十日目・昼間・あなたは、あなたは?
罠にかかっていたのは野獣ではなく、少女であった。しかもよりにもよって、頭の上の獣耳をヒクヒクさせて、尻尾を左右にゆらゆらと揺らしている獣人の娘。俺の最初の悪い予想は当たっていたのだ。しかも、より悪い方向に。
獣人は良く悪徳商人に狙われる。もちろん奴隷として売られる事もある。その他に、見世物にもなるし、訓練すれば人間の兵より強くなる。
俺が一番気に食わないのは、その悪徳商人達が、獣人の特性を活用しているという事だ。その特性と言うのは【忠誠心】だ。種族にもよりけりだが、基本的に獣人というのは主人に対して絶対的な忠誠心を持つ。一度主人と決めれば、その者には滅多な事がない限り逆らわない。その特性を活用し、刷り込みのようにして獣人達を調教し彼らを扱う。
「動くなよ」
それだけ言うと、装備していた愛刀の小太刀を構える。俺は少女に傷をつけないように慎重に罠を破壊した。
「…ありがと」
「礼はいいから、ちょっと待ってな」
少女は足をだいぶ深くまで怪我している。俺は背負っていた大きな背負い鞄の中から、重傷にきく塗り薬を取り出し、少女の処方する。
「…いらない……舐めれば治る」
「馬鹿言え。薬塗った方が、絶対早く治る」
少々強引な形にはなったが、負傷した箇所に塗り薬を塗りつけ、手早く包帯を巻きつけた。
「………ありがと」
「おう。立てるか?」
「…大丈夫、平気」
それだけ言うと少女は足早にこの場を去ろうとした。だがしかし、明らかに足の動きがぎこちない。誰が見たっておかしい。急いで少女の手を引いて、引き止める。
「お前…素直じゃないな。骨折れてるんじゃないか?」
「…そんなことない」
骨が折れているとまでは行かないとは思うが、打撲はしている可能性がある。そしてこの少女、どこまでも強情なようだ。まぁ俺はこの子の主人でもないし、警戒されていて当然なのだが。とりあえず、彼女の足を手当たり次第に親指で押し込んでみる。
「うぐっ‼︎」
「ほら、やっぱり痛いんだろ?」
「……そんなこと…ない」
「本当に素直じゃないな…よいしょ!」
「わぁ⁉︎」
とりあえずこの子を安全に手当てできる場所まで運ぶため、鞄を背負い直し、少女を抱える。いわゆるお姫様抱っこ状態。なるべくなら、罠を仕掛けた張本人が来る前にここを離れたい。そう思った俺は、急ぎ足で、なおかつこの少女に衝撃を与えないようスムーズな動きでこの場を離れた。
「…あなた、商人さん?」
「あぁ、そうだけど。何で分かったんだ?」
「…お兄が言ってた。…私達に優しく接して来る人は商人だって」
「……なるほどな」
この子の言う商人ってのは、多分俺の考えていた悪徳商人の事だろう。世の中、悪い奴ほど良い顔して近寄って来るもんだ。
「こう言っても信じないだろうけど、別にお前に悪い事しようって訳じゃないんだ」
「…私、連れてかれてる」
「……ごもっともです」
だって怪我してるし。ほっとけないじゃん。これは俺は悪くない。…と思う。
そんなこんなで、怪我の手当てが出来そうな大きな木の木陰まで来た。すぐそばには、綺麗な小川も流れている。
「どれ、ちょっと待ってろよ」
そう言いつけると、俺はなるべく丈夫そうな木の枝を愛刀で切り取る。細かな枝を削ぎ落とし、添え木になるように整える。そして少女の脚に添え木と共に包帯を巻き付ける。正直、応急手当の方法なんて、これで合ってるのか分からない。だが、やらないよりはよっぽどマシだったろう。
「…………。」
「ん、どうした?凄く不満そうな顔して」
「…あなた、悪い人?」
「いや、だから悪い事するつもりはないって」
「…でも商人だし。罠仕掛けてたし」
「罠?俺がいつそんなもの…ッ‼︎」
背後に気配を感じたその瞬間、頭に強い衝撃を喰らって地面に倒れ込んでしまった。




