十日目・昼間・解禁
「起きなさい。ほら」
優しい声をかけられる。その声は怪しい程に明るく穏やかな声だった。
「…ここは?」
目を覚ますと、いきなり知らない土地に居る。私の住んでいたテリトリーの外へ出て、かなり遠くまで来ているようだ。かろうじてまだ森の中なのが不幸中の幸いと言ったところか。
「これから言うことを良く聞きなさい。あなたはこれから獣人ではなく、物として生きるのです」
「…物?」
思わず怪訝な顔をしてしまう。なにせ男の言っている事が理解できない。いや理解したくない。これがお兄の言っていた"商人"という人達なのか?それともそんなのよりも、もっと悪くて怖いものなのか?
「…言ってる意味が分からない」
思わず声にしてしまう。そうでもしないと不安でたまらない。それに、自分の頭ではいくら考えても答えは出なかった。
「それでいいんです。これからあなたは目覚める事も無いでしょうから」
それを聞いた途端、背筋が凍る思いだった。男の目はひどく冷たく、鋭く笑っていた。この男が普通の人間ではない。それだけは分かった。それだけで十分だった。
私は目の前の男から逃げるべく素早く立ち上がる。もちろん男も黙って見ている訳はないだろうと思い、男の顔を鋭い爪で引っ掻こうとした。しかし、フワりと飛んだ紙飛行機を掴むかのように、いとも容易く私の腕は掴まれてしまった。
「…ッ‼︎…はなして‼︎」
「うるさい‼︎」
男の手が深い藍色に輝いた。その光を見た瞬間に私の意識は途絶えた。
「そこまでだぜ、外道野郎」
やっとこさ男に追い付いた。無数のトラップを掻い潜り、目標に追い付いた。
「……。しつこいですね、貴方」
「人身売買やってる奴にそんなデカイこと言われたくねぇな」
「しかし、貴方もここで終わりだ。ここなら人一人来やしない。やりたい放題って訳ですよ」
男の言う通り、森のかなり奥まで進んで来てしまったようだった。もはやここが森なのか山なのか判断もつかない。こんな所には普段から人は寄り付かないだろう。しかし…
「ほぅ…。そいつぁよかった」
「威勢だけは一級品ですね。貴方はここで終わりだと言ったでしょう‼︎」
男の言う通り、やりたい放題。それは男だけではなく、こちらも同じ。もうここまで来たなら後戻りも出来ない。そして人目に付かなければ"アレ"をやっても良いかもしれない。親父の言いつけを破るつもりは無かったが、もう俺も子供じゃない。使う場所くらい弁えられる。
時間にして一瞬。まさに瞬きの間。俺の身体が淡い空色に光ったように見えたその瞬間に、男との距離はゼロになっていた。
そして一振り。
言葉も、なくあっさりと地面に崩れ落ちる男。俗に言う峰打ちだが、打ち所が悪けりゃ相当なダメージにはなる。
そして淡い光。
身体能力を上げる"魔法"。俺が使ったのは超高速で動く事のできる魔法。俺の親父には使う事を禁止されていたが、もうそろそろ解禁で良いだろう。うん。大丈夫だろう。
ひとまず眠っている少女を起こし、家に帰してやろう。




