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Elixir ―エリクシル―  作者: 光太朗
第三章 医師団
9/22

3-3

 治療院には、ほかに誰もいなかった。

 ロイスはこのまま治療院を利用することを提案したが、キルリアーナは冗談じゃないとそれを拒否。こんな場所では落ち着いて眠ることもできない。いつ誰が来るかわからないのだ。

 結局、処置を終えたセリウスをロイスが背負い、二人は宿を探し歩いていた。

「もう、どこでもいいじゃないか。君はいちいちこだわるな。町がこんな状態では、賞金稼ぎもおとなしいと思うがね」

 日の隠れた町を歩きながら、ロイスがいう。彼は先ほどから、どうも棘のあるいいかたをする。

 ロイスのいうとおり、町に人影はなく、相変わらず赤い鳥が屋根の上にいるぐらいだった。一晩ぐらいならどこに泊まろうと問題ないだろう。しかし、こんな状態だからこそ、宿そのものが営業しているかどうか怪しいところだ。

「一応、あてがあるんだよ。つーか別に、あんたはついてこなくていいけどな」

「セリウスに話を聞きたいといったのは、君だろう」

「だから、用があるのはそっちの弟だけで、あんたはいらないっつってんの」

 正直に告げると、ロイスは黙った。切り返しを予想していたキルリアーナは、拍子抜けしてしまう。

「なんでそう、不機嫌なわけ」

 率直に、気になった。隣を行くロイスは、あからさまに眉間にしわを寄せると、唇を尖らせるようにして、決してキルリアーナと視線を合わせない。

「そんなことはない」

 子どもか。口には出さず、キルリアーナは毒づく。

「あんたの知り合いってのに会えなかったのは、まあ、気の毒だと思うけどよ。また明日にでも、捜せばいいだろ」

 慰めるつもりでそう口にしたのだが、ロイスからの返答はなかった。なおも言葉を探そうとして、キルリアーナは我に返る。どうして気を遣わなくてはならないのか。放っておけばいいだけの話なのに、危うく自分を見失うところだった。ロイスといると、どうも調子が狂ってしまう。いままでほとんど一人でいたのに、こうして行動を共にすることで、感覚がおかしくなっているのかもしれない。

「あてがあるというのは……つまり、この町での滞在先が、すでに用意できているということか?」

 不機嫌なトーンはそのままに、ロイスがいう。

「なんでそう思う? 意外だな。あんたはそういうの、気づかないタイプだと思ったよ」

「ひとを馬鹿みたいにいわないでくれないか。これでも、いろいろと考えているんだ。ジリアルでも、そうだったのだろう」

 ロイスの声がやや得意げになる。そういえば、彼は前の町での宿を見ているのだ。キルリアーナは納得した。

「ジリアルでの君の部屋には、薬を調合するための器具がたくさんあったはずなのに、それらを持ち出した様子もない。あそこはまるで、隠れ家のようだった。それも、君のためだけの隠れ家だ。それに……」

 ぶつりと、黙る。ロイスは首を振った。

「いや……待て、もしかして、君が自分で手配したのではなく、誰かがあらかじめ、用意していたのか?」

 キルリアーナは素直に感心した。鼻を鳴らして、唇の端を上げる。

 ロイスという人物のことを、基本的には脳味噌の足りない男だと思っていたのだ。

「まあ、そうだな。オレがこの町に来るのは、正真正銘、これが初めてだ。でも宿はちゃんと、あるはずだ」

「サーラという、もう一人のパジェンズの医師が、用意したのか?」

「サーラ?」

 ここでその名が出て来るとは思っていなかった。キルリアーナは目をまたたかせる。

「なんで、サーラが?」

 そう思う根拠でもあるのだろうか。そういえば、ロイスはサーラのことをやたらと気にしていた。

「いや、いまのは間違いだ。忘れてくれ」

 そんなふうにいわれたのでは、余計に気になるというものだ。質問を重ねようと口を開いて、しかしキルリアーナは黙った。

 町の南側、職人通りにさしかかると、さすがに人の気配があった。もう日が暮れていることもあり、通りを歩いているものはいないが、幾人かが窓からこちらをうかがっているのがわかる。閉ざされた町に、小綺麗な格好をした二人組──しかも人を背負っているとなれば、目立つのは当たり前だろう。

 ランセスタの人間がいっていたとおり、このあたりはまだ病に浸食されていない地域のようだ。キルリアーナはロイスに軽く目配せをして、路地に入る。できるだけ人目につかないよう、裏通りを行く方が都合が良い。

「注目の的だね。どちらかというと、敵意を感じるな」

 ロイスも視線には気づいていたのだろう。不快そうな表情ではないものの、そうつぶやく。

「町がこの調子じゃあ、目立たないようにってのは無理だな。ある程度はしょうがねえけど」

「君のいう宿は、この先に?」

「さあ」

 もっともな質問だったが、そう答えることしかできない。キルリアーナは肩をすくめた。

「いったろ、この町に来るのは初めてだ。ただ、町に入ったら南に行けっていわれただろう。オレらはよそ者なんだから、宿もない場所は勧めないはずだ。中心街以外にも宿があるってんなら、そのあたりが怪しい」

「ふむ、なるほど」

 歩き続けるうちに、店の建ち並ぶ区域に出た。キルリアーナの予想したとおり、宿の看板もいくつかある。店はほとんど閉まっているが、開いている店がないわけではない。それが病の影響なのか、それとも単に夜だからなのか──いくら病が流行しているとはいえ、生活していかなければならないのだから、日中は多くが開いているのかもしれない。

「あれだな」

 キルリアーナは、一軒の建物を見据えた。

 店や民家が並ぶなかに、ごく自然にとけ込んでいる。一見して宿だとわかる要素はなにもない。

「ジリアルでも、こんな感じだったかな。どうして、あそこだと?」

「まだ、確証はねえよ。でもたぶん、あれだ」

 ためらうことなく、形ばかりの門をくぐる。ドアにぶら下がっている鐘を、持ち上げた。

 しかしキルリアーナは、それを鳴らさなかった。鐘の下を確認する。まるで隠すようにひっそりと、小指ほどの大きさの石が埋め込まれていた。緑色の石だ。

「む?」

 呼び鐘を鳴らすと思ったのだろう。いつまでも音が鳴らないことを訝しむように、ロイスがドアに顔を近づける。

 わざわざ教えてやる必要もなかったが、キルリアーナは石を指で示した。

「これで、決まりだ。普通なら、呼び鐘を鳴らすのに使われるような石じゃない。まあ、ちょっとした目印だな」

「なるほど。いや、しかし、それでは鐘を鳴らす段階まで確認できないだろう」

 納得がいかないとばかりに、ロイスが不平を漏らす。いよいよ面倒臭くなりながらも、このまま黙っていてもやっかいなことになりそうで、キルリアーナはため息をついた。持ち上げた鐘を下ろし、打ち鳴らす。

「屋根の上に、ミクラの蔦が見えたろ。パジェンズの宿には、あれが絡みついてる。蔦を目印にドアまで来て、この石を確認して、最後に──」

 小さな音がした。鍵が開いた音だ。

 ドアは、向こう側から開けられた。顔を出したのは初老の女性だ。白髪を結い上げた頭をゆっくりと上下させ、女性は警戒するように、来客を睨め回す。

「──管理人に挨拶すれば、それでいい。二、三日、宿を貸してくれ。キルリアーナ・パジェンズだ」

 堂々と、キルリアーナは名乗った。女性は驚いた様子もなく、ただ静かに頷いて、一歩下がって中へと促す。

「どうぞ。部屋は地下になります」

「世話になるぜ」

 キルリアーナにとっては当然のことだった。ためらいなく足を踏み入れ、短い廊下を進む。壁に引っかけられていたランプの一つを手にとって、階段を下っていった。振り返ると、なにやら難しい顔をしたロイスが、遅れてついてきていた。さらにその向こうで、女性が鍵をかけているのが見える。

「……ひょっとすると僕は、なにか大きな勘違いをしているんじゃないだろうか」

 話しかけているのか、独り言なのか、ロイスがつぶやく。キルリアーナはとくに答えずに、地下室へと入った。決して広くはないが、掃除の行き届いた小綺麗な部屋だ。壁際にベッド、その脇には器具の整えられた棚。ジリアルで滞在した宿と、それほど変わらない。

「とりあえず、そいつ、寝かせろよ」

 セリウスを背負ったままのロイスに、声をかける。ロイスはなおもぶつぶつと何事かをつぶやいていたが、いわれるままに、セリウスをベッドに下ろした。キルリアーナは小テーブルにランプを置き、その下にしまい込まれていたイスを引っ張り出す。ベッドの横へと移動させると、足を開いて腰掛けた。

 改めて、セリウスを観察する。

 ほとんど生気の感じられなかった顔は、いまは多少ではあるが赤みが差し、落ち着いた表情で眠りについていた。長い睫毛、ふっくらとした唇。金色の髪はつややかで、手入れの良さを思わせる。見れば見るほど女性のようで、キルリアーナは思わず自分と見比べた。

「あんたの弟は、妹にでもなったのか?」

 眠っているからこそというのもあるだろうが、女性だといわれてもまったく違和感がない。ロイスは上着を脱ぎながら、首を振った。

「初耳だね。そのあたりのことは、詳しく聞いてみたいものだ」

 脱いだ上着をどうするべきか迷ったのだろう、部屋のなかを見渡す。キルリアーナも彼に倣ったが、あいにく、クローゼットのようなものは見当たらない。

「そのへんに、放っとけば?」

 しかしロイスは、結局抜いた上着を再び着込んだ。それほど皺になるのが嫌なのだろうか。キルリアーナは肩をすくめる。

「こいつだろ。旅に出たって噂の弟」

「その噂は、僕も聞いたことがあるんだが……キル、足を閉じたらどうだ」

「あんたはもう、いちいちめんどくせぇな」

 逆らうのも面倒で、キルリアーナは足を閉じた。その様子を確認してから、ロイスはベッドに腰を下ろし、むっつりとした顔でため息をつく。

 やはり、機嫌が悪い。

 この空気をどうにかするべきなのかどうか、キルリアーナは思案した。放っておいたとして、自分に害があるだろうか。だから誰かと行動するのはいやなんだと、胸中で毒づく。

「……パジェンズの医師についての、一般認識だが」

「あ?」

 ロイスは努めて冷静であろうとしているようだった。淡々とした声で、問いかけてくる。

「一般認識?」

 聞き返して、キルリアーナは悟った。彼がなにをいわんとしているのか、だいたいの予想がつく。しかし、こちらからいう必要もない。

 続きを待っていることがわかったのだろう、ロイスはキルリアーナを見つめた。

「医療を司っているのは、ランセスタだ。ランセスタ以外の医療行為はすべて罰せらる。事実、君の首には賞金がかかっているね。つまりパジェンズの医師というのは、異端──本来ならば、いてはいけない存在……というと、伝えたいニュアンスが違ってしまうかな。とにかく、一匹狼のようなものだと、思っていたんだが」

「一匹狼。なるほどね」

 その表現は嫌いではなかった。しかし、真実ではない。ロイスもそのことに気づいたのだろう。

 キルリアーナは腕を組み、目を細めた。彼の語る内容が、楽しみで仕方がない。

「それで?」

「意地が悪いな。点数でもつけるつもりか?」

 ロイスは眉を寄せたが、咳払いをして、続けた。

「君が本当にそういう存在なら、つじつまが合わない。君は、この町に来るのは初めてだが、宿はあるはずだといった。それはおそらく、ジリアルやガリエンに限ったことではないのだろう。ここには医療器具が揃い、宿を管理している人間までいる。もしこんな状況が、すべての町──すべてではないにしろ、多くの町で実現しているのだとすれば、パジェンズというのは、一匹狼どころではないな。パジェンズの裏には、ある程度大きな組織があるはずだ。あるいはそれらを総じて、パジェンズなのか……」

 キルリアーナは唇の端を上げた。なかなかの推理だ。本当のことを知れば、彼はきっと心底から驚くのだろう。

 どんな顔をするだろうかと、興味が湧いた。キルリアーナにとってそれは、別段隠すようなことではなかった。なにも知らない相手に説明するとなると面倒だが、ここまでわかっているのなら話は簡単だ。

 望み通り点数をつけるとすれば、八十点というところだろう。そう告げようとして、キルリアーナは口を開く。

 しかし、声を出すことはできなかった。

 完全に、油断していた。

「なにを、おめでたいことを……」

 キルリアーナの喉もとに、ナイフが突きつけられていた。

 ナイフを手にしているのは、セリウスだ。いつから起きていたのだろう。ナイフは彼が衣服の下に携えていたもので、キルリアーナはもちろんその存在に気づいていたが、そのままにしておいたのだ。

 自分に向けられるとは、思っていなかった。

 キルリアーナは組んでいた手をほどき、ゆっくりと上へ挙げる。

「さすが、ランセスタの御曹司は毒慣れしてんな。もう動けるのか」

「黙っていてください。あなたは、私の訊いたことにだけ答えればいい」

 冷徹な目でセリウスがいう。女性と見紛うほどの容姿をしながら、声は低く、確かに男性であることを感じさせた。

「セリウス! すぐにそれを下ろせ。彼女は僕の恩人だ」

 ベッドから腰を浮かし、しかし動くわけにもいかないのか、ロイスがうわずった声でいう。それではだめだろうとキルリアーナは思ったが、やはりセリウスにナイフを下ろす気はないようだ。




挿絵(By みてみん)




「知っていますよ、兄さん。あなたの命を助けた医師だ。私も、彼女に会っています。三年前、兄さんが毒に冒され、胸に怪我を負ったときに」

「なら、すぐに武器を下ろすんだ。僕だけじゃない、いま、おまえがそうして動けるのも、彼女のおかげだ。死んでいてもおかしくなかったんだぞ」

「私に血を飲ませたんですね。汚らわしい」

 汚らわしい。笑っていいものかどうか、キルリアーナは一瞬悩む。

「で、オレはどうすればいい? 拾った命を捨てたいってんなら、協力するぜ」

「黙れといったはずです」

 ナイフの先が、喉に触れる。キルリアーナは息を飲み込んだ。話し合いのできる状態ではないのは、間違いない。

「兄さん、あなたはパジェンズと共にありながら、まだなにも知らないのですね。いっそ滑稽です」

「話はあとだ。まずそのナイフを下ろせ、セリウス」

「嫌です」

 声の調子こそ、ロイスよりもセリウスのほうが落ち着いているようだったが、実際はその逆なのだろう。ナイフを持つセリウスの手が、かすかに震えていることに、キルリアーナは気づいた。

 おそらくは、怒りだ。

「病に苦しむこの町で、これ以上、なにをするつもりですか」

 問いは、キルリアーナに向けられたものだ。キルリアーナはその内容を、ゆっくりと吟味する。

「これ以上、なにを?」

 答えられるものなら、答えようという気はあった。しかし、質問の意味がまったくわからない。

「オレは医師だぜ。病に苦しむこの町で、やることといったら、治療しかない」

「治療院にはもう、薬品はありません。パジェンズの人間が破棄したのです。あなたが、新しく調合するとでも?」

「悪いが、話がつかめねえな」

 正直に告げた。話が食い違っているとしか思えない。パジェンズが治療院の薬品を破棄する理由などないはずだ。

「オレには目的がある。医療活動は、そのついでだ。ついでだが、薬の調合が必要だってんなら、やるさ。それであんたは、どういう理由で、オレに敵意を向ける?」

 セリウスは黙った。緑色の目が、じっとキルリアーナを見据えている。

 真意を測りかねているのだろう。どう対応すべきなのか、いま彼の脳内で激しく問答が繰り返されているに違いない。

 とはいえ、キルリアーナには、これ以上どうしようもなかった。挙げていた両手を下ろし、しかしその場は動かず、静かに待つ。

「……パジェンズは、異端などではありません」

 それは、キルリアーナではなく、兄であるロイスに向けた言葉のようだった。

 ちらりと見ると、ロイスは腰を浮かせた体勢のまま、眉をひそめている。

「どういうことだ?」

 おまえもうちょっとどうにかできるだろうよ──キルリアーナは内心であきれかえっていた。守るのではなかったのか。期待していたわけでは断じてないが、それにしても情けない。

「最初から、ランセスタはパジェンズの手の内にあったのです。そもそも、百年の昔、ランセスタに医術を教えたのは、パジェンズなのだから」

 冷静な声の内に怒りを押し込めるようにして、セリウスがいう。

 沈黙が落ちた。

 彼は、キルリアーナの反応を見ようとしているようだった。その一方で、ロイスが落胆するとでも思っているのか、兄の方を見ようとはしない。

 キルリアーナは、小さく笑った。 

「……それで?」

 なにを思っているのか、興味があった。セリウスの怒りは、果たしてなにによって生まれているのか。

「心が痛まないのですか。純朴な兄を、騙しておいて」

「純朴じゃねぇだろ阿呆っつーんだよ。騙してもねぇしな。知らないのは、そっちの勝手だろ」

 セリウスの眉が動く。ロイスは目を見開き、驚いた表情のままで、尻をベッドの上に戻した。声にならない音が、呻きとなって漏れる。

「……魔法使い、か」

「はあ?」

「兄さんは悔しくないんですか!」

 どうやらこの兄弟には、ずいぶんな温度差があるようだった。キルリアーナはだんだんばからしくなってくる。

「パジェンズの、そしてランセスタの気まぐれひとつで、この国では病が蔓延し、多くの人間が死んでいく……病を流行させるのも、治すのも、意のままだ。他国の介入を制限し、パジェンズを大々的に犯罪者扱いしておけば、ランセスタの独裁体制は容易に整うという寸法です。人々はなにも知らず、ランスセスタを唯一の医療機関としてすがり、それ以外の道など探そうともしない──そんな構図は、間違っていると、思いませんか」

「間違ってるだろうなあ、そりゃあ」

 特に否定する理由もなかった。しかしキルリアーナの言葉は、セリウスの癇に障ったようだ。緑の目で睨みつけられ、キルリアーナは肩をすくめる。

「どうぞ」

 続けてと、手を差し出した。突きつけたナイフと鋭い目はそのままで、セリウスは続ける。

「だから私は、医師団を立ち上げたのです。パジェンズに、ランセスタに、対抗するために。この国は、変わらなければいけない」

「わかった」

 唐突に、ロイスが手を打ち鳴らした。

 重々しい口調ではあったが、キルリアーナにはうっすらと予想できていた。どうせたいしたことはわかっていない。

 セリウスは怪訝そうに、兄に目を遣る。その隙にナイフをたたき落とすことも可能ではあったが、キルリアーナはあえてそれをしないでおく。

「なにがわかったというんですか」

「おまえのいっていることは、よくわかったよ、セリウス」

 ロイスは余裕たっぷりに、微笑みすら浮かべていた。

「僕は兄として、全力で協力しよう。キルも協力してくれるはずだ。僕はキルがどういう人間なのか、知っている。彼女は命をないがしろにするようなことは、絶対にしない」

「……おいおい」

 その自信に、キルリアーナはおののく。なにを根拠に絶対などといっているのだろうか。

「その証拠に、まずはここガリエンの問題を、見事解決してみせようじゃないか。なに、彼女はパジェンズだ。あっというまさ。なあ、キル」

「オレは──」

 万能じゃねぇぞと反論しようとして、ロイスのつぶやきを思い出す。まさか本当に魔法使いだと思われているのだろうか。この男ならば、あり得なくはない。

「もののついでに、治療をすること自体には、異論はねぇよ」

 結局は、そこに落ち着いた。セリウスが眉をひそめ、胡乱げに睨みつけてくる。

「あなたを信頼する理由が、私にはありません」

 疑っておけばいいだろうと返すべきか、それなら兄を信じてやったらどうだと返すべきか、キルリアーナは思案する。どちらも気の利いたセリフとは思えない。

 黙っている間にも、セリウスは思いを巡らせていたのだろう。キルリアーナを睨んだまま、様子をうかがうようにゆっくりと、ナイフを下ろした。

「ですが、兄さんがそこまでいうのなら、試すのも悪くはない」

 どうやら兄には全幅の信頼を寄せているようだ。しかし、それだけではキルリアーナへの不信感をカバーしきれないのだろう。セリウスの目が、値踏みするようにキルリアーナを観察する。

 自分のことは完全に棚に上げて、セリウスはいった。

「そもそもあなたは、なぜ男性のように振る舞っているのですか。女性ならば女性らしく身なりを整えるものでしょう」

 今度こそどう答えればいいのかまったくわからず、キルリアーナはため息を吐き出した。







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