六日目・昼間・リリア戦闘開始
もうこれは私が出るしかない。目の前には、大きな黒い箱を持つ奇妙な男が一人。ここでロッド氏を戦いにだしてしまったら、燭隠との戦いで私が勝てる訳が無い。ロッド氏ですら危ういと言うのに…。
「どっちが俺と殺りあうんだ?」
「私だ」
「いいのかリリア?」
「無論。ここでロッド氏を出す訳には行かないだろう?」
私は体制を低く構え、剣の柄に手を添える。ロッド氏が先に進むのを確認し、戦の眼を男に向ける。
「そう睨むなよ。俺だってこんな状況じゃなかったらお前と戦いたくはないさ。でも、燭隠様が…ね?」
「そうか…。その燭隠とやらが、そんなに脅威なのか」
戦ってみたい気もするが、その戦いで死んだら元も子もない。よっぽどこの男との戦闘のほうが経験になるというものだ。私は溢れ出る欲を抑え、目の前の戦いに集中する。初めに動いたのは男だった。男は呪符を一枚、放り出す。すると、その呪符に反応したかのように大きな箱がガタガタと動き出す。そして箱を突き破り、得体の知れないもう一人の男が飛び出す。
「な、何者だ…⁉︎」
「華国の伝統的傀儡、"キョンシー"。こいつに勝てたら、あんた相当な腕だよ」
「……。」
段々と語る男を他所に、キョンシーと呼ばれた男は額に先程の呪符を付け、一切の挙動を見せずにこちらを凝視している。
「いけ、キョンシー」
「……‼︎」
男の命令に反応し、キョンシーが猛スピードでこちらに突進してくる。一瞬慌てたが、動きが大き過ぎるため、避けるのに苦労は無かった。キョンシーの横をスレスレで避け、振り返り様に後方へ剣を振り抜く。ザクッと鈍い音と共にキョンシーの腕が切り落とされ…
「切れない⁉︎ 確かに腕に当たっていたはず」
「キョンシーの腕の筋肉は硬直している。いくら剣士でも女の腕じゃ、かなり力を入れなければ切れないだろうさ」
「……‼︎」
キョンシーは無表情のまま、剛腕を振り回す。剣で防いでいるのに、ヤツの腕は一行に切り落とされない。それどころか、血の一滴すら垂れないのだ。頭を驚きに支配されてる間に、不意に上がったヤツの脚が、私の顎に見事ヒットする。華の国特有の武術は、私にとって目を翻弄されるもので、初見の相手としては最悪の状況である。
「どーしたどーした!こんなんじゃ燭隠様に勝てやしないぞ?」
「くっ、確かに厳しい…」
実際、この状況はかなり厳しい。戦い慣れていない、初めて見る武術相手に、さらに切っても血の一滴すらでない腕の持ち主に、私の剣術は通用するかどうか…。人を殺すための剣術ではないのだが、ここは自分が死なないためにも、キョンシーと呼ばれた男を殺す方がいいのだろうか。しかし、それはロッド氏が酷く嫌っている事だ。人を殺すという事は、その者の存在を全否定することに等しいから。そう言っていた。まだ会って数分の男を全否定するのは私としても嫌な事だ。やはり、殺さずに最低限の致命傷を負わせる。それだけに集中する。
「さあ、やれ!」
「……‼︎」
キョンシーは、あの怪しげな男からの命令を受けながら、こちらへ的確にダメージを与えてくる。その的確さは、人間の域を超えたように見える。そしてあの体。恐ろしく硬い。その恐ろしく硬い腕で、私に突きを食らわせる。的確に対処し、さらに少しでもダメージを入れるため、剣の刃をヤツの腕に当てる。肉を少しづつ削ぎつつ、隙を伺う。
「今だキョンシーィィッ‼︎‼︎‼︎‼︎‼︎」
「そこだぁあぁ‼︎‼︎‼︎‼︎」
男と私の雄叫びは、ともに重なり、辺り一面の空間を揺らした。




