九日目・昼間・嘘をついた
それは"一瞬の出来事"であった。
嵐の夜の雷のように荒々しく
獲物を狩る獣のように静かに
戦場を飛び交う弾丸のように早く
それが人に見えた者は、その場に五人と居なかったであろう。
急ブレーキをかけ、砂煙を立ち上げて、鞘を付けたままの小刀を構える男の姿がそこにはあった。
「……。」
周囲は沈黙と静寂が占拠する。
しかしそれは"一瞬"でしかない。
次の瞬間にはそれは既に過去に変わっている。
その男が地面スレスレまで身を低く構え、刃のない小刀を添えながら一回転する。ただそれだけに思えたが、それだけには止まらなかった。まるで誰かに引っ張られるかの様に周囲の兵士達が吹き飛ばされる。
「さすがだぜ…真紅の闇」
「…その呼び方、やめろよオヤジさん」
心なしか低く慎重な声で受け答えるその男は、ついに小太刀の鞘を引き抜く。
「あんたが血を流してんだ。ヤツらも切り殺していいんだろ?」
「殺れるもんなら殺ってみろ。今の坊主じゃ無理だぜ」
敵陣に一人、迅雷の如く突き進むその男は黒いオーラを纏っている様で、まるで闇その物である。
流れるように、華やかとも思えるその動きで、鮮血で花びらを象るかの様に、見事に攻撃を避けながら確実に一撃を食らわせて行く。[防御という言葉を知らない]とでも言うかのように、受身を取らない。全ての攻撃を避け、躱す。もとから打ち合わせをしていたのかと疑うほど、見事で圧巻である。
「真紅の闇…。決してお年頃の少年がそう総称している訳じゃない。いつも黒っぽい服装で、鮮血を浴びるその姿が、この村の人々の目に焼き付いたんだ」
圧倒的な強さを前に、大多数の兵士達は五分としない内に倒されてしまった。それこそ、破れないポイで金魚すくいするような感覚で。あまりにもササっと片が付いた事に、本人すら驚きを隠せずにいるのだから間違いない。
「て、撤退だぁ‼︎」
役人率いる兵士達が、恐ろしさに負けて引き返して行くのを、ロッドはただ呆然と虚ろな眼で見つめていた。
「(血…。人を斬った…。またやったのか…)」
そう、また。またなのだ。この感覚。人を斬った後の虚無感。この感覚がたまらなく恐ろしいと、そう感じる。
自分の中の何者かが、この感覚を欲しがるから。
自分の中の何者かが、この感覚をためらうから。
自分の中の何者かが、この感覚に溺れてしまっている。
自分の中の何者かが、この感覚に拒否反応を示している。
〜
『刀で…人を…切ったことはありますか…?』
『あるよ?』
『ひぃ⁉︎』
"『冗談だよ。……』"
〜
冗談なんかじゃない。実際にこうして人を斬ってきた。ララに嘘をついて、のんきに過ごしてきたのは、かつての自分の中の黒い部分を忘れるため。あるいは見て見ぬふりするために。そのためにララを使ったのかもしれない。そう考えると、自分が怖くて、恐ろしくてたまらないのだ……。
「オヤジさん…」
「何だ?」
「俺、人間やってるか?」




