その4 回想。
江吉良中にチャイムが鳴り響き、一時間目の終わりを告げる。グラウンドに散らばっていた生徒たちは、また校舎の中へと吸い込まれていく。真もその中にいた。
校舎の裏から一匹のカエルが現れ、真の後をつけていった。真が男子更衣室に入る。カエルは、少し興奮気味に中に入ろうとするが、扉に阻まれ、中に入ることはできなかった。カエルは真が出てくるのを外で待つ。
しばらくすると、真が更衣室の扉を開いて外に出て来た。カエルは誘惑にかられて中を覗こうとしたが、ふと思い出したように振り向いて、真の後を追った。真は教室の、自分の席につく。カエルは、彼の机にかけてある鞄の中に飛び込んだ。
真が次の授業の準備をしていると、一人の少年が彼の隣に現れ、声をかけた。
「次の授業はなんだっけ?」
彼の名は豊明純。髪は短く整えられ、少し制服がダボついている。真とは対照的に、男らしい目鼻立ちだ。真とは、小学校からの親友であった。
「次の授業は国語。文法のテストがあるよ。」
と、真は答える。すると純は、
「テスト!?やべぇ!」
と言って、慌てて自分の席に戻っていった。そんな彼に真は、
「落ちるなよ!」
と声をかけ、自分もノートを開いて、テスト勉強を始めた。
真はふと、一人の少女のことを思い出していた。
真が小学校に入った頃、純ともう一人、西春百合子という少女とよく遊んでいた。彼女はとても元気で活発な女の子で、よく真と純に混ざって、むしとりや鬼ごっこをしていた。真達三人は、いつでも、何処に行くのにも一緒だった。しかし、小学六年生の秋。
出会いが突然やってくるものなら、別れもまた、突然やってくるものなのである。西春百合子は、父親の仕事の都合による県外への転校で、真と、純の前から突然、姿を消した。真は相当のショックを受けた。それから真は周囲に対して攻撃的になり、純と喧嘩をした。今でこそ落ち着きを取り戻し、純と仲直りはしているものの、一時は絶交状態にまで陥っていた。
時々真が純に百合子のことを話すと、彼は妙に明るく話す。おそらく、突然親友を失ったショックに拠る彼の心の傷は、まだ癒えていないのであろう。そしてそれは、真もまた、同じであった。一度負った傷を癒すことは、決して容易いことではない。
真は、空を眺めていた。そんな真に声をかける少女が、一人。
「…何処を見ているんですか?」
不思議なものを見る目でそう真に尋ねたのは、同じクラスの弥富凛花であった。落ち着いた黒のおさげ髪で、顔立ちは整っており、間違いなく「可愛い」の部類に入るだろう。眼鏡をかけているため、そのスジからの人気も高い。しかし、彼女の性格上、普段自分から人に話しかけることは少ないため、クラスではあまり目立たない方だ。しかし、なぜか真にはよく自ら話しかけに行くのであった。
真は、そんな彼女に、
「なんでもない、少し考え事をしていただけだよ。」
と答えた。凛花は少し心配になったのか、
「私で良ければ、お話を聞くくらいなら…」
と言い、少し頬を赤らめた。真は、
「ありがとう。」
と彼女に声をかけた。凛花は、更に顔を赤らめて、俯く。
と、突然。
「きゃぁあああああああああああああっ!」
彼女は悲鳴を上げた。