望月くんに恋に落ちることは確定している
毎月第三木曜日の六時間目はクラブ活動がある。私は、漫画アニメ研究会というお絵描きをしたり物作りをしたりするクラブにいた。小学五年生なので、初めてクラブをする四年生よりは大人だけど、六年生みたいにクラブ長を務めることもなく気楽に過ごしている。今日はクラブ長がクラブ終わりに仲の良い子だけを集めて、万葉仮名という文字を使って交換日記をしようと提案してくれた。平仮名一字あたり万葉仮名一字が当てられているから、この暗号のような文字を使い秘密を共有し合うのだ。漢字があまり分かっていない低学年ではできない特別な遊びだ。私のお姉ちゃんとクラブ長は同じクラスで仲が良かったから、クラブ長は私に、一番最初に交換日記を渡してくれた。教室に置きっ放しにしてあるランドセルを取りに戻ってから下校しなければいけない。やり方を教わっていたので、今日は少し遅くに教室に着いた。いつもは電灯が付いているけど、ランドセルが私のものを含めて二つしか残っていなかったからか、電気は消されていて、教室は夕日のオレンジと灰色だけの世界みたいだ。クラブ長が書いた一ページ目が気になって、夕日が当たっているところに行き、ページを開く。
「寸幾奈比止波太礼?」
と書かれており、もらった万葉仮名と平仮名の対応表を見ると、「すきなひとはだれ?」だった。意味が分かった途端にそわっとしてしまう。ある人が頭に思い浮かんだからだ。そう、彼は___
「あれ、安田さん?」
「も、望月くん!」
考えていたクラスメイトに急に声をかけられてどきりとした。まさか、もう一つのランドセルの持ち主が望月くんとは。灰色で埋め尽くされた部屋では、彼のものだと気づかなかった。二人きりで、しかも声をかけてくれたのは初めてだ。なんという運の巡り合わせだろうか。
望月くんは、私の憧れの人だった。私は、かなりぼんやり生活しているが、彼は生徒会にも立候補して無事児童全体からの投票で後期から生徒会長に選ばれた学校の中心人物だ。望月くんは今まで暗黙の了解だった体育館は六年生が二時間目と三時間目の間にある二十分休みは使うという慣習を、ドッジボール大会の勝敗で決めようと体育館に乗り込んで提案した。すぐに行われた五年生対六年生の決闘試合では、持ち前の高い跳躍といった身体能力で華麗にボールから逃げ切り、最終的に五年生が勝ってしまった。結果的には先生沙汰になったものの、それがきっかけで体育館は全学年のために開かれるようになったし、その勇敢な姿勢が知れ渡り、一から五年生のやんちゃな在校生の英雄になった。これが理由で生徒会長になったと思うけど、クラスメイトと前日に喧嘩したという理由で春の遠足を欠席したり、体育館を勝ち取ったというのに、クラスメイトの誘いを断って図書室に本を借りに行ったりするところも見かけた不思議な人で掴めない。周りの空気を気にせず、自分の意思を貫くなんて私じゃ絶対できない。でもそういうところが、どうしようもなく惹かれてカリスマ性を感じるのだ。私は、お姉ちゃんがいるのもあってか、人に判断を委ねがちなところがある。お姉ちゃんとママが誘ってくれたから、別に好きではないけど英語のお勉強をする塾に通うようになったし、委員会はあまりものの保健委員会に入って、お姉ちゃんが入ってたから漫画アニメ研究会に入った。運動よりは好きだけど、物作りが得意とかではない。家では、ユーチューブでおすすめの動画を見て時間を潰している。多分下校したら交換日記をお姉ちゃんと一緒に書いて、その後ユーチューブを見ると思う。全部お姉ちゃんがいてくれたら安心だ。望月くんが好きなのはバレちゃうけど、お姉ちゃんは冷やかすことはきっとしないで受け入れてくれるだろう。
「安田さんも遅い時間までクラブ活動あるんだ」
ぼんやりとしていた意識が望月くんの芯のある声で戻ってくる。
「たまたまだよ。望月くんこそ、えーっと…」
「まあ、実験クラブは後片付けまでしっかりするから」
なんとも賢そうなクラブだ。せっかく望月くんと話せるので、思っていることを言ってみる。
「へ、へえ…。すごいね、望月くん生徒会長までやってるし、実験クラブもしてるし、もう、とにかく私なんかよりずっとすごいね」
思いつく言葉をそのまま並べていくと、ちょっとネガティブなことを言ってしまっているのに気づき、開いていたノートを意味もなく眺める。いつもまとまらないことしか言えないし、状況に合ったことも言えない…と悲しくなる。
「そんなことないけど。全部ルーレットで決めてるし」
「え?ルーレット…?」
望月くんの方が、どういう文脈か分からない、予想していなかった謙遜の仕方だった。つまり、望月くんと仲の良い子たちの間で、六年生に反抗しよう、という声が上がって、実際に行動したのが望月くんだっただけ、みたいなことだろうか。
「俺、迷ったタイミングは頭ん中でルーレット回して決めんの。っていうより、ちょっと怯んで、どうしたら良いかわかんなくなった時、勝手に色んな選択肢が頭ん中で並んだ後、とりあえずこれしろ、っていうのがパッと出てくんだ」
「えっ!やっぱりすごいよ。直感的にそんなの分かっちゃうなんて。私なんかモヤモヤしてるだけだよ、頭の中」
「そういう思考回路なだけ。そのルーレットから選ばれた選択でしか動けなくなるし。遠足とかも行きたかったけど行けなかった」
一回決めたら行けなくなっちゃうんだ。不思議。確かに、自分がしたいことをできなくなるのは嫌かもしれない。私は、そんな思いを感じることが少ないけど。
「俺の頭ん中には、日本語じゃない言語がなんでか存在するんだよ。母さんが話してる言語だったから」
望月くんに日本人じゃないお母さんがいるって知らなかったからびっくりした。望月くんは、ぼそっとこんなふうにも続けた。
「このことを話す、っていう選択肢が通ったのも、初めてだ」
自分が特別だ、と言われた気がしてまた顔が見られなくなる。まるでビンゴで私とお話しすることを景品に入れてるみたい。
「言語なのに、ルーレットを回すなんておかしな言語だね。そういう外国語もあるんだ」
聞いたことが無いお話を聞いているけど、望月くんと話せている事実に、内容が本当かどうか考えることは重要では無かった。でも、学校のリーダーである望月くんが話すなら本当なのだ。ルーレットで悩みを解決してもらえて、その通りに動けるなんて私が一番習得したい言語だと思う。
「まあな。その言語を使うことで、俺の悩んでることは、ルーレットを回して決めるっていう絶対のルールが勝手に付いてる感じ」
「へえ!難しいけど面白いね。どういう言語なのか、文字で書けるの?」
「あー。あんまり書いたことはないけど、多分」
望月くんは、本当のバイリンガルのようだ。聞いた限り英語ではなさそうだが、きっと役に立つ言語なのだろう。その言語の文字を見てみたくなった時、自分の持っているノートにふと気づいた。
「あ、じゃあここに書いてみてくれない?」
「なんか新品のノートっぽいけどいいの?」
「全然!大丈夫!」
私は筆箱から鉛筆を急いで取り出して望月くんに渡した。
「うーん、自分の名前だったら書けるかも」
望月くんは可愛いキャラクターが描かれた鉛筆で、サラサラと右から左に文字を書いていった。
「左からじゃないんだ」
驚いて言うと、望月くんは、
「こうやって書いて、未来を確定させて読むんだ」
と、意味が分からないことを言った。教室が暗くてノートがあまり見えないけど、望月くんが書く文字は英語の筆記体みたいなのに、文字が曲がりに曲がり切って、もう少しで円になりそうだった。
「まあ文章じゃない限り、未来が確定するとか無いから」
「へえー…」
ノートを返してもらい、文字を眺めていると、少し難しいことを言っている望月くんがますます格好良く思えてきた。
「じゃ、じゃあ、望月くんが次困ってそうな時、もう一回悩ませてルーレット回させてあげるね」
言い終わってハッとした頃には、また自分の思っていたことを文脈関係なく言葉にする癖が出てしまっていた。望月くんを困らせてしまったかなと思い様子を伺うと、驚きつつも日本人にしか見えない顔で元気よく微笑んでいた。
「は?…ふっ、うん。安田さんに声かけるか迷ってよかった」
この会話の後、望月くんは別のクラスの同じクラブらしき友達に声をかけられ、颯爽と去っていった。もう一度、ノートに書かれた望月くんの文字を見ようとすると、「寸幾奈比止波太礼?」の下に、望月くんの日本語ではない言語の名前が書いてあった。望月くんの笑顔を思い出して、本人に好きな人の名前を書かせてしまった恥ずかしさと、望月くんの名前が書かれた部分は欲しいという思いが溢れた。私は、クラブ長に心の中で謝りながら、綺麗な一ページ目を定規で丁寧に切り取った。
望月くんのお母さんは月から来た宇宙人設定です。
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