親しそうだが』


陛下の声にはっとしたのはミナト様も同じだったらしく、その声音が少し低くなっていることにも気付いたらしい。『ああ、もう!』と今にも言い出しそうな素振りを一瞬だけ見せて、『ええ、シノブ殿に少々苦言を申しておりました』とにこやかにと口にした。この纏う空気を一瞬で変化させる技、凄いなぁ。私も欲しいよ。


『ほう。苦言とな』


にやりと口角を上げ笑う陛下の顔は、それはもう良い笑顔(真っ黒)で。地雷踏んだかも、と思ったのは間違いではないはず。


『……後で君の秘密、1つ教えてもらうからね』


『え、』


『当たり前だろう?見返りは当然だ。……そもそも僕は君よりも先達なんだけどね?』


うっ、それを言われると何も言えない。まあ身分も務めている年数も確かにミナト様が上だし。だから私はこう言うしかない。


『分かりました』


頷いた私を見てひと息つくと、ミナト様が陛下に再度顔を向け頭を下げた。


『陛下。どうぞシノブ殿の意もお汲み下さいますよう……誰しもが陛下のような強い御心を持っているわけではありません』


『ハイートルード。余はシノブ殿と約を交わしたのだぞ。何故お前が口を挟む?』


『我が部署の者だからでございます、陛下。誰よりも算術をこなすその腕は、既に我が部署には無くてはならないものになってございます。陛下と約を交わされたその内容は無論存じておりますし、私はそれに異を唱えようとは思っておりません』


『ふむ……それで?』


『しかし、性急にことを進めたが故にシノブ殿が害意に晒され、勤めに来れぬようになれば我が部署も立ち行かなくなります。ハイドウェル伯の信も厚い様子。ご子息のイーニス殿と私は良き友人の間柄であり、彼もまたシノブ殿を気に入っていると聞きます。……陛下。私は彼の心情を悪くしたくありません』


『なに、』


『腹の探り合いを常に念頭に置かねばならない貴族にあって、イーニス殿はそれらとは無縁で居られる本当に良き友なのです』


つまりミナト様とイーニス様は親友で、私が危ういとハイドウェル家も護りに動くから疎遠になりかねんと。で、それが嫌だから確約は確約だけど程々にしろと、ミナト様は陛下に言った、ってことかな?……ミナト様も実は良い・・性格してるよね。うん。


それから。


渋々。本っ当に渋々の表情ながらも、陛下は程々にしてくれることを約束してくれた。どこまで程々に済ませてくれるのかはわからないけど。ミナト様、ありがとうございます。流石は先輩、頼りになります。まあ、代わりに後日陛下の遠乗りにお供する事にはなったけれども。


『シノブ、逃げないようにね?』


陛下を見送った直後に隣からぼそり。……逃げませんってば!

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