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Elixir ―エリクシル―  作者: 光太朗
第五章 奇跡の薬
15/22

5-2


 ──愛しい愛しいキルリアーナ。


 サーラの笑顔は、いつでも思い出すことができた。

 彼女はいつだって微笑んで、キルリアーナの頭を撫でてくれていた。


 ──あなたは医師。あなたはひとを治し続けるの。


 生まれてから十年間、キルリアーナはサーラと共に暮らした。

 あらゆる知識を教わった。

 医療技術を学んだ。

 どんな怪我にも病気にも、その腕ひとつで挑むことができるように。


 ──けれど、あなたはパジェンズの医師。体内で薬を作り出す。

 いまはまだ、ほとんど力を持たないけれど。

 いつかそれは秘薬になる。

 体液を得なさい。

 できるだけたくさんの、体液を得なさい。

 健康な体液、病に冒された体液、どちらもあなたのプラスになる。

 そうしてあなたの体内で、エリクシルを生成するの。


 歌のように、呪文のように、毎日サーラはそういった。

 キルリアーナはただうなずいて、それを心に深く刻んだ。

 

 ──愛しい愛しいキルリアーナ。


 サーラは笑う。

 キルリアーナの頭を撫で、頬に口づけをする。


 ──いつか秘薬が完成したら、

 わたしとひとつになりましょう。



   *



 キルリアーナは目を覚ました。

 視界は闇だ。少しずつ目が慣れてきて、状況が見えてくる。

「……やるなあ」

 舌打ちするよりも、感心してしまった。

 眠ったときと変わらない、人の気配が一切ない部屋。部屋というにはあまりに質素で、かといって牢獄というほどでもない。倉庫かなにか、もしくは収納を目的とした部屋だといわれれば納得だった。といっても、荷物が積まれているわけではない。窓もなく、灯りもなく、用を足すための簡易的なトイレ──蓋付きの壺のようなものだ──が、端に置いてある。

 キルリアーナが感心したのは、相変わらず見張りがだれもいないということだ。

 部屋の外にはいるのかもしれないが、話し声も物音も聞こえない。

 これが、パジェンズの特性を知ってのことならば、感嘆せざるを得ない。

 お手上げだった。

「おーい。メシー」

 とりあえず声を張り上げてみる。

 当然のように、返事はない。

 キルリアーナは諦めて、壁に背を預けて座り込んだ。

 両手が縄で繋がれているが、それだけだ。自由がないというほどでもない。

 このまま、機を待つしかなかった。

 ドアの鍵は開きそうにない。それは眠ってしまう前に散々試した。

 さまざまな種の体液を得たキルリアーナの血は、いまでは毒薬としても充分に利用できる。元々の特性から、相手を魅了して隙を見ることもできるはずだ。

 しかしそのどちらも、相手がいないことには意味がなかった。

 いままで何度、こうして捕まったかは、わからない。

 一度や二度ではないことは確かだ。表向きにはパジェンズの医師は犯罪者であり、多額の賞金がかけられている。

 それでも、逃げおおせなかったことはない。

 油断せず、機会をうかがう──キルリアーナにできることは、それだけだ。

 ふと、思い出す。

 ロイスはどうしているだろうか。

 助けに来ようとしているかもしれない。彼ならば充分に考えられる。

 キルリアーナは極力、ひとと接触しないように生きてきた。体液を得るために病のもとへは駆けつけたが、用が済めばすぐに姿を消した。パジェンズの医師の治療法を知ると、畏怖の念を抱かれることがほとんどだった。礼をするといわれ、逆に捉えられそうになったことも多い。感謝されたこともあるにはあるが、どちらにしても、キルリアーナにとっては面倒なだけだ。

 サーラには、利用しろといわれていた。

 口癖のように、彼女はいい続けていた。

 ひとを利用しなさい。

 女であることを武器にしなさい。

 美しさを磨き、ひとと関わるすべを学びなさい。

 それはあなたのプラスになる──

 キルリアーナは、サーラのいうことはすべて正しいと思っている。

 しかしそれでも、ひとを利用することは苦手だった。

 女性であること、それ自体に、疲れ果てた。

 合理的だということは、理解している。

 プラスになるということも、わかっている。

 それは手段だった。目的へ到達するための手段の一つであり、ただの過程だ。

 そこに感慨はない。

 たとえば女性としての心だとか、恥じらいだとか、ためらいやそれとは逆の高揚感、そんなものはとっくに失っている。

 必要とあれば、やはりキルリアーナは、ひとを利用するのだ。

 そのたびに、目に見えないなにかが、どうしようもなく壊れていった。

 だからできるだけ、ひとりでいようと決めていた。

 しかしロイスは、そんなキルリアーナの前に、現れた。

「あいつは……」

 ふと、笑みが漏れた。

 ロイスは、キルリアーナに警戒心を抱かせなかった。

 また、利用しようという気にも、させなかった。それは計算ではなく、単に彼の技量の問題だろうとは思うが。

「ばかだからなあ」

 きっと、助けに来ようとするだろう。諦めてくれればいいとも思うが、彼は諦めないような気がした。

 どうにかして、ここまで助けに来てしまうかもしれない。

 そのときは笑ってやろうと、キルリアーナは思う。いったいどうして来たのかと、無駄なことをしたものだと、指をさして笑うのだ。あいつはどんな顔をするだろうかと想像して、また少し、笑みをこぼす。




挿絵(By みてみん)




 捜しているという女性には、会えたのだろうか。

 あの弟は、気を持ち直して、前進しているだろうか。

「いまは……寝て待て、だな」

 助けを待つのではない。

 自ら動く、その機会を。

 しかし目を閉じても、瞼の裏にはやはり、あの阿呆面が浮かんでいた。






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