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Elixir ―エリクシル―  作者: 光太朗
第五章 奇跡の薬
14/22

5-1

「助けに行く」

 一も二もなく宣言した兄に、セリウスは言葉を失った。

 放っておけば、そのまま走っていきそうだ。王都はここからならそれほど遠くはないが、それにしても走っていける距離ではない。

 そこまで考えて、首を振る。セリウスもまた、気が動転しているようだった。さすがに走っていくことはないだろう。落ち着けと自分を叱咤する。

 詰め所の面々は、ロイスやセリウスが声をかけると、すぐに意識を取り戻した。というよりも、そもそも眠っていただけだったようだ。そして眠らせたのは、ほかならぬキルリアーナ本人らしい。

 見るからに野蛮そうな男たち──というのは医師団に所属する女性メンバーの弁だ──が、突如警護団の詰め所に押しかけ、動けない病人に武器を向けたのだという。

 おとなしく一緒に来い、さもなければ皆殺しだ──そういわれ、キルリアーナは一切抵抗することなく、身を差し出したのだ。止めようとした警護団員と男たちが一触即発の空気になったところで、キルリアーナがいいから動くなと指示を出し、なにやら薬瓶を持ち出して……気がついたら眠っていた、ということらしい。

 それを聞いたロイスは、すぐに詰め所を飛び出そうとした。引き止めたセリウスを振り返り、告げた言葉が「助けに行く」の一言だ。

「兄さん、落ち着いてください。パジェンズとランセスタは繋がっています。そしてもちろん、いうまでもないと思いますが、この国の王族はほとんど飾り、実質取り仕切っているのはすべてランセスタの人間です。彼女が連れて行かれても、たとえば処刑されるだの、処罰を受けるだの、そういったことはないでしょう。彼女が賞金首であることは、ランセスタの体制を維持するための茶番なのですから。彼女もそれをわかっているから、おとなしくついて行ったのではないですか」

「わかっている、いうまでもない」

 本当に聞いていたのかどうか怪しい早さで、ロイスが答える。そしてセリウスに背を向けた。

「助けに行ってくる」

「ちょ……兄さん」

 セリウスはロイスの細剣をつかんだ。物理的にこの場へと止まらせる。

 わかっていないとしか思えなかった。わかっている人間の行動ではない。混乱しているに違いない。

「離すんだ、セリウス。僕は彼女の心を守ると誓った」

「行くなといっているのではありません。待ってくださいといってるんです」

 本当は行くなというつもりだったが、セリウスは考えを改めることにする。この兄を止めるのは至難の業だろう。良くも悪くも思い込んだら一直線なのだ。

 三年前もそうだった。セリウスにとっては苦い思い出だ。病に冒され、医師たちに匙を投げられたロイスは、自らの身体がどんどん弱っていくのを感じていたのだろう。ランセスタにあるはずの奇跡の力に疑問を抱き、その上で、もし本当に力があるのなら問題ないはずだと、さらに自ら胸を切りつけたのだ。止める間もなかった。

 結局、ロイスを助けたのは、パジェンズだった。ランセスタには奇跡の力などなかったのだ。そして、パジェンズの能力をもってしても、傷跡は残った。ロイスが家を出たのは、そのすぐあとのことだ。

 今回のロイスの勢いにも、似たものを感じていた。なにがどうなってキルリアーナの心を守ると誓うに至ったのか、セリウスには知るよしもないが、ロイス自身がそういっているのだから、なにをおいてでも全うしようとするのは目に見えていた。

「よく、考えてください。彼女についても謎が多いですが、それよりもサーラです。あまりにも怪しいとは思いませんか」

 セリウスはどちらかというと、自分のなかで熟考し、ある程度の結論が出てから口にするタイプだった。しかし、今回ばかりはそうもいっていられない。様々な情報を拾い上げながら、思いついたままを口にする。

 興味を引かれたのだろう、ロイスはセリウスに向き直った。

「というと?」

 問い返され、言葉に詰まる。自分で考えてはどうかと一応は思うが、それよりもセリウスのなかで思考が定まっていないことが腹立たしい。

「そもそも……そうです、まずは、二人の関係です。なぜサーラは、キルのもとに賞金稼ぎが来ていることを知っていて、手出ししなかったのでしょうか。自分もただではすまないから……? いえ、たとえ捕まっても痛くもかゆくもないはず。それはさっき私がいったとおりです。私や兄さんを足止めしたのは、通してしまってはキルが捕まるのを阻止されるのではと思ったからでしょう。つまり彼女が捕まるように仕向けたかった。それなのに、あの子を助けてあげてと、いっていた……」

「ふむ、たしかに」

 ロイスがうなずく。どうやらとりあえずの足止めには成功したようだったが、セリウスはそれよりも目の前の思考に没頭しそうになっていた。

 不自然だ。

 ロイスは、サーラがキルリアーナを鍛えようとしているといっていた。サーラもそれを否定しなかった。つまり、キルリアーナに治癒させることで、彼女にエリクシルを生成させようとしている、ということなのだろう。本当にそんなことが可能なのかどうかはさておき、狙いとしてはおそらくそのあたりで間違いない。

「彼女が連れて行かれた先に、また新しい病がある……つまり王都に? そういうことなのでしょうか。思えば、サーラはわざと王都という名を口にしたように思います。王都に行って、キルを助けろという意味でしょう。しかし、私たちが行ってどうなるというんでしょうか。キルが病を治すことに、私たちは関係ないのでは……」

 堂々巡りだった。結局のところ、サーラの狙いがまったくわからない。

 しかし、ロイスを誘導しようとしているのは確かだ。いわれるままに王都へ行くのは危険なのではないだろうか。

「王都には、ランセスタ家もあります。なにかの罠、ということは……」

「おまえのいっていることは、わかる。だが、なんの罠だ? 僕はサーラ・パジェンズから恨みを買った覚えはない。僕を陥れて、彼女になんの利益があるというんだ」

「それは、まったくそのとおりだとは思いますが。しかしすっきりしません。サーラの手の上で踊らされているようで、気持ちが悪いとは思いませんか」

 結論は出ないが、つまりセリウスのいいたいことはそれだった。

 彼女になんらかの企みがあるのは、間違いないだろう。

 なにもかもが気まぐれだとは思えない。杞憂で終われば良いが、その可能性は低い。

「私も──」

 どちらにしろ、ロイスだけを行かせるのは不安だった。同行を名乗り出ようとして、セリウスは口ごもる。

 セリウスには、やるべきことがあった。

 責任を取らなくてはならない。

 この場を放り投げ、出立するわけにはいかなかった。兄について行きたいというのは本当だが、それではあまりにも自分勝手だ。

 苦しむ人々を、助けたい。

 その気持ちに、嘘はない。

「セリウス、ちょっといいでしょうか」

 沈黙を破るように、医師団のメンバーが声をかけてきた。セリウスは咳払いをする。

「どうかしましたか?」

 眼鏡をかけた女性は、紙と小瓶を手にしていた。

「これが、メモと一緒に、置いてありました。調合法なども記されているようなんですが……」

「メモ?」

 だれのとは、問わないでもわかった。 

 セリウスは紙を受け取り、目を通す。

 よほど急いでいたのだろう、走り書きで治療薬の調合法が記されていた。今朝のうちに原因がこの土地の鳥にあるのではないかと推測し、捕獲して調べたらしい。ということはつまり、セリウスとロイスがここへ訪れるよりも早く、ということだ。

 必要があれば、パジェンズの宿にある器具を自由に使って良いとも書かれていた。そして、メモの最後には、回復を約束するものではないという注意書きと、一言のメッセージ。

 前へ進め。

 セリウスは瞳を伏せた。

 彼女は最初から、体内の薬を使い、治療薬を生成するつもりだったのだ。

 それでもあえて、セリウスに投げかけたのだろう。

 それでもすがるのか──

 本当にそれで、いいのかと。

「兄さん」

 意を決した。

 このまま、キルリアーナを放っておくという選択肢は、もうなかった。




挿絵(By みてみん)




「私も行きます。彼女を助け出しましょう」

 宣言する。面と向かって、キルリアーナに伝えたかった。この国の医療を変えてみせると。諦めず、前へ進んでみせると。

「よし、行こう」

 まるでセリウスの決意を讃えるように、ロイスが笑みを浮かべる。

 セリウスは声を張り上げ、医師団を招集した。

 流行病の原因が自分たちにあったこと、そして治療薬の調合が可能であることを、説明する。

 キルリアーナのことは、正直にパジェンズの医師だと伝えた。海向こうの人間ならともかく、この国ではパジェンズの医師の名は有名だ。もちろん、一般的には、ランセスタとの癒着など知られていない。医療活動をしようとする人間にとっては、むしろ同族と認識されているはずだった。

 しかし、パジェンズの名を口にしたとたん、海向こうの医師が、表情を険しくした。

「パジェンズ? それは、名前ですか?」

 問われ、返答に窮する。ロイスに目をやったが、彼にはパジェンズの発音しか聞き取れていないだろう。

 うなずいても良かったが、慎重に、問い返した。

「なぜですか?」

「遠い昔に、そういう名の国が滅びたと聞きます。パゼンズともいわれますが」

 医師は眉間に皺を寄せていた。

「パジェンズは、生命の禁忌に触れ、天罰を受けたと。医療界では戒めとして語られます。もしあの少女がそれと関係しているのなら……」

「いえ」

 セリウスはきっぱりと、首を左右に振った。

 根拠はない。ただ、否定以外のなにをしても、良い方向に行くとは思えなかった。

「似た名前だというだけでしょう。彼女はその国とは関係ありません。もし関係していたとしても、彼女が優秀な医師であることは変わりません」

「セリウス。大切なことです。万が一にも、関係していてはいけない」

「……いえ」

 今度はほんの一瞬、セリウスは躊躇った。

 それでも、ここでうしろを向くわけにはいかなかった。人命を最優先にすると、決めたのだ。

「一切、関係ありません」

 ロイスが訝しげにこちらを見ている。この町を出たら、彼にも説明しなければならないだろう。

 禁忌とは──平静を装い、医師団のメンバーに指示を出しながらも、セリウスは考える。

 禁忌とは、なんだろうか。

 医術での禁忌は、命そのものを軽んじる行為に、ほかならない。

 たとえば、死者の蘇生。

 命の生成。

 不老不死。

 キルリアーナやサーラは、エリクシルを作成したその先に、なにを見ているというのだろうか。

 答えの出ない問いを、セリウスは胸中で何度も繰り返す。

 パジェンズの医師とは、いったい、なんなのだろう──






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